第五十二話 誰の管理下
王宮の議会には重い空気が流れていた。
長い机を囲むのは、王宮調査団の者たちとアルケミアの上層部。
そして、中心に国王レオンハルトと数名の重臣。
机の中央には、魔導版紙に写された蒼玄草が置かれていた。
「──以上が現在までの調査結果です」
報告を終え、フェリクスが一礼する。
静寂の中、最初に口を開いたのは王宮調査団長だった。
「仮死状態、か……」
低い声が会議室に落ちる。
「はい」
フェリクスが頷く。
「小動物実験では、一定時間、生命活動が極端に低下することを確認しております」
「生き返るとは限らないじゃないか」
重臣のひとりが顔をしかめた。
「おっしゃる通りです」
ざわり、と室内の空気が揺れる。
「危険すぎる」
「使い方次第というわけか」
「薬にもなり得るのではないか?」
「いや、まずは管理が先だろう。」
口々に意見が飛び交う。
国王が静かに口を開いた。
「調査団長」
「は」
「そなたはどう考える」
「多くの危惧はごもっともでございましょう。我々王宮による管理を進言いたします」
即答だった。
「仮死状態を引き起こす植物など前例がありません。もし生育条件が解明されれば、悪用される危険があります」
調査団長は魔導版紙へ視線を向ける。
「これ以上、学園に留め置くべきではありません」
その言葉に、今度はアルケミア所長が眉を寄せた。
「お待ちください」
「なんだ」
「調査はまだ始まったばかりです」
所長が前へ身を乗り出す。
「今回発見された蒼玄草は以前のものとは明らかに性質が異なります。環境を変えることで、貴重な情報を失う可能性もある」
「だからと言って、そのまま放置するのか」
「放置とは言っておりません」
静かな声だった。
「現時点で最も多くの情報を持っているのはアルケミアです。地下環境についても新たな可能性が見えてきた」
その言葉に、調査団長が目を細めた。
「地下環境……ランベルト令息殿から要望のあった追加調査か」
「ええ」
アルケミア所長が頷く。
「もし根の先に特殊な環境が存在するのなら、安易な移送は研究そのものを振り出しに戻すことになりかねません」
再び沈黙が落ちる。
どちらにも理があった。
危険だからこそ、すぐに管理したい王宮。
危険だからこそ、慎重に調査を続けたいアルケミア。
やがて国王がゆっくりと口を開く。
「ランベルト」
議会のすべての視線が一点に集まった。
「現時点では、所有権は国にあれどアルケミアによる調査継続が妥当かと」
静かな声が響く。
国王の横で一度も口を開かず、静かに討論を聞いていたエドワード・ランベルトだった。
「愚息の提言を鵜呑みにするつもりはありません。ですが、地下に未確認の環境が存在する可能性がある以上、今の段階で王宮へ移送するのは得策ではありません」
公爵は淡々と続ける。
「調査能力でいえばアルケミアは我が国の最高峰。ただし、危険性と正当性を考慮すれば、王宮側の立ち合いと報告は必須でしょう」
調査団長が小さく唸る。
国王はしばし考え込み、やがて頷いた。
「無難なところだな」
全員の視線が集まる。
「当面はアルケミア主導で調査を続行せよ」
フェリクスが顔を上げる。
「ただし関わる人間は限定する。それと──」
国王の声が低くなる。
「本件は国家機密とする。」
その一言に、会議室の空気がさらに重くなった。
「これ以上の情報流出は許さん」
議会を静寂が包む。
国王から一瞬視線を向けられたドラグネス侯爵だけが目を泳がせた。
「以上だ」
国王が席を立った。
♢
その夜。
ドラグネス侯爵邸。
豪奢な夕食を満足そうに口に運ぶと、当主である侯爵は手元のグラスを引き寄せた。
「お父様」
「どうした? イザベラ」
「本日の議会で例の植物のお話があったとか」
「おお、おお。そうだ。何でも相当な毒が──」
「旦那様」
侍従が青ざめて声を上げる。
その瞬間。
カシャン、とグラスが叩き落とされた。
イザベラがゆっくりと侍従に微笑みを向ける。
「あなた。片付けてちょうだい?」
「……かしこまりました」
侍従の顔にはもう色はない。震えるままその場を離れた。
「お父様、失礼しました。お話の途中でしたのに」
「ん? ああ」
赤ワインをまるで水のように喉に流し込んでいた侯爵が、イザベラに得意げに口を開く。
「それがな、どうやら今度の草に恐ろしい毒が見つかったそうでな」
「まあ」
赤い顔で議会の内容を饒舌に語る父親を、イザベラはにこやかに見つめていた。
その覚束ない口から溢れる言葉は、侯爵家としての政治だけではなく、イザベラ個人の政治に色濃く反映させてきた。
本来ならば家族にさえ伏せるべきことであっても。
「……仮死状態……手に入れれば均衡が大きく動くでしょうね」
「手に入れる……?」
「ええ。王宮へ移送されれば、二度と手は出せません」
窓の外へ目を向ける。
夜の闇が広がっていた。
「ですが今は違う」
侯爵が自身の娘であるはずのイザベラの顔をまじまじと見つめる。
「何をするつもりだ」
「お父様。我が家はこのところ蔑ろにされがちだったと思いませんこと?」
その目が細められた。
「もっと、お父様のご苦労も評価されるべきですわ」
「……それは、そうだが」
「王宮も、アルケミアも、ドラグネス家を蚊帳の外に置いたまま……手柄だけを独占するつもりなのでしょう。」
イザベラは静かに立ち上がった。
「ですがもし、この植物を我が家が先に確保できたなら?」
侯爵が息を呑む。
「陛下も、我がドラグネス家を無視できなくなりますわ」
「……っ!」
イザベラがゆるやかに微笑む。
「お父様のお立場も、今とは比べものにならなくなるでしょうね」
侯爵の頬が紅潮した。
「そ、それは……」
「私は、ドラグネス家のためを思って申し上げておりますの」
イザベラが侯爵の腕にそっと手を添えた。
父親を、心底案ずる表情を浮かべて。
「どうすれば──」
父親の耳元に、赤く小さな唇を寄せた。
「今ならまだ、誰の管理下ではありませんもの」
囁くような声が、静かなダイニングに落ちる。
その瞳が、妖しく細められた。




