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土を読む男爵令嬢のせいで、公爵令息は完璧ではいられない──我が家が国家機密だなんて知りませんでした  作者: 中田かすり


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第五十話 横に這う根と憧憬





「えー? 根がどう生えてたか?」



 温室裏まで連れて来られたヴィクターが露骨に顔をしかめた。



「そんなこと聞くために昼休み潰されたの?」


「答えろ」



 ユリウスは取り合わない。



「横暴だなあ」



 ぶつぶつと文句を言いながらも、ヴィクターは顎に手を当てた。



「まあ、覚えてるよ」


「本当か?」


「ほんと、ほんと」



 疑いの眼差しに肩をすくめる。



「だって楽だったもん」


「楽?」



 ユリウスが眉を上げる。



「想定より深く掘らなくて済んだんだ」



 ヴィクターは地面を指差した。



「どれだけ下まで掘らなきゃならないのかわからなかったから、魔導具まで借りて。傷つけられないし、ほんと慎重な作業でさあ」


「それで。実際は」


「うん、君って僕の愚痴全然聞いてくれないよね。実際は土を吹き飛ばしてるうちに根っこの先っぽが見えてきたんだ」



 そこでヴィクターは首を傾げた。



「でも穴を広げる羽目になったんだよな」


「広げた?」


「ああ」



 ヴィクターは両手を軽く広げてみせた。



「下じゃなくて横」



 一瞬、沈黙が落ちた。



「横に伸びていたのか」


「たぶんね」



 ヴィクターは気楽に答える。



「植物の根なんて専門外だから正確なことはわからないけど」



 そう言って足元の真新しい土を踏む。



「少なくとも、下へ真っ直ぐって感じじゃなかったよ」

 


 ユリウスは黙ったまま考え込む。


 テラスの下で発見した蒼玄草については、アルケミアの記録に残されていた。

 たった今、ヴィクターから聞いた話とは真逆のこと。

 実際、テラスの床下にはかなり深く掘った穴が残されている。

 

 魔導版紙に写っていた二つの株を思い出す。

 比較しやすいように整えられた構図。

 だが、それらは本来の姿とは大きく異なっていた。


 横に這う根と、縦に伸びる根。

 根は、何を求めていたのか。

 


「なるほどな」



 小さく呟く。

 ようやく、糸口がひとつ見えた気がした。



「少しは役に立ったかい?今回見つかった、蒼玄草に関係してるんだろ?」


「ああ。ロシーナとフェリクス……アルケミアの者に今の話を伝える」


「アルケミアはわかるけど、カッセル嬢も!? なにそれ。僕、聞いてないんだけど……」



 ヴィクターが不審そうな目でユリウスを見てくる。



「……内密ということで、父が陛下から承認を得た」


「……公私混同にも程があるだろ……」



 ヴィクターの言葉にユリウスは涼しい顔で答える。



「彼女は今回の調査に欠かせないからな」


「あー、はいはい。あとで面倒なことになっても知らないからね、僕は」



 ヴィクターは呆れ顔をしながらも、その声は楽しさが滲んで弾んでいた。


 昼休みの終わりを告げる鐘の音が鳴る。


 二人で来た道を戻りながら、ヴィクターが声を上げた。



「そうだ! マリーちゃんのパイ!」



 ヴィクターが耐油紙で丁寧に包まれたパイを取り出す。

 そのまま口にするのかと思いきや、動きが止まった。



「どうした」


「ねえ、ユリウス」


「なんだ」


「さっき中庭でさ……」


「ああ」

「マリーちゃんがさ……」



 ヴィクターにしては珍しく言い淀む姿に、ユリウスは訝しく思いながら先を促す。



「いや。大したことじゃないんだけどね……」


「時間がない。早く言え」


「君はほんとに僕に寄り添う気がないよね!」


「ヴィクター」


「うう。悪かったよ。あのさ……」


「なんだ」


「彼女、僕に『行ってらっしゃいませ』って言ったんだよ」


「ああ」


「僕、初めてだったんだ」



 ヴィクターの伏せたまつ毛がその頬に影を作る。



「うちの実家、家族みんなばらばらに動いてるし。僕が外出するとき誰もいないことがほとんどで」


「そうだろうな」


「あ、もちろん従者とかはいるよ? でもそうじゃなくて……」


「ああ」


「さっきのあれ、何かいいなあって……それだけ!」


「そうか」



 ヴィクターが、包みから取り出したパイをひとくちかじる。



「……美味しい」



 ユリウスがちらりとヴィクターに視線をやる。



「あげないよ?」


「……ああ。わかっている」



 ヴィクターはパイの残りを口に放り込むと、包み紙を折り目正しくたたんだ。



「僕、食いしん坊らしいんだよね」


「……初耳だな」


「あはは。僕も」



 何かを思い出しながら笑うヴィクターの隣を、ユリウスはいつもと同じように歩いた。


 隣から聞こえる鼻歌が、風に乗って舞った。


 



 


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