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土を読む男爵令嬢のせいで、公爵令息は完璧ではいられない──我が家が国家機密だなんて知りませんでした  作者: 中田かすり


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第四十九話 探してしまう





 マリーは抱えてきた二人分の昼食を、中庭のベンチにそっと置いた。


 植え込みの奥を覗き込むと縁石の傍らに、どこからか運び込んだらしいベンチに横たわる男の姿。

 顔の上には読みかけの本が乗っている。

 最近はこの光景も珍しくなくなった。



「侯爵家のご令息が、こんな所で寝るなんて許されるのかしら」



 マリーがため息混じりに言う。



「落ち着くんだよね、ここ」



 眠っていると思っていたけれど、違ったらしい。



 ヴィクターは特に気にした様子もなく、起き上がりベンチの隣にハンカチを広げて置く。



「どうぞ? レディ」



 芝居がかったその仕草にマリーが鼻をしかめる。



「ま、マリーちゃん。それ、レディの顔じゃない」


「あら失礼?」


「ははっ」



 ヴィクターがマリーの手元を見てそわそわと動き出す。



「マリーちゃんお昼だよね? 楽しみだなあ」


「サラヴァン様」


「ん?」


「シーナとランベルト様が一緒に過ごしているからといって、私たちまでも一緒に食事をする必要はないと思いますの」



 ヴィクターがきょとんとした顔でマリーを見つめてきた。熱のない瞳で本心が見えないところが素敵、なんて思っていたかつての自分を殴りたい。



「えー、僕マリーちゃんと食事するの楽しみなのに」


「っな、なに言って……いつもカフェテリアで楽しんでらっしゃったじゃないですか」



 こういうところが本当に嫌いだ。この男の軽い所。遠くから観察している分には面白いが、その矛先が自分であってはそうも言っていられない。

 ヴィクターはランチボックスを取り上げるとマリーの隣に座った。



「んー、まあねえ。お、やった! パイだあ!」



 嬉しそうな声にマリーは逆に落ち着きを取り戻す。



「久しぶりに焼いたら、作りすぎてしまったので。良かったらどうぞ」


「ふふ。ありがとうマリーちゃん。君は……優しいね」



 含みを持たせた言い方が気になるマリーだったが、毎回多めに作ったと言いながらもしっかり二人分を用意していることを、まさかヴィクターが気が付いているなんて想像すらしていなかった。

 ヴィクターがパイを片手にひとくちかぶりつく。


(大きな口)


 マリーはじっと、その唇を見つめてしまう。

 カフェテリアで見かけたときは、もっと一分の隙もないくらい貴族然と食べていたではないか。


 ブロッコリーとチーズのたっぷり入ったパイが、ヴィクターの口の中に次々と収まっていく。



「マリーちゃん? どうしたの?」



 こてんと首を傾げる仕草が悔しいくらい絵になって、以前の私だったら発狂していたかもしれない、と冷静な自分が顔を出す。



「いえ……あ、こちらは具が違うので良かったら……」



 ヴィクターがマリーを見つめている。



「ね、マリーちゃん──」


「ヴィクター」



 中庭から唐突に声がした。



「ユリウス?」


「やはりここか」



 ユリウスが植え込みの間から姿を現し、マリーを見て動きを止めた。



「シュミット嬢も一緒だったか。すまない」


「あれ? ユリウスひとりかい?カッセル嬢は?」


「ああ……いや。ヴィクター、話がある」


「なあに?」


「一緒に来てくれ」


「ええええええ?」



 ヴィクターの嘆くような声が辺りに広がる。



「いいから来い」


「今ぁ? せっかくマリーちゃんのパイ食べてたのに……」


「ヴィクター」


「面倒ごとに巻き込まれそうな予感がして動きたくない」



 押し問答を横にパイを黙々と頬張っていたマリーが口を挟む。



「サヴァラン様」


「ん?」


「行ってらっしゃいませ」


「……はい」



 マリーがパイを食べやすいようにペーパーで包んでヴィクターに押し付ける。

 後ろ髪を引かれるようにユリウスに引きずられていくヴィクターを見送り、ヴィクターの言葉を思い出す。



 「カッセル嬢?」



 女性たちをファーストネームで呼ばなきゃならない呪いにでもかかっているのかと疑うくらい、子どもから老人まで余す所なく名前で呼んでいるあの男が?

 軽薄を纏い飄々と女たちを渡り歩いていくあの男が?


 なぜ、ロシーナだけ?


 一緒に過ごせば過ごすほどわからなくなる。

 本音はどこにあるのか。

 優しくされるたびに怖くなる。

 彼の言葉の裏を探してしまう。



「さっき、何を言いかけたのかしら……」



 ベンチの上にヴィクターが忘れていった本が目に留まった。


 『仮面』


 マリーもお気に入りの若手小説家の最新作。


 あまりにも、出来すぎではない?






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