第四十八話 糸口
調査が始まってから何日経っただろう。
進展はない。
ロシーナのもとには相変わらず朝と昼、欠かさずユリウスが迎えに訪れる。
昼休み。初めの頃の緊張感は薄れたラウンジでの昼食を終えた、お茶の時間。
ユリウスがロシーナに言った。
「実は、フェリクスが今からここに来たいと言ってる」
「え?」
「調査内容とサンプルを見てほしいらしい」
ロシーナが目を瞬いた。
♢
「助けてください!」
フェリクスが現れた。
手には、大きな鞄を携えていた。
「これは……」
「魔導版紙ごと、持ってきちゃいました……」
そう言いながらフェリクスがテーブルの上に差し出したものに、ロシーナが息を呑んだ。
魔導版紙。
見たものを額の中にそのまま閉じ込めたように写し出すそれは、高価で滅多に見ることのできない魔導技術だった。
「初めて、見ました」
ロシーナの声が上擦った。
「こんなもの惜しげもなく使うのはアルケミアぐらいだろうな」
ユリウスが興味深そうに二枚を見比べる。
「温室裏の蒼玄草と、テラス下の蒼玄草です」
フェリクスが指で指し示した。
「見てください。やはり色が違うんです」
ロシーナとユリウスは顔を寄せ合うように覗き込んだ。
温室裏と記された魔導版紙に写るのは、銀色に輝く花。
そしてもう一方、テラス床下と記されたものには、銀色の内部が蒼色に輝く花。
花の形そのものは鐘型で違いはない。
ロシーナは温室裏の蒼玄草の版紙にそっと指先を伸ばした。
(こんな風に、咲いていたのね。やっと……)
小さな花をなぞるように指先を滑らせる。
(やっと、会えたわ)
毎日観察していた頃を思い出す。
いつの間にか遠い記憶になっていた日々が、鮮明に甦る。
(おかえりなさい)
自分でも妙だと思うけれど、今はその言葉が一番合っている気がした。
顔を上げるとユリウスと視線がぶつかる。
ユリウスは小さく頷いた。
きっと、ロシーナが今何を思っているのか、何もかもわかってくれているのだろう。そう思った。
「大きさも違うと思いませんか?」
フェリクスの言葉に、ロシーナは再び二つを見比べる。
確かに今回発見された蒼玄草の方が大きく見える。
「土壌分析では原因が分かりませんでした」
「しかし、この明確な差は……」
ユリウスの言葉にフェリクスが頷いた。
「毒性も違うんですよね」
ロシーナが言った。
「はい。小動物実験では被験体が仮死状態になりました。これは、温室裏の株では見られなかったことです」
「仮死状態……」
その毒性の強さに衝撃が走る。
フェリクスが頭を抱えた。
「王宮との協議も進みませんし、八方塞がりです」
ロシーナが魔導版紙をじっと見つめた。
「これだけの違いがあるのに、土壌分析で分からないというのは……」
花の色。大きさ。毒性。
三人で、食い入るように見つめる。
「二枚とも、同じ構図だな」
ユリウスがぽつりと呟いた。
「はい。比較しやすくするために」
「ああ。それは正しいと思う。しかし──」
とん、とユリウスの人差し指が、魔導版紙の脇を軽く叩く。
「実際に自生していた姿を、再現しているわけじゃない」
フェリクスが困惑の色を浮かべた。
「それは……はい。確かにその通りですが……あの、ランベルト様、写し方になにか問題が……?」
「いや、そうじゃない。ただ、まだ比較できていないことがある」
二人の会話を黙って聞きながらロシーナは、ユリウスの言葉を頭の中でなぞる。
自生していた姿。
再現性。
まだ、比較できていないこと。
掘り返されて、並べられた蒼玄草がふた株。
「……根?」
口をついて出た。思わず漏れたそのひと言に、ユリウスが目を細める。
この人はいつもそうだ。
誰も気が付かなかった前提に目を留めて、別の角度から物事を捉えている。
同じものを見ているはずなのに、どうしてこんなに、辿り着く場所が違うのだろう。
その視点に、何度助けられてきたのだろう。
「その通りだ」
ユリウスの蒼い瞳が静かに光を増す。
フェリクスが目を瞬かせた。
「た、たしかに! 前回の蒼玄草はすでに掘り返されたものが運び込まれてきました」
「今回の蒼玄草はどのように?」
ロシーナが尋ねた。
「今回は土壌調査に必要なサンプルを採取したあと、魔導具を使って周囲の土を取り除いたはずです」
フェリクスが持参していた記録書を捲りながら該当箇所を探す。
「でも、比較するには温室裏の根の張り方がわからないことには難しいですよね?」
「……ああ。だが心当たりがある」
ユリウスの含みを持たせた答えに、ロシーナとフェリクスは顔を見合わせた。




