第四十六話 動き出す歯車
数日後。昼休み。
ロシーナとユリウスは、いつもの中庭の隅で話していた。
「テラス自体は、かなり古い時代のものらしいんです」
「ああ」
「その下の土壌の記録は、図書室に置いてある学園の創設記録にも載っていませんでした」
ロシーナがノートの書き込みをユリウスに差し出す。
「そうか。そこはこれから調査が進むだろう」
ユリウスが視線を落とした。
「実は、アルケミアが動いている」
「アルケミアが?」
「ああ。保護対象の植物だからな。調査員も派遣されるらしい」
ロシーナが小さく頷いた。
その時だった。
「ああ、ここでしたか。探しましたよ」
聞き覚えのある声がした。
顔を上げると、栗色のくせ毛の青年が立っている。
「フェリクス」
ユリウスが名前を呼んだ。
「ランベルト様。そしてロシーナ・カッセルさん」
フェリクスは柔らかく微笑む。
「またお会いできて光栄です」
「アルケミアからの調査団はやはりお前か」
「もちろんです!」
フェリクスは即答した。
「こんな発見、研究者として見逃せるはずがありませんからね。それに──」
その視線がロシーナへ向く。
「改めて、あなたの調査記録を読ませていただきました」
「……はい」
「素晴らしかった」
迷いのない言葉だった。
「観察の精度も、仮説の立て方も、非常に論理的です。蒼玄草の変化をここまで丁寧に追った記録は、研究院にもありません」
ロシーナは思わず目を瞬いた。
「本来であれば、今回の調査にも参加していただきたかったくらいです」
「私が……ですか?」
「ええ。少なくとも、現場を最も長く観察してきたのはあなたですから」
フェリクスはそこで少しだけ表情を曇らせた。
「ですが、要望は通りませんでした」
「え?」
「上からの指示です。あなたを調査団には加えられない、と」
ロシーナは言葉を失う。
そんな話が、自分の知らないところで進んでいたなんて。
「理由は聞かされていません。ただ、危険を伴う調査になりますからね。僕が早計だったかもしれません」
「そう……ですか」
胸の奥に小さな引っ掛かりが残る。
その時だった。
「フェリクス」
ユリウスが口を開く。
「アルケミアで保護されている蒼玄草について聞きたい」
「何でしょう」
「花だ」
フェリクスが首を傾げる。
「花?」
「内部の色を知りたい」
今度はロシーナが説明した。
「テラス下で見つかった蒼玄草なんですが、花の内部が銀色ではなかったんです」
「銀色ではない?」
「蒼色でした」
フェリクスの表情が変わる。
「……蒼色?」
「はい」
ロシーナが頷く。
フェリクスは数秒黙り込み、それからゆっくり首を横に振った。
「アルケミアで保護されている株は銀色です」
きっぱりと言い切る。
「内部まで確認しています。蒼色という報告は、一度もありません」
ロシーナとユリウスが視線を交わす。
やはり違う。
テラス下の蒼玄草は、既知の蒼玄草とは何かが異なっている。
「これは……」
フェリクスが静かに呟く。
長い前髪から垣間見えるその目は、すでに研究者のものだった。
「調べる必要がありますね」
フェリクスはしばらく考え込むように黙り込んだ。
「実は……現地は本日付で封鎖されました」
「封鎖?」
「はい。テラス周辺および床下への立ち入りは禁止です」
ロシーナの指先がわずかに強張る。
もう、あの場所へは自由に行けない。
「今後はアルケミアと、王宮から派遣される特別調査団が共同で調査を行います」
「特別調査団……」
「ええ。今回の件は、それほどの発見だったということです」
フェリクスは静かに言った。
「我々も、これほどの群生地は見たことがありません」
ロシーナは無意識に、両手を強く握り合わせた。
始まりは、温室の裏でひっそりと生えていた植物だった。
それが今では、王宮まで動かしている。
昼休みの穏やかな風が吹き抜ける。
けれどロシーナには、どこか遠くで、大きな歯車が回り始めたように思えた。




