第四十五話 蒼玄草
「どう、して──?」
だって、蒼玄草には鉄と、月光が必要で。
こんな日の光さえ入らない場所で、なぜ。
床下を見つめたまま動かないロシーナのすぐそばで、ユリウスが項垂れるように下を向いた。
「君って人は──」
大きなため息が落ちる。
ロシーナは首を傾げた。
「え?」
「いや」
ユリウスが額を押さえる。
「何でもない」
何でもなくはなさそうだった。
その耳は少し赤い。
そこでロシーナもようやく思い出した。
さっきまでの距離を。
頬に触れた手を。
近づいてきた顔を。
思い出した瞬間、顔が熱くなる。
もしあのままだったら、どうなっていたの?
慌てて蒼玄草へ視線を戻した。
けれど隣から小さな笑い声が聞こえた。
「悔しいが、蒼玄草なら仕方ない」
ユリウスもしゃがみ込み、テラスの下を覗き込む。
「驚いたな。かなりの数だ」
ロシーナはそっと息を吐いた。
さっきまで触れそうなほど近かった肩が、今は少し離れている。
助かった、と思う。それなのに。なぜか胸の奥が少しだけ落ち着かなかった。
目の届く範囲に点々と生える蒼玄草が、奥へ行くほど増えているように見える。
「これが、蒼玄草の花……」
ロシーナが呟いた。
二人並んで、テラス下をのぞき込む。
細い鐘型の花が、無数に咲いている。
その美しさに目を奪われる。うるさいくらいの心臓の音は、それだけが理由じゃないことくらい、もうわかっているけれど。
花の内部に目を凝らす。
淡い光の中に、見える色。
「蒼い……?」
花の奥に見える色は、濃い蒼だった。
「この色、何かに似て──」
「ん?」
不意にロシーナの横で、花の内部を覗き込んでいたユリウスが顔を上げる。
(あ、これだ)
いやでも気がついてしまう。
ユリウスの瞳に似ている。
その瞬間、ロシーナは慌てて視線を逸らした。再び顔が火がついたように熱くなる。
ユリウスは優しい表情で、ロシーナを見ていた。
変わらないはずのその瞳は、隠しようもない熱を宿してロシーナを見つめている。
今まで気がつかなかった眼差しの意味に、ロシーナはくすぐったいような、いたたまれないような気持ちになってしまう。
「……っだから、『蒼玄草』だったんですね」
なかなか顔を上げられないロシーナが慌てて口を開く。
「花の色の蒼、鉄の色の玄。やっと、繋がりました」
「ああ」
「でも、どうして図鑑には花は銀色としか書いてなかったんでしょう。挿絵も、内部が蒼色とはどこにも……」
「そうだな。細部まで書き込まれていたように見えた」
ユリウスが続けた。
「何が、違うんでしょう」
二人の間に、謎が落ちた。
「だが」
ユリウスが言った。
「報告が必要だ。これは国に」
「……はい」
ロシーナは、蒼玄草から視線を上げられない。
「我が家に早馬を出す」
蒼玄草なら月光を吸収して、銀色に輝くはずではないのか。
けれど、ここの花の内部は違う。
絵師の見落としだろうか。
それとも個体差だろうか。
なにが、違うのか。
ロシーナは目の前の光景を、ただ見つめるしかできなかった。




