表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
土を読む男爵令嬢のせいで、公爵令息は完璧ではいられない──我が家が国家機密だなんて知りませんでした  作者: 中田かすり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/52

第四十一話 君が好き

 




 翌朝、ロシーナは意図的に登校時間を遅らせた。


 いつもより三十分。それだけずらせば鉢合わせは避けられる。そのはずだった。

 

 昨日のことを、まだうまく整理できていない。言うつもりのなかったことまで言ってしまった。


 期待させないでと言う言葉は、裏を返せば期待していると言ったも同然だ。ユリウスのことをずるいと思っていたけれど、それなら自分だって同じだとも思う。


 

 正直なところ、どんな顔をして会えばいいのかわからない。



 昼食はマリーより少し遅い時間にずらした。



 騎士科が講堂で講義を受けている時間は大階段に近づかなかった。図書室にも、もちろん行かない。



 教室の窓から外を見ると、渡り廊下をユリウスが歩いている。


 目が合いそうになって、ロシーナは視線を落とした。


 気づいてしまう。


 どこにいても、見つけてしまう。


 漆黒だと思っていたユリウスの髪が、光を受けるとわずかに青を帯びることを初めて知った。それが本当に綺麗で。繰り返し確かめるように目で追ってしまう。



 今まで気づかなかった。

 こんなに何度も会っていたのに、気づいていなかった。




「シーナ、大丈夫?」




 マリーに覗き込まれて、ロシーナは顔を上げた。




「なにが? 私は大丈夫よ?」



「……そう?」



「本当に、何でもないの」





 マリーは不審そうな目をしたまま、それ以上は聞かなかった。











 二日目になると、避けても避けても姿を見かけた。


 朝、渡り廊下で前方に姿を見つけて引き返した。


 昼、カフェテリアへの近道を避けて遠回りした。


 午後の移動でも、廊下の角を曲がったところで目が合いそうになって、咄嗟に掲示板の前で立ち止まった。



 どんな顔をして会えばいいのかは、やっぱりわからないままだ。



 放課後、今日中に返さなければならない本を抱えて西回廊に入る。ここなら人が少ないから図書室まで、人目を避けて行ける。




「カッセル嬢」




 聞こえなかったことにしたかった。

 足を速める。

 追いかける足音が、だんだんと迫ってくる。




「待ってくれ!」




 今度ははっきりと聞こえたが、待つはずもなく。


 あの角を曲がったら、図書室まで全速力で走ろう。そう思った直後。




「ロシーナ!」




 足が、止まった。


 裏廊下には、夕方の光が長く差し込んでいた。


 止まってしまった足を動かすことができない。


 後ろから近づいてくる足音が、すぐ後ろで止まる。


 ロシーナは、振り返ることができなかった。




「……頼む。話がしたい」




 低い声。

 責めるような響きはない。


 ロシーナは何も言うことができず、胸の前の本を強く抱きかかえた。


 ユリウスが小さく息を吐く気配がする。




「すまなかった」




 その言葉に、ロシーナは目を瞬いた。




「君を不安にさせた」




 静かに、ゆっくりと、ロシーナに届くのを祈るような声。




「伝わっているつもりだったんだ」




 一歩、足音が近づく。




「噂になっても構わないと言った。線を引くなとも。私を、望んで欲しいと言った」




 ロシーナの指先が、ぎゅっと本の端を掴む。




「だが、一番大事なことを言っていなかった」




 振り返れない。

 振り返ったら、たぶん、駄目だと思った。




「……ロシーナ」




 名前を呼ばれる。

 それだけで、胸の奥が強く鳴った。




「ロシーナ。こっちを向いて。君の、顔が見たい」




 俯いたままのロシーナは、その言葉に頭を大きく横に振る。


 見せられるはずがない。

 今、自分がどんな顔をしているのかさえわからないのに。


 ユリウスがまた一歩、ロシーナに近づく気配がした。


 いや。一歩だけではなく、そこからまた一歩。


 冬の森を思わせる香りが近い。


 恐る恐る顔を上げると、蒼い瞳がもうすぐそこで。

 整った唇が、まるで、都合の良い夢のように動き出す。

 

 

 

「君が好きだ」




 呼吸なんてできない。




「最初に興味を持ったのは君の知性だった。それから、君を知るにつれ、放っておけなくなった。気づけば私は、君のことで頭がいっぱいだ」




 ユリウスの声が静かに。

 静かにロシーナの鼓膜を揺らす。




「君が他の男といるのは嫌だ。君の笑顔を見るのも、隣に立つのも全部、私であってほしい」




 耳を震わすその声が、全身を甘く包んでいく。

 本を抱える腕に、力が入った。

 支えなければ、立ってられない。




「だから、期待してくれたら嬉しいんだ」


 


 その言葉に、ロシーナの肩がわずかに揺れる。




「期待させたのは私だ。今後も、やめる気はない」




 逃げ道を塞ぐような言葉なのに、不思議と怖くなかった。




「……ずるいです」




 やっと絞り出した声は、思ったより弱くて。


 頭上から、少しだけ笑う気配がした。




「すまない。自覚はある」




 あまりにも開き直った謝罪に、また調子を狂わされる。



 夕陽の中で見るユリウスの髪は、美しい青を帯びていた。

 こんな状況なのに、やっぱりそれを綺麗だと思ってしまう自分が悔しい。


 ユリウスがまっすぐロシーナを見た。

 



「返事はすぐでなくていい」




 低い声が静かに続く。




「だが、もう避けるのはやめてくれ。君に避けられると堪える」




 初めて聞く懇願に近い言葉に、ロシーナはただユリウスを見つめることしかできなかった。


 だってさっきから、立っているのもやっとなのだから。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ