表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
土を読む男爵令嬢のせいで、公爵令息は完璧ではいられない──我が家が国家機密だなんて知りませんでした  作者: 中田かすり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/52

第二十一話 満月まで、あと二日





「じゃーん!」



 翌日の放課後、ロシーナが温室に足を踏み入れた瞬間、ヴィクターの弾んだ声が響く。



「……え」



 両手を広げて立つヴィクターの背後には、透明な円筒状の容器がいくつも並んでいた。

 金属の縁取りには細かな紋様が刻まれており、その内部には、水が静かに満たされている。ひとつやふたつではない。視界に入るだけでも、かなりの量だ。



「これは……」



 思わず一歩近づく。

 水面は静かで、ほとんど揺れていない。

 そっと縁に手を添え、覗き込む。

 濁りがない。泡も見当たらない。

 昨日汲んだものとは、明らかに違う。



「空気に……一切触れていないんですか?」



 顔を上げる。

 ユリウスがこちらを見ていた。



「圧をかけて流し込んでいる。混ざらないように」


「……すごい……そんなことが可能なんて……」



 思わず、声がこぼれる。



「まあ、魔導具なんて貴族の中でも一部の家の者しか扱えないし、ロシーナちゃんからしたら、その反応になるよね」



 ロシーナは返事もせず、じっと見つめている。容器は太陽の光を浴びてきらきらと輝き、足元に小さな虹が揺れた。



「ランドルフ様、これ……本当にすごいことです!」



 興奮を抑え切れず、ユリウスを勢いよく見上げた。



「こんなにたくさん、しかもこの状態で……」


「でしょでしょ!」



 ヴィクターが口を挟む。



「昨日あのあとさ、ユリウスったら戻って──」



 言いかけた瞬間。



「余計なことは言うな」



 ぐい、と肩を掴まれ、ヴィクターが情けない声を上げる。



「痛い痛い痛い! わかった、言わないって!」



 手が離れると、ヴィクターは肩をさすりながらユリウスを睨んだ。



「張り切っちゃってさあ、ほんと」


「だまれ」



 ユリウスは相手にしないように視線を逸らし、それからロシーナを振り返る。



「……足りそうか」



 目を丸くしたロシーナが、何度もうなずいた。



「はい。十分だと思います」



 これだけあれば、思う存分試せる。

 量を気にして遠慮する必要もない。条件も、ほぼ揃っている。


 蒼玄草に、この水を与えたら──


 胸が高鳴る。



「……ありがとうございます!」



 ユリウスは答えず、わずかに目を逸らした。



「じゃあ早速試してみようよ」



 三人はそのまま温室の裏手へ向かった。



 蒼玄草の様子は、ロシーナの予想を遥かに超えるものだった。



「……これは」



 水は土へ染み込むより早く、蒼玄草へ吸い上げられていく。

 茎が脈打つように膨らみ、波打った。



「吸っているというより……飲んでいる……?」



 植物の動きとは思えない。

 まるで、自分の意思で水を求めているみたいだった。


 隣で、ユリウスがわずかに眉を寄せる。



「……まるで、生き物のようだな」



 ヴィクターだけが何も言わず、蒼玄草を見下ろしていた。

 目を細め、その様子をじっと追っていた。


 灰白色の茎の根元から、わずかに色が差した。

 葉の奥に隠れるようについていた小さな蕾が、わずかに膨らむ。

 それは、みるみると濃さを増しながら上へと駆け上がり、やがて葉の先まで染める。昨日より遥かに銀色に近づいていた。

 それでも、吸い上げる動きは止まらない。


 一本、また一本と魔導容器から水を注ぐたびに、

 蒼玄草はその速さを緩めることなく、飲み込んでいく。

 先ほどまであった色の変化は、もうない。



「……まだ、足りないの?」



 ロシーナが首を傾げる。



「銀色っていうより灰色って感じだね、これじゃあ」


「鉄は、もう満ちているのかもしれない」



 ユリウスの言葉にロシーナも頷く。



「じゃあ明後日の満月まで、待つしかないかあ」



 ヴィクターが両手を上げ、大きく伸びをしたとき。



「シーナ、いるー?」



 温室の外からマリーの声が、香ばしい匂いとともに、ふわりと流れ込んできた。



 「お、マリー嬢!」



 ヴィクターが笑みを向けると、マリーが露骨に鼻を顰めた。



「ごきげんよう。やはりお二人もご一緒でしたわね……」



 普段よりも大きな籠を片手に下げたマリーが、ふと周囲を見回し、ぴたりと動きを止めた。



「……なに、この魔導具の量」



 並んだ円筒の容器を指さす。


「ぷっ」と俯き、肩を震わせるヴィクターを、ユリウスが睨む。

 マリーは呆れたようにユリウスを見た。



「ランドルフ様、これは少々やりすぎでは……?」


「…………」


「いやあ! やっぱりマリー嬢いいなあ! な、ユリウス?」


「お前は本当にもうだまれ」



 ぴしゃりと遮られても、ヴィクターはどこ吹く風で肩をすくめている。

 そのやり取りを見ていたロシーナが、はっとしたように口を開いた。



「で、でも……多すぎるなんてことはなかったわ。むしろ、とても質が良くて……蒼玄草も、すごくよく吸って──」


「シーナ、ストップ」


「え?」


「今そういう話じゃない」


「……そうなの?」


「そうなの」



 間髪入れずに返されて、ロシーナがぱちぱちと瞬きをする。

 ヴィクターが再び吹き出した。



「いいねえ。ロシーナちゃんも……」



 いつまでも笑い止まないヴィクターの口に、マリーが無言で、手に持っていたパイを差し出し、そのまま、ぐいと押し込んだ。



「むぐっ」


「……少しお静かに」



 にこやかに微笑む。

 温室をトマトとチーズの匂いが包んだ。



──満月まで、あと二日。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ