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土を読む男爵令嬢のせいで、公爵令息は完璧ではいられない──我が家が国家機密だなんて知りませんでした  作者: 中田かすり


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第十七話 外出届




「心当たりの場所って?」



 ヴィクターの問いに、ロシーナは少し間を置いてから答えた。



「以前、庭園を調べていたときに……気になる場所を見つけたんです」



 気になる、という言葉にユリウスの視線がわずかに動く。



「はい。固い地表の下が妙に水分を含んでいて、広い範囲で内部から崩れやすくなっていました」



 掘り進めていくうちに、違和感が形を持ちはじめた。



「その先で、ごくわずかですが……水が流れている“筋”のようなものを見つけました」



 ヴィクターが首を傾げる。



「水脈ってこと?」



「おそらくは。まだ湧き出し口までは確認できていませんが、上流に水源があるはずです」



 そこで一度、ロシーナは言葉を切った。



「その周囲の土が、赤く変色していました」



「……鉄分を含んでいる可能性がある、ということか」



 ユリウスの確認に、小さく頷く。



「はい。ですから、蒼玄草の根に鉄を与えるなら、土に直接混ぜるよりも、その水を使った方が効率的かと」



 ヴィクターが視線を落とす。



「直接混ぜるのはダメなの?」



「鉄はそのままだとほとんど溶けませんし、植物も吸収できません。水に溶けた状態でないと……」



「なるほどね」



 軽く頷いたあと、ヴィクターの視線がユリウスへ向く。

 ロシーナもまた、同じ方向を見る。



「——カッセル嬢」



 ユリウスの声が、少しだけ低くなる。



「君がその水源を探しに行くつもりなら、却下だ」



「……えっ?」



 ヴィクターが小さく肩をすくめる。



「まあ、そうだろうね」


 

「ランドルフ様。ど、どうしてですか!」



「さっき君も言ってたじゃないか。地盤が崩れやすくなっていると。……演習場の事故を、忘れたのか?」



 ロシーナは言葉を詰まらせた



「僕もユリウスに賛成だな」



「サヴァラン様……」



「うちの学園の庭園ってさ、ほぼ林みたいなものだろ?令嬢が探索するところじゃないと思うよ」



「そんな……あ! で、でも! 場所の目処は立ってるんです! あの、地図と地形図を照らし合わせて──」



「カッセル嬢」



 びくりと、ロシーナが肩を揺らした。



「満月はまだ先だ。来週には定期試験も控えている。君も本腰を入れて勉強する頃だろう?」



「……はい。おっしゃる通りです」



「試験が終わったら、また集まって別の方法を考えよう」



「そうだね。それがいい。その時はマリー嬢も一緒にさ」



 ユリウスの言葉は、どれも正しかった。

 危険であることも、今は動くべきではないことも。

 それでもロシーナは、すぐに返事ができなかった。



「……試験が終わってから……」



 確認するように呟くと、ユリウスが頷いた。


 ロシーナは深く頭を下げると、静かに図書室を後にした。

 扉が閉まる音が、やけに小さく響いた。


 しばらくして、ヴィクターが息を吐く。



「……納得してないね、あれ」



「だろうな」



 ユリウスは視線を扉に向けたまま答える。



「止まるとは思う?」



「いや」



 間を置かず返された言葉に、ヴィクターが苦笑した。



「昨日も思ったけど、彼女って結構のめり込むタイプ?」



「だろうな。目が離せない」



 ヴィクターは身を乗り出し、ユリウスの顔を覗き込む。



「へええ」



「なんだ」



「ずいぶん素直になったなあって思って」



「だまれ」



 廊下を足早に歩き出すユリウスを、にやついた顔をしたヴィクターが追った。









 試験期間中、ロシーナは自室で机に向かい続けていた。


 手を止めることはなかったが、意識の端にあるのは蒼玄草ばかりだった。


 今はまだ灰白色の産毛に包まれ、葉を広げるだけのそれが、やがて蕾を結ぶ。

 ゆっくりと、ほどけるように開いていく。


 その光景が、何度も浮かんでは消えた。


 試験最終日の鐘が鳴り終わると、教室の空気が一気に緩んだ。



「終わったぁ……!」



 マリーが机に突っ伏す。



「もう無理、何も考えたくない……」



「お疲れさま」



 ロシーナは苦笑しながら答えた。



「ロシーナはいつも通りね……」



「そうかしら?」



 そう答えながら、ノートを閉じる。


 試験は終わった。

 

 ロシーナは手早く帰り支度を済ませた。

 視線は、無意識に窓の外へ向いていた。



 その夜。


 机に向かっていたユリウスの前に、ヴィクターが一枚の書類をひらりと置いた。



「ほら。出てたよ」



 ユリウスは無言でそれに目を落とす。



「そうか」




『──外出届──実務科ロシーナ・カッセル』




「で、どうするの?止めるの?」



「いや──」






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