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土を読む男爵令嬢のせいで、公爵令息は完璧ではいられない──我が家が国家機密だなんて知りませんでした  作者: 中田かすり


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第十四話 私にはない視点



「えっ、じゃあロシーナちゃん、蒼玄草を調べてたってことかい?」



 ヴィクターはパイの包みに手を伸ばしながら、軽い調子で言った。



「……申し訳ありません、サヴァラン様。深入りしないようにと言われていたのに……」



 ロシーナは小さく肩をすくめ、視線を落とす。



「いや、いいさ。そうなると思っていたところもあるし」



 ヴィクターはあっさりとそう返し、そうっと包みを開けようとした。



「……何の話だ」



 低く落ちた声に、ロシーナの肩がびくりと揺れる。



「ランベルト様。実は、気になっているのが、この『蒼玄草』でして……」



 ロシーナが、植物図鑑の何度も開いたページを指し示す。


 その隙に、マリーがすっと前に出て、ヴィクターの手元から包みを奪い取り、皿の上へと戻す。



「絶滅に瀕した希少種が、学園の温室裏に……」



「はい。まだ十日分のデータですが、どうやら驚異的な速さで周辺の土壌に含まれる鉄分を吸収しているようなのです。

蒼玄草の根元から等間隔で土を採取して比較してみたところ、中心に近いほど赤みが抜けていまして……試薬での反応も日ごとに明確な差が出ています。

併せて土のまとまりも悪く、軽く触れるだけで形を保てない状態に変わっています。

水を含ませた際の保ちも距離と日数の両方で差があり、同条件で測定しても保持時間にばらつきが出ています。その経過記録と測定結果がこちらに」



 ユリウスは言葉を発さず、差し出された紙片を手に取り、視線を落とす。



「…………」



「ランベルト様? あ、念の為比較材料として、離れた場所の雑草のデータもありますが、そちらもご覧に?」



「…………」



「あ、あの……?」



 反応のない様子に、ロシーナがおそるおそる声をかける。



「ロシーナちゃん、ユリウスは放っておいていいよ。君の変わりように驚いてるだけだから」



 いつの間にか別の角度から覗き込んでいたヴィクターが、肩を震わせた。



「ヴィクター、だまれ」



「図星だろ?」



 楽しげに笑いながら、再びパイへと手を伸ばす。



「それにしても、十日間でここまで調べるなんてね。そりゃあ探しても会えないはずだね」



「でも……開花の条件が掴めず、これ以上の手立てが……」



 その言葉を聞きながら、マリーは小さく息をつき、もう諦めたとばかりに、用意していた茶器に湯を注いだ。


 温室には不釣り合いな、上品で爽やかな香りがふわりと広がる。

 ティーカップを手に取ったユリウスは、なおも図鑑の挿絵を見つめていた。



「……この絵師は、実物を見ているな」



 ぽつりと呟いたユリウスの声に、ロシーナが顔を上げた。



「え?」



 ユリウスは図鑑の挿絵に視線を落としたまま、指先でゆっくりとなぞる。



「細部まで正確すぎる。想像や伝聞では、ここまでは描けない。この絵師について、調べてみるのはどうだろう」



「どれどれ?」



 横から覗き込んだヴィクターが、図鑑の隅へと目を細める。



「……あ、署名があるな。ティエラ……エイカル……? どこかで聞いたような──」



 その名を口にした瞬間、ヴィクターとマリーの声が重なった。



「あ!」



 二人は顔を見合わせ、ほぼ同時に叫ぶ。



「恋愛小説の金字塔『月下に燃ゆ』の挿絵!」



 ロシーナが弾かれたように顔を上げた。



「ラ、ラ、ランベルト様! その視点はありませんでした……さすがです!」



 ぱっと顔を輝かせるロシーナを前に、ユリウスはわずかに視線を逸らした。

 その耳が、うっすらと赤く染まっている。



「『月下に燃ゆ』なら、確かにその図鑑が発刊された時代に書かれたものだな」



 ヴィクターが顎に手を当て、記憶を探るように目を細めた。


「……蒼玄草」



 ぽつりと、ユリウスが呟いた。



「え?」



「その小説の中に、似た植物が登場する。名は違ったはずだが……特徴が一致する」



 ロシーナが息を呑む。



「ど、どのような……?」



「月光だ」



 短く、断じるように言う。



「開花の条件として、たしか“月光”が鍵になっていた」



 温室の外はすでに日が暮れ、今にも月が昇ろうとしていた。





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