第七話
「早速ですが、本題に入りましょうか。お電話でお話ししたように、石山さんにはぜひとも我が党から衆議院選挙に出ていただきたいと思っているんですが」
藤山さんは、大きな目をさらに見開いた。僕は冷静に、練習した通りに答えた。
「条件を聞かせてもらっても良いでしょうか」
藤山さんは、咳ばらいをしながら、少し答えにくそうに言った。
「我が党は、いくつかの労働組合からの支援を頂いていますから、反対できない政策がありまして……」
「それは、原発ですか?」
「それも含まれます」
「外国人労働者の問題ですか?」
「……そのあたりも、ですね」
「選択的夫婦別姓は?」
「それは、まあ、そんなに問題はないです」
「消費税減税ですか?」
彼は、お茶を一口飲んでから答えた。
「消費税減税は、国民の皆さんが望んでおられるのは承知しているのですが、どうにもならないんですよ」
藤山さんは、幹事長と目を合わせてため息をついた。
「そうですか。私は、次の選挙では、外国人労働者の問題と社会保険の問題に触れないわけにはいかないと思っているんですよ」
「社会保険の問題は、我が党も大々的に取り上げるので、そこの一致で、なんとかなりませんかね?」
「そうですね……」
「もし、我が党から出馬してもらえるなら、東京の比例名簿一位を約束しますよ。その代わり、全国の応援をお願いしたいんだが……」
「小選挙区での出馬はどうでしょうか?」
「小選挙区ですか……。石山さんには、その知名度を活かしてもらって、比例単独の方がいいと思うんですがね。我が党の小選挙区の当選確率は、そう高くないですよ。どうしても与党が強いですからね」
「そうですか……」
「どうしても出たい選挙区がおありですか?」
「ええ、まあ」
「幹事長、神奈川に一区、空きがでるんじゃないか? 今回限りで引退を考えていると言っとたな」
「ええ、そこでしたら、まだ公認候補がいないですね」
「神奈川ですか……」
「東京がよろしいですか?」
「そうですね……」
「東京七区なんかがいいかもしれませんよ。あそこは、若い人が多いし、無党派層が多いから、石山さんならもしかすると勝てるかもしれませんよ」
幹事長は、僕に勧めてきた。
「七区ですか、今はどなたが?」
「えっと、確か女性のアナウンサーだったか、与党ですけどね」
「ああ、あそこは、ほとんどが女性でしたね。うちの党も立候補しないですから、どうですか? 女性との戦いになりそうですが、いいかもしれませんね」
藤山さんも党からの立候補者がいないので、僕に勧めてきた。
「そうですか……」
僕がお茶を一口飲み、カップを置いたとき、藤山さんが口を開いた。
「今日は、お返事はいただけないですかな?」
ちらりとシュリを見たが、彼は、目を伏せたままだった。
「もう少し、考えさせていただいても良いでしょうか?」
「もちろん、よく考えて決めて下さい。ただし、こちらも準備がありますので、なるべく早くお返事を頂ければと思います」
「わかりました。数日以内にお返事いたします」
藤山さんは、一瞬、苦い顔をしたのが僕にはわかったが、きちんと大人の対応をとった。僕たちも席を立ち、シュリとともに部屋を出た。
「このまま一緒に出ても大丈夫そうだな」
シュリは、少し歩いたところで宇宙船を呼ぼうとした。
「今日は、東京の家に泊まるかな。ここから歩いていけば、ちょうどいい運動になりそうだ」
「えっ、三キロはあるんじゃないか? この寒空の下、男二人で歩くのか?」
シュリの眉間にまたしわが寄っていた。
「女の子と三キロは、歩けないだろう。男同士だからいいんじゃないか」
「はいはい、わかりました。運動、運動」
シュリは、嫌そうだったが、僕に付き合ってくれた。
東京に部屋を準備していたものの、宇宙船の方が、騒音や室温がちょうどいいのと、どこにいても上空に呼び寄せられると言う便利さもあって、もっぱら宇宙船暮らしだった。
「あっ、痛っ」
ドアを開けると、いきなり何かにぶつかった。
「シンジュ、大丈夫か? ああ、すまない、美しき星から取り寄せておいたやつをとりあえず玄関に置いていたんだった」
「何を取り寄せたんだ?」
「プラーナ生成器だよ」
「プラーナ生成器?」
「生命エネルギーを補う装置だ。宇宙船にはあるが、これは持ち運び用だ」
「へー、これはいいな。この部屋に泊まっても宇宙船と同じように、エネルギー補給が簡単にできるんだ」
「これからは、こっちに泊まることも増えそうだからな」
僕は、リビングのソファーのひじ掛けに脱いだ上着をかけて、ソファーにダイブした。
「それにしても、疲れたよ」
「シンジュも頑張ってはいたな」
「頑張ってはいたなって、どういうことだよ」
「あの生半可な返事、あれはまずかったんじゃないか?」
「えっ、何か変だったか?」
「そうですか、そうですね、しか言ってなかったぞ」
「えっ、そうですか? ハハハハハッ、バレていたか」
「シンジュは、藤山さんをどう思った?」
「そうだな、あの人は、モテるよ」
「えっ、そこ?」
「ん?」
「そこじゃなくて、政治家として、信頼できるかとかさ」
「そうだな……」
「特別なにも感じなかったということか」
「あっ、手がすごかった」
「手?」
「握手したときに、何とも言えないものを感じた。僕もあの手が欲しい!」
「手か……、返報性の原理とか、距離感の短縮だな」
「返報性の原理?」
「相手から親切にされると、何かを返さないといけないと思う心理さ。握手が票につながるわけだよ」
「なるほどね、だけど、そういう気持ちとはちょっと違うんだ。なんて表現したらいいかな。そうだな、オーラというか、エネルギーだよ」
「へー、そんなにエネルギーを感じたのか?」
やはり日本を代表する党の党首ともなれば、相当エネルギーの高い人が多いのだろう。そのエネルギーがどんなエネルギーなのか、そして、どこに使われるのか。僕もいつか、そのようなエネルギーを手にすることができるのか……
自分自身の未熟さを感じていた。あの手に比べれば、自分はまだ何も持っていない。
「そうだ、シュリは、藤山さんをどう思った?」
「そうだな、藤山さんではなく、別に戦略を立てている人がいるんだろうなって思ったよ。その人が、どんな人かが気になるな」
「どうして別にいるのがわかるんだ?」
「直感だよ。……この人は、表にでるだけの人」
「ふーん。僕とシュリみたいな感じか」
「シンジュは、自分でもちゃんと考えているじゃないか」
「シュリの考えには及ばないよ」
「シンジュは、自分を卑下しすぎだ。藤山さんのエネルギーのことを言っていたけど、シンジュは、あれ以上だと言うことを自分では気づいていないんだな」
「えっ、あれ以上?」
「だからこそ、オファーが来ているのがわからないのか?」
僕のエネルギーが藤山さん以上なのか? 僕は、自分の体を眺めてみた。自分のオーラを見て確認してみたいと思ったのだが、何も見えなかった。
「オファーと言えば、今日のオファーはどうするんだ?」
「もちろん、断るさ」
「えっ、断るの?」
「断るだろ?」
「でも他にオファーが来てないんだぞ」
「自分たちの信念がない党に入るのか?」
「どこもさほど変わらないんじゃないか?」
「まあな、党が大きくなればなるほど、支援者の声が大きくなって、がんじがらめになってくるからな」
「それで、シュリの戦略はどうなんだ?」
「もう少し待ってみようと思うんだ。次の選挙は、もしかすると数か月先かもしれないぞ」
シュリは立ち上がって、自分の部屋に入り、ジャケットをクローゼットに収めて、タオルを取り出した。僕は、彼の後をついて部屋に入った。
「それで、いつ頃になりそうなんだ?」
「次の総裁選の後じゃないかと思うんだ」
「それって8月? まだ半年以上先じゃないか」
「今回も首相に責任を取らせて、新しく若い首相を仕立て上げる。それで、また人気を集める」
シュリは、部屋を出て行った。僕もすぐ後をついて行った。
「でもそれだったら、すぐにでも総裁選挙をすればいいじゃないか」
「いや、それではダメなんだ。その若いのが育っていないからな」
「半年で育つのか?」
「印象を与えるんだ」
「また、マスコミを使うのか」
「そういうことだ」
「政治もマスコミもどこ向いて仕事しているんだ?」
「その言葉、ブーメランにならないように心に留めておくんだぞ」
シュリは、これ以上ついてくるなというように、シャワールームの前で振り返った。
『ブーメランか……』
国を守るとは、誰を守ることなんだ?
強い国とは、誰のための強さなんだ?
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