第六話
「シュリ、宗教って、いったい何なんだ?」
「唐突だな」
シュリは、いつものように報告書を入力しながら僕の話を聞いてくれた。
「僕たちの星には、そんなものが存在しないから、理解に苦しんでいるんだ」
「宗教か…… そうだな、一言で言えば『不確実な世界に「確かな意味」を与える装置』だ」
「ん?」
ちょっと何を言っているのかよくわからず、僕は首を傾げた。
「誰も知らないことをあたかも知っていて、それが正しいのだと思い込ませる装置だ」
「え? どうしてそんなことを信じてしまうんだ?」
「人間は、先がわからないと不安になる。不安なまま生きていくことができないから、信じてしまうんだ。それに、この世界の秩序を保ち支配するにはちょうどいいのさ」
「支配する?」
「事実だろ」
「そんなの間違ってるだろ」
「じゃあ、なぜ人はそれに従う?」
「それで人を縛るなら、そんなもの壊すべきだ」
「宗教は、人としての生き方の基本、共同体なんだ。政治と同じだと言ってもいいくらいなんだ。だから、宗教が政治に関わるのは必然だ」
「……」
シュリの発言が、僕の想いとは真逆だったことに次の言葉を失ったいた。
「シンジュは、それが嫌なんだろ?」
「宗教から見たら、政治は同じかもしれないけど、政治から見たら、宗教は全く違うものだよ。政治は、もっと論理的で、建設的で、より良いものにしなければならないんだ」
「だったら、どうすればいいと思うんだ?」
僕は、しばらく考え込んでいた。
シュリは、仕事の手を止めて、僕にこう言った。
「シンジュ、政治は国民のために、良い社会を実現しようとしていると思っているだろう。でも、実は、ただの傀儡に過ぎないのかもしれない。政治家を利用したい者のな」
「政治家は、利用される?」
「そうだ」
「そんなの嫌だよ」
「でも政治家は国民の代弁者だ。利用されるものだ。でも本来は、国民の声を聞いて、それが本当に公共のためになるかどうかを判断するのが政治家なんだ」
「でも、選挙で勝つために、お互いが利用し合っていたらどうするんだ?」
「本当に、情けない話だが、それも現実。もしそれが嫌だと国民が言うなら、無宗教の者たちが、政治に関心を持ち、政治を利用することだな」
「投票率を上げるということか?」
「結果的にはそうなるが、まずは、社会に関心を持つ。いろいろなことに疑問を持つことだ」
「疑問を持つか……。疑問を持てば、不確かなものを勝手に確かそうな意味をつけて信じさせていることをすぐに見破れるのにな。そうしたら、この世界から宗教は消えてなくなる」
「消えると思ってるのか?」
「消えるだろ?」
「形を変えるだけだ」
「宗教がなくなったら、人々の不安の行き先はどこに持っていくんだ?」
「えっ、どうして不安になるんだ?」
「人は、外に救いを求める」
「なぜ?」
「内側を知らないからだ」
「魂につながっていないのか?」
「そういうことだ」
「どうやればいいんだ?」
「私たちは、生まれたときから魂にアクセスできていたから、その方法を知らないんだ」
「悩ましいな。魂にアクセスできないなら、別の方法が必要になるのか……」
今の地球では、宗教を失くす方法は難しい。魂にアクセスできる方法がわかるまで、それでも僕は、この混沌の中で、論理を武器に戦うしかない。
「シンジュ、党の幹部から会いたいと連絡が来ているぞ。今週、火曜日の夜7時、あいているか?」
「ああ、その時間なら大丈夫だ」
「料亭になっているが、どこか別のミーティングルームに変更してもらうぞ」
「そうしてくれ」
僕たちが一番困るのは、食事をしながらの対談だった。
美しき星の住人は食事をとらない。栄養は、植物からのプラーナで充分だった。食事をとることもできるが、その後は体調不良に悩まされる。それが嫌で、誰もできる限り食事はしないことにしている。飲み物は、多少は大丈夫なので、お酒以外であれば、付き合うこともできる。
火曜日の夜、街はクリスマスの電飾で彩られていた。
「シンジュ、クリスマスの意味をしっているか?」
「恋人たちが、いちゃいちゃする日だろ?」
「……」
シュリは、眉間にしわを寄せて、僕を睨んだ。
「ごめん、そんな顔するなよ、シュリ、冗談に決まっているだろ」
「ふん、正解を言ってみろよ」
「キリストのミサ、だろ?」
「知っていたのか」
「当たり前さ。でも、日本人の多くは、知らないんだろう?」
「そうなんだよ。宗教だと知らずにお祝いをして、ケーキを食べて楽しんでいるんだ。すごい民族だと思わないか?」
「確かにすごいよな。この民族なら、本当に何でも受け入れて、同化してしまうんじゃないかと思うよ」
「そうだな、本当に文化だけなら、同化させられると思うよ、文化だけならね」
シュリは、遠くを見つめてそう言った。
「でも外国人の受け入れとなると、同化は難しそうだな」
「あれ見ろよ」
シュリが指差す方向を見た。
「えっー、クリスマスツリーが無残に倒されて踏みつぶされているじゃないか」
「これは、日本人の仕業ではなさそうだな」
「あーあ、何かちょっとウキウキした気分だったのに興ざめだな。まあ、こんな日に男二人でまちを歩いているのも、興ざめだけどな」
「相手が私で悪かったな」
「相手がいるだけで、嬉しいよ、シュリー」
僕は、彼の腕に僕の腕を絡めてみたが、即効で外されてしまった。
「やめろよ、そんな趣味はないぞ」
「ふん、わかってるよ」
「おっと、そろそろ、帽子とマスクをつけるぞ。ここからは、別々に行こう。私は、あの本屋で、ちょっとだけ立ち読みして、行くことにするよ」
「僕は、あの店に入ってから行くことにするよ」
「後をつけられていないか、よく確認しろよ」
「わかった」
僕は、店に入った後、僕をつけている不審な者がいないか確認したが、誰もいないようだった。お店の中は、クリスマスの電飾でキラキラと輝いていた。棚に並んだかわいい髪飾りを一つ手に取った。
彼女は、今頃何をしているだろうか? 僕は、まなのことを思い浮かべていた。
いつか彼女に会ったらこの髪飾りを渡そう、そう思ってレジへ進んだ。
ビルの一階のエレベーターの周辺にも怪しい者は誰もいない。つけられている形跡もなく、僕は党の事務所へ入ることができた。シュリは、僕のほんの少し前に到着したようで、帽子とマスクを外したところだった。
「幹事長の長浜と申します。今日はご足労いただきまして、ありがとうございます。どうぞ、おかけになって下さい。もうすぐ党首の藤山も参りますので」
「藤山さんも来られるのですか?」
「もちろんですよ。藤山がどうしても直接お会いして話をしたいと申しておりまして」
「そうですか」
「えっと、何か飲まれますか? お茶か、コーヒーしかないんですけど」
「では、お茶をお願いします」
「秘書の方は?」
「私もお茶でお願いします」
「ええと、カップはどこだったかな? ああ、あった、あった」
事務所は、殺風景を通り越して、寒々しい雰囲気だった。
「ここの事務所は、普段使われているんですか?」
「いえ、ほとんど使ってないんですよ。時々、こうやって密会するだけで、はははははっ」
「それで、事務所感もないわけですね」
「ええ、すみませんね。あっ、藤山が到着したようです」
オートロックの暗証ボタンを押した音が聞こえてきた。
「遅くなりまして、申し訳ありません」
党首の藤山さんは、そう言いながら、颯爽とコートを脱ぎハンガーにかけた。その時、彼のきつい香水の香りが部屋に充満した。
やはり、女性にモテる男は、香水をつけるのか。彼は以前、週刊誌に不倫相手と手をつないで歩いているところを激写されていたのだ。
「わざわざ、ご足労いただきまして、ありがとうございます。党首の藤山と申します」
「石山真治と申します」
「もっと早くにお会いしたかったんですよ。今日は、本当にありがとうございます」
彼は、僕に手を差し出した。僕も躊躇うことなく、彼の手を握った。何千人と握手をしてきた手だ。僕の手が彼の手と重なった瞬間、まるで彼のエネルギーが流れ込んでくるかのような感覚が走り、言葉にできない高揚感が胸に広がった。
「石山さん、都知事選挙は素晴らしい戦いでしたね。私たちも急遽、参議院選挙で真似させていただきましたよ。お陰様で、この度は10議席も多く獲得させていただきまして、ありがたく思っております」
「いえいえ、藤山さんの実力ですよ」
「いやいや、石山さんの公約、素晴らしかったですよ。人を動かすのは、あれだなと思ったんですよ」
「まあまあ、座って話をしませんか。お茶も入りましたので」
「幹事長、すみませんね、あっ、コーヒーでなくて良かったのかな?」
藤山さんは、幹事長が持ってきたお盆の上のお茶をとって、私たちの前のテーブルに置きながら、そう言った。
「ええ、私たちは、お茶で結構です」
「えっと、あなたは、秘書の方?」
「申し遅れました、私は、スタートアップ企業で石山と共同代表をしております清田と申します。石山の先の選挙では、一緒に動いておりました」
「そうするとあなたが、選対長ですか?」
「選対長というほどの者ではありませんよ」
「いえいえ、選挙には、優秀な選対長が必要ですからね」
藤山さんは、シュリの選挙戦略の能力に興味を示した。
僕は、お茶を何口か飲んでカップを置いた。
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