第五話
「シュリ、今日の収録で、社会学者の人がさ、新しく政党を立ち上げたらどうかって言ってきたんだよ。今のところオファーもないしさ、どう思う?」
シュリは、しばらく沈黙していたが
「ダメだ。時間がかかりすぎる」
そう言いながら、パソコン入力の手を止めなかった。僕は、話をちゃんと聞いていないのではないかと思い、しつこく聞いてみた。
「でも、2025年に新党を立ち上げて、2026年には10人以上になった党もあったじゃないか」
「それで、今はどうなっている?」
「今は、また落ち目だけど」
シュリは、ようやく僕の目を見て話し始めた。
「シンジュの最終目標は何なんだ? ただ国会議員になればいいのか?」
「いや、僕は、総理大臣になって国を動かすんだ」
「そうだろう。だから、新党を立ち上げるのは、ダメなんだ」
「でも、メディアはもう衆議院がいつ解散するかで持ち切りだぞ」
「わかっている。でも焦るな、国民がシンジュを望んで、勝たせたいと思うまで待つんだ」
「本当に、僕を望んでくれるのか?」
「必ず、そうなる。そのために、もうしばらくメディアに出て、議論をしておいてくれ」
「わかったよ。あっ、そうだ、次のテーマを言われていたんだ。年金についてどう思う?」
「シンジュは、どう思うんだ?」
「年金は、必要なシステムだけど、みんなが不安に感じているんだ。今、年金をもらっている高齢者も、若者も、女性も不安なんだよ」
「どうして、皆不安なんだ」
「掛け金は高いけど、支給額は少ない。無給でも支払わないといけない。払わなかったら、年金の支給額が減ってしまうんだ。しかも今の高齢者はまだいいけど、若者は、どんどん負担額が増えて、支給額が減る。未来が約束されていないことが不安だし、怒っているんだ。このままだと、高齢者と若者の間で分断が起こるよ」
「起こそうとしているんじゃないのか?」
「えっ? わざとそうしているって言うのか?」
「政府が使う手だよ。高齢者が悪い、だから若者が苦しむ。だから高齢者の年金を増やす必要はないって、若い人は思うだろう。でもよく考えてみろよ、高齢になったとき、普通に生活できない金額しかもらえないから不安なんだろう。だったら、高齢者にしっかり年金を渡すしかないんだ」
「でも、そんなお金がないし、これ以上手取りが減るのは嫌だってみんな思っているよ」
「解決策を考えればいいんだよ。全員が納得する案をな」
「全員?」
「国民も政府も財務省もだ」
「僕が?」
「他に誰がいる?」
「そうだよな」
シュリの向かい側に座って、パソコンを立ち上げた。
しかし、何を検索していいか見当がつかなかった。
しばらく、画面を見つめていたが、パソコンを前にして座っている僕の今の光景が、スタートアップの会社の事務所を思い浮かべていた。その時、事務の女性の言葉を思い出した。
僕は、名ばかりの共同代表なので、会社に顔を出すときは、ケーキの差し入れを持って、事務の女性と話をするだけだった。その女性が言っていたのは、『社会保険控除って、よくもまあ人手がかかるシステムを考え出したものだわ。全部、税金でとればいいのよ。あーめんどくさい。このために企業は事務の人を雇わないといけないなんて、人口減少の中、合理的とは思えないわ』と。
税金でとってしまえばいいのか? そんな国、どこかにあるのだろうか?
僕はようやく、パソコンで検索を始めた。
「これだ! 税方式だ」
シュリがこちらを見たので、にこっと笑顔を返して、僕はすぐにパソコンに目を向けた。
ニュージーランドやオーストラリアがやっているじゃないか。
税率は、少し上がるが、未納問題も解決するし、国民年金と企業年金の差がなくなる。何と言っても事務コストが軽減できる。年金を管理している、あの役所がいらなくなるわけだ。
反発がくるか? いや、国民から声をあげさせたらいいだけだ。
税額があがるのは、社会保険料と相殺だから文句はないだろう。
企業負担金は、どうする? 売上税を導入するか。消費税と重複すると文句がでるようなら、今まで通り、労働保険料として徴収するか。
将来の不安は、どうする? どうせ、税率があがるんだろうと思われるよな。
どうするかな……
僕は、目頭を押さえて、パソコンを閉じた。
「シンジュ、もう行き詰ったのか?」
「いや、最後の一押しまで来た」
「ほう?」
「僕は、年金の徴収の仕方を変えようと思う」
「それで?」
「年金も健康保険料も廃止し、税金で一括徴収する。税方式に変えるんだ」
「前例はあるのか?」
「既にニュージーランドやオーストラリアが導入している」
「それで、皆が安心できるのか?」
「収入がない者から税金を徴収することがないので、もちろん社会保険料は徴収しない」
「なるほど」
「掛け金に応じた年金支給を廃止し、生活保護と同等の年金を支給する」
「年金額が足りないという人が必ず出るだろうな」
「そうだな。足りないと思う者は、各自貯蓄や保険でカバーする」
「国の予算は足りるのか?」
「年金の役所を廃止できるから、毎年の経費が浮くし、余分なところにお金が流れるのを防ぐ」
「年金業務は、誰が引き継ぐんだ?」
「市町村へ移管だな。年金だけ別の機関が管理していることの方がおかしいだろ」
「確かに、合理的とは思えないことをしているよな」
「それから、社会保険料の管理が不要になれば企業の事務処理が減って、人材不足にも役に立つだろう」
「今まで沢山払ってきた人から文句が出そうだな」
「特例措置を設けるよ」
「それで、税率は何パーセントにするつもりなんだ?」
「10%~30%、収入に応じて負担増になる」
「会社負担はどうするんだ?」
「売上に税金か、今まで通り労働保険料で徴収する」
「なるほどな」
シュリは、腕組みをして椅子の背もたれに深く寄りかかって、そう言った。
「ダメかな」
「いや、ダメではないよ。ただ、会社は、負担ばかりではないんだ。メリットもあった。厚生年金や健康保険がある会社には人が集まりやすかったんだ。何か得になる話をしないと賛成されないな」
「得になる話?」
「それ以外で、経営者の待遇がよくなる話さ」
僕は、良い案とは思わなかったが、安い賃金の外国人労働者の話を持ち出してみた。
「外国人を増やしてもいいとかか?」
「そうだな、そういう話がでるんじゃないか?」
「ダメだ。シュリも言っていたじゃないか、異星人との共生は、無理だって」
「おいおい、異星人というのはやめておけよ。外国人って言わないと、カメラの前でついボロッと言ってしまうぞ」
「あっ、すまん。でも、僕は、やっぱり外国人労働者をこれ以上入れるべきではないと思うんだ」
「どうしてだ?」
「この前も夜、街を歩いていて、若い女の子が路上ライブをしていたんだけど、投げ銭を盗んでいった外国人がいたんだ、それを止めようとした若い子が大けがをしたんだよ。それに、初めて地球に来た2025年と比較しても、今は街が汚くなったし、何て言うか、聞こえてくる音が違うんだ」
「音が違う?」
「外国語の音がさ」
「言葉ではなくて、音か?」
「シュリは、思わないのか? 日本語の音と外国語の音の違いを」
「気付いているよ。日本語と外国語の響きの違い。だから、私は、日本での仕事を選んだ」
「やっぱり、違うだろう?」
「そうだな。日本語には、魂に響く言葉がある。私もまだきちんとしたカテゴライズはしていないが、母音の影響ではないかと思っているよ」
「ボイン?」
僕は、両手を胸の前で、ふくらみを表現してみた。
「何考えているんだ? 母の音と書いて、母音だよ」
「あー、母の音ね。それって、やっぱりボインなんじゃないのか?」
シュリは、僕を軽蔑しているような目で見ている。
「まあ、経営者のお得感を出す政策を考えておくんだな。私は、ちょっと出かけてくるよ」
シュリには、この手のジョークは通じないな。ほんと堅物なんだよ。あーあ、僕も出かけてくるかな。
世論は、参議院選の敗北を理由に、選挙の顔である総理大臣に退陣を要求する声が広まっていた。
国会では、野党からも連日のように、衆議院を速やかに解散しろという要求が出ていた。メディアは、世論を煽りつつ、解散がいつになるのかを専門家と称した人たちを集めて、毎日のように対談していた。
ネットメディアは、いたって平穏だった。オールドメディアに対して、とやかく言う人も減り、以前に比べると誹謗中傷も少なくなってきていた。ただし、エコーチェンバー現象は、一段とひどくなっていた。共感する者たちの中だけという狭い中が、あたかも全世界がそう思っているかのような錯覚に陥る者たちで充満していた。その「正しさ」が、誹謗中傷をネットメディアに広げていた。
2028年12月、メディアは、衆議院解散が、また年明け早々の極寒の中で行われるのではないかと警戒し始めた。前回、与党が圧勝したあの年の戦略のことだ。
僕は、静かに準備を整えていた。ネットメディアでは、政策に関して、高評価を得ており、どの党から立候補したとしても、僕自身を応援するという声も多く聞かれた。そして、企業の後ろ盾も得ることができた。
食品の高騰で飲食業の倒産が増加する中、僕が訴えていた免税店の拡大を公約に掲げていたからだ。
今回は、それだけではない。ついに移民問題が、いたるところで火の粉が上がった。
商店街では、万引きどころか、昼間から人目も気にせず商品を持ち去る光景が、誰にも止められずに繰り返されていた。
もう、これは、多文化共生などという、道徳的な顔をした言葉では、誤魔化せないところまで来てしまっていた。
僕は、何としてでもこの問題を解決しなければ、このままでは日本の文化が、壊されてしまうと感じていた。
多文化共生という移民問題は、もう一つ、日本にとって重要な懸案があった。
それは「宗教問題」だった。
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