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第二十三話

 テレビ局は、その日の夜のニュースで、僕たちのデモを再度取り上げた。そこには、まなの姿も大きく映し出されていた。

 まながいれば、メディアもどんどん取り上げて、デモに集まる人が増えるだろうということは、安易に想像できた。シュリを助けるためには、もっと人を増やしたい……

 だが、そうすると、まなが警察に捕まる可能性も高くなる。

 僕は、決断できずにいた。

「シンジュ、あと少しなんでしょ。やりましょう」

 まなは、そう言って僕の手を握った。

 僕は、目をつむったまま返事をしなかった。

 彼女は、僕から手を放し、少し歩いてこう言った。

「シンジュがやらないなら、私がやるわ」

「ダメだ!」

 僕は、間髪入れずに言った。

「でも、このままだとシュリが処刑されるかもしれないのよ」

「でも、ダメだ、もう二度と君を失うのは、ダメなんだ」

「シンジュ……」

「まな、頼む。今回は僕の言うことを聞いてくれ」

「……」


 玄関が小さくノックされた。

「シンジュ、まだ起きているか?」

 アディルが小声でそう言った。

 僕が玄関を開けると、アディルとライラが立っていた。

「二人とも子どもなのにこんな夜中に出歩いたらダメだろ」

「警察につけられていて、明るい間は身動きが取れなかったんだ。多分明日になっても尾行されると思ったから、夜抜け出すしかないと思って」

「それで、急ぎの話なのか?」

「警察官と話したんだ。そしたら、その警察官は、まなのことを心配していたんだ」

「警察官が心配していた?」

 僕は、まなが警察に捕まる前に、警察官の兄がそのことを今日伝えに来てくれたんだとわかった。

「地球人が許可なく入り込んでいるのではないかと。もしそうだとすると強制送還らしいんだ」

「今からでも許可はとれるのか?」

「今更無理だそうだ」

「浅間さくらさんは、半年もここに滞在していたのに……」

 ライラは、不満そうにつぶやいた。

「今回は、目立ちすぎたということだな。どうする? シンジュ」

 アディルもライラも僕の決断を待っていた。

「シンジュ、私、もう一度だけ立つわ」

「まな、ダメだ」

「私、黙って潜んでいるのは、もう無理」

 すぐにダメだと言いかけて、僕は止めた。なぜなら彼女の瞳が涙ぐんでいたからだ。

「まな……」

「もう一度だけ、もう一度だけでいいの。そうしたら、この星の人たちに、私たちの想いを届けることがきっとできる」

 僕は、大きく息を吸った。

「わかった。明日、もう一度だけやろう。その代わり、アディル、すまないが宇宙船を上空に待機させてくれないか。もしもの時には、僕たちは地球へ行く」

「シンジュ、大丈夫なの? 私たちはもう一度地球に住めるの?」

「何とかなるよ。いや、何とかする。大丈夫だ」

 僕は、まなを見つめてそう伝えた。これしか僕たちに開かれた道がなかったからだ。


 翌日は、さらに大勢の人たちが広場に集まった。私たちの話を聞きつけで、この星を代表する歌手や俳優たちも集まり、ステージでラマナやシュリの釈放を訴えた。

 夕方近くになり、私たちの出番となった。ステージに上がると、それまでの有名な歌手や俳優たちへの声援よりも大きな声援だったことは、僕の予想を大きく上回った。

 まなが、シュプレヒコールを行った。

 それに続いて、集まった多くの人が「シュリ解放!」「ラマナ解放!」と何度も何度も叫んだ。

 その時だった、目の前が真っ白になった。おそらく、またオリジン装置が再起動されたのだろう。僕たちは皆その場で動けなくなっていた。五分くらいたっただろうか、歌声が響き始めた。

 それは、美しき星の言葉で歌われた。


 ――再び、ここで会える日を いつまでも私は待ち続ける

   心のずっと奥にある 一つの光が 今放たれて

   宇宙の全てに満ちてゆく

   ああ この星に 還る魂よ 私は、永遠にここで待ち続ける――

 

 まなの声だった。

 澄み切った歌声。幻の歌姫コノハナの……「宇宙」だった。

 もう50年近く前の曲だが、この曲を知らない者は誰もいない。なぜなら2011年の地球の次元上昇のための作戦に参加した人々に贈られた曲だったからだ。

 地球の次元上昇が終わり次第、この星へ戻ってくることを望む歌でもあったため、残された星の人々は、この歌を歌い続けていたからだ。

 なぜ、まながこの歌を知っているんだ? しかもこの星の言葉で歌えるとは、なぜなんだ? 

 僕は、疑問を抱きながらも、まなの歌の響きが、体の奥底まで震えさせ、身動きできないでいた。

 前列の老人は、両手で胸を押さえながら、ただ涙を流していた。

 その隣の若者も、声を失ったように立ち尽くしている。

 気がつくと、広場は静まり返っていた。

 歌い終わった後、まな本人も何が起きたのか分からなかったのだろう、その場にただ立ち尽くしていた。

 会場から「コノハナ」「コノハナ」「アンコール」という声が上がり始めた。

 人々の何かが、変わった瞬間だった。

 どう表現したらいいだろうか。人々の歓声の中に光が見える。いや、人の体の中に光が宿った。その光を自らが発しているかのようだった。

 僕は、彼女の肩を抱いてステージを下りた。すぐに、上空に待機していた宇宙船が、僕たちを乗せた。

 彼女は震えは、まだ止まっていなかった。僕は、彼女を毛布でくるみ震えが治まるまで何も言わず抱きしめていた。

 彼女の体から緊張がなくなるのを僕は感じた。そして、彼女は言った。

「何だったのかしら私。急にこの星の言葉が話せたのよ。本当に不思議。さっきの歌は、私が歌っていた歌よ。最後の歌。地球に行く前に作った歌」

「えっ?」

「さっき見た走馬灯よ」

「だとすると、まなは、コノハナなのか?」

「コノハナ?」

 彼女は、首を傾げた。

「この歌は、コノハナの歌なんだ」

 僕は、興奮気味に彼女の肩を掴んで言った。

「コノハナ……」

 僕が上手く説明できずにいたので、彼女は首を傾げたままだった。

「ただ、誰もコノハナを見た人がいないんだ。彼女は、シークレットシンガーだったんだ」

「シークレットシンガー?」

 僕は、コノハナの説明を一つずつ彼女に伝えていった。

「ああ、顔も年齢も不詳。この歌以降は一度も曲を発表していないことから、彼女もまた地球へ行ったのではないかと噂されていた」

「地球へ行った……それがもし私だったら?」

 アディルが口を挟んできた。

「私は、シュリから、シンジュの暴漢事件の話を聞いて、もしかしたらと思っていたんだ」

「えっ、それはどういうことなんだ」

「あの時、暴漢は斧を振り上げて切り付けようとしていたのに、まなさんの『やめて』の声で、まるで時間が止まったかのようになり、振り上げた手が止まり、斧は手から滑り落ちたのだと。そのお陰で、まあ、シンジュは、ケガで済んだと言うんだよ」

「ケガで済んだレベルではないがな」

 僕は、アディルを睨みつけた。

「まあまあまあ、結果無事だったことだし」

 アディルは、顔を引きつりながらそう言った。

「それで?」

「あの作戦で地球へ行ったのは、愛の魂を持つ者だけだ。愛の魂を持つ者は、悪を止める力を持っているんだよ。だから、もしかするとと思っていたんだ」

「そうだったのか」

「だったら、私は、美しき星の魂を持っていると言うこと?」

 アディルは大きく頷いた。

 彼女は、僕に抱き着いて、

「私たち、ずっとこのままこの星で暮らせるんじゃない?」

「でも、それを証明するのは難しいよ。そのことを話して、信じてもらえなかったら、強制送還されるかもしれないんだ。それに僕は、仕事柄、本来宇宙を行き来できる者ではない。シュリのような記録者か、アディルのような星を守る者でないと地球には行けないんだ」

「そうなのね……」

 彼女は、がっかりした表情を見せた。

「僕は、まなをこの星で十年も閉じ込めてしまったんだ。このまま不自由な暮らしをさせるわけにはいかない。だから、僕は地球へ行く」

「シンジュ、私は、この星でも暮らせるわ、あなたさえいてくれれば」

 僕は、寝たきりの時に、彼女の歩く音、ため息、言葉の高低で、その時の状態がわかるようになっていた。彼女は、口には出さなかったが、外出もせず、孤独な時間をどんな思いで耐え忍んでいたか、僕にはわかった。今の彼女の言葉は、僕のために言っているだけだということを僕は理解していた。

「もしも、僕がいなくなったら、それでもここで暮らせるのか?」

「……」

「このまま地球へ行こう。もう一度やり直さないか? 僕と日本を」

「日本を?」

「ああ、二人でもう一度、挑戦してみないか?」

「……」

 彼女は、一歩後ずさりして、顔を横に振った。

「また僕があんな目に遭うと思っているのか?」

「それもある……」

「他にも何かあるのか?」

 彼女は、何度も言いかけては、唇をかみしめた。

「僕に言いにくいことなのか?」

「……私は、あなたと家族になりたいの」

「僕たちは、もう夫婦じゃないか、この前誓い合ったばっかりだろう?」

「違うの」

「日本で入籍もするよ、それでも足りないのか?」

「違うの。家族になりたいの、私たちの家族を持ちたいの。地球では、もう年齢的に無理かもしれない。ライラが言っていたわ。美しき星だったら、100歳までは産めるって」

「まな……」

 僕は、彼女を抱き寄せた。彼女にかける言葉を探したが、何も見つからなかった。

 アディルは、操縦席に座り、僕の決断を待っていた。

「アディル、日本へ行ってくれないか」

「わかった。二人とも席に座って、シートベルトを締めてくれ」

 アディルは、正面を向いたまま、僕たちにそう言った。僕は、彼女の肩を抱いて、席に座らせシートベルトを締めた。僕は隣の席で、彼女の手を握って決して離さなかった。


毎日更新予定


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