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第十九話

 あれから何日たっただろうか、時間の感覚が曖昧になった頃、シュリが地球から戻ってきた。

「清田さん、日本はどうだった?」

「混乱していたよ。総理大臣が暴漢にあって、意識不明の状態が続いているわけだからな」

「これからどうなるの?」

 シュリは、まなの質問になかなか答えなかった。

 その間が僕にとって良くないことだろうと言うことを感じ取っていた。

「とりあえず、内閣官房長官が、総理大臣の代行を務めているが、三週間が限界だ。もう、水面下では動きが始まっている。何人かが総理の椅子を狙って、仲間集めに入っている」

「シンジュが総理大臣じゃなくなるの?」

「ああ……」

 ――僕が、総理大臣ではなくなる……

   ようやくここまで来たというのに……

 まなは、手で顔を覆っているのだろうか、伏せた泣き声が聞こえてきた。

「私のせいで……あの時、私が……」

 床に倒れこむような音が聞こえてきた。

「まなさん、大丈夫ですか?」

「まなさん、ちゃんと眠れていますか? しばらくの間、僕が交代しますよ。それとも、一度日本に戻りますか?」

 ―――まな、すまない。ちゃんと眠れていなかったんだな……

「大丈夫、大丈夫です。私は、ここに残ります」

「だったら、ちゃんと眠って下さい。私がシンジュを見ていますから。これは、日本から持ってきたお茶とはちみつです。不食になれていないから、少し口に入れた方がいいですよ」

「ここに来てからは、お腹がすかないんです。だから大丈夫です」

「ええ、そうだとは思いますが、まだまなさんの体は、充分にプラーナを吸収できてないから気をつけないとダメですよ。アディルおじさんが持ってきたナッツは、そのためのものですから、必ず食べて下さい。それから数時間でも横になって下さい」

「わかりました。では、少しの間、清田さんにお願いします」

 まなの足音が隣の部屋に向かっていった。


 シュリがここにいる間、まなは少しずつ元気を取り戻していった。彼女の顔色を見ることができないが、足音は以前より早くなったのを感じた。 

 彼女は一人になると、時々日本の歌を歌ってくれた。

 その歌声は、閉じた瞳の向こうで、白く輝く光を見ているような感覚だった。

 僕が好きだといった『ジュピター』は、毎日のように聞かせてくれた。

   愛を学ぶために 孤独があるなら

   意味のないことなど 起こりはしない

 彼女は時々、この歌詞までくると歌をやめてしまうことがあった。

 やはり僕はまなを孤独にしているに違いない、そう思わずにはいられなかった。


 シュリは、数週間おきに僕たちのところへ来た。

 地球との往復に要する時間は、数秒という速さであったが、体へかかる負担を考えると決して楽だというわけではない。

 僕は、あの宇宙の暗闇の恐怖を毎回か経験した。このまま宇宙船が故障して、永遠に宇宙の中をさまようのではないだろうかと…… 

 そして、今も……

 

「まなさん、これ」

 机の上に何か重たいものを置いた音がした。

「やっぱり…… そうなったのね」

 ――やっぱり?

「今回は、シンジュの身の回りの片づけをして戻ってきた。シンジュの戦いは、全て終わったんだ」

 ――全て終わった……

「石山首相未だ意識不明。新総裁は森田健一郎…… 森田健一郎って、収賄疑惑があるのよ!」

「誰も暴けないよ」

「……どうしていつもそういう奴らが上にいるのよ」

「まなさん、シンジュの力だけでは変わらない世界なんだ」

 ――また森田の爺が出しゃばってきたのか、これで日本の政治は振り出しか。

「まなさん、僕は新しく仕事を始めることになったんだ。アカシックレコードのラマナ代表の支援をするために、出版社に入ることになった。そのために書いた原稿が、これなんだ」

「石山真治という漢」

 まなは、少し驚いた声で、タイトルを読み上げた。

「これを持って、政治の腐敗を暴露しようと思っているんだ。いかに石山真治が、誠実で、国民の方を向いて政治をしていたか、他の政治家が、いかに利己的で、国民を苦しめていたか、そして、ジャーナリズムの闇も、私の知りうる範囲で全て書いてみたんだ」

「大丈夫なの? 清田さんが攻撃されないかしら?」

「私は、大丈夫ですよ。まなさん、読んでみますか?」

「読んでもいいの?」

「もちろん。私は、5日滞在するので、帰るときにまたここに寄るよ」

「わかったわ。それまでに読んでみる」

 シュリが家を出た後、彼女は椅子に腰を掛けた。原稿をめくる音が聞こえた。


 シュリは時々様子を見に来ては、彼女のために、数か月分の新聞と、新刊の本、それと動画を数本持ってきた。彼女は、新聞の一面記事を毎日読み聞かせてくれて、すぐに役立つようにと僕のためにスクラップブックを作っているようだった。そして、彼女が一番待ち望んでいるのは、お気に入りの作家のミステリー小説と動物の動画だった。

 僕は、彼女が動画を見て、笑っている時が一番幸せだった。本当は、僕が毎日彼女を笑わせたい、幸せにしたいと願っているのだが、未だに願いは叶わず、僕と接する彼女はいつも重い雰囲気を纏っていた。

 こんなに長く意識が戻らないなんて、誰も想像しなかっただろう。

 

 2053年――気付けばあれから八年も経過していた。

「まなさん」とドアの向こうから、呼ぶ声が聞こえた。

 聞き覚えのない声だった。しかし、日本語で彼女を呼ぶということは、日本から誰かがやってきたのか?

 まなも不信がっているのだろう、足音を立てないように玄関に向かった。

「まなさん、僕だよ、アディル、あの時のアディルおじさんだよ」

「えっ、アディルおじさん? 声が違うようだけど」

「声は違うが……生まれ変わったんだ、間違いなくアディルだよ。ようやくここに来ることができた。シンジュは、その後どうだ?」

「えっ、本当にアディルおじさんなの?」

「そうだよ、あの時話したライラも一緒だ」

 玄関をゆっくりと開ける音がした。

「まなさん、久しぶり、元気だったかい? シンジュは、どうだい?」

「シンジュは、まだ意識がもどらないの」

「まだなのか?」

「こんにちは。初めまして、ライラといいます」

「あなたが、ライラさん? アディルおじさんから話を聞いています」

「まなさん、話し相手が今までいなかったから、寂しかっただろう?」

「時々シュリが訪ねてくれる以外は、誰とも……」

「これからは、ライラもいるし、話し相手になれるよ」

「ライラ、このカプセルの中で眠っているのが、前首相の石山真治さんだよ」

「えっ、石山総理が、どうしてここに?」

「ライラさんは、石山総理のことご存じなのね」

「まなさん、もちろんですよ。あの痛ましい事件の事も……もしかして、その時一緒だった記者さんが、まなさんですか?」

「ええ」

「二人とも宇宙人だったの?」

「いえ、私は、地球人です」

「地球人のままこちらに?」

「はい」

「食事は、大丈夫ですか?」

「ええ、こちらに来たら、食べなくても平気になりました」

 ――良かったな、まな。話し相手ができて、久しぶりに楽しそうに話している声を聞いたよ。


「まなさん、何か必要なものはないかしら?」

「今のところ大丈夫です。あっ、でも、ライラさんでもわかるかしら、あっ、ちょっとこっちの部屋に来てもらってもいい?」

 まなとライラさんは、二人で隣の部屋に入っていった。


 アディルの足音が僕の方へ近づいてきた。

「シンジュ、まだ起きないのか、どうしてなんだ。そろそろ起きろよ。まさか、シンジュの魂は、もうあっちの世界に行ったんじゃないだろうな? あっちの世界は退屈すぎるぞ、やっぱりこっちの世界が最高なんだ。早く戻って来いよ」

 ――あっちの世界って、もしかして死んだ後の世界のことか? アディルおじさんは、あっちの世界に行ってきたのか?


 奥の部屋に行った二人が、話しながらこちらに戻ってきた。

「まなさん、私の母に確認してまた来るわね」

 ――何の話をしたんだ? 僕の前では話せないことか? いや、僕が聞いているとは思っていないは

   ずだから、アディルに話せないことなのか? 気になるじゃないか。まな、何の話をしたんだ?


「まなさん、僕たちを呼ぶときは、また心の中で名前を叫んでくれ。テレパシーで聞いて駆けつけるよ」

「ライラさんもテレパシーを?」

「うん。さん付けなしでいいのよ。ライラって呼んで」

「テレパシーは、ライラの方が感度良好だ。この星からのメッセージを地球で受信できたんだからな」

「え?こんなに離れているのに?」

「ふふっ、いつでも呼んでね、すぐに駆け付けるわ」

 まなの声が、いつもよりも高く楽しげだった。

 二人が帰った後、まなの温かな手が、僕の胸の上に置かれた。

 彼女が僕に話すときは、いつもそうやってくれた。

「シンジュ、アディルおじさんがね、すっかり子どもになって、かわいくなっていたわよ。ひげもじゃじゃないの。もう、おじさんって呼んではダメね。それと、アディルの彼女、ライラも、とてもいい子で、かわいい女の子。二人とも好き同士なのがよくわかるわ。特にアディルは、いつもライラに目線がいっている。それに、二人ともテレパシーが使えるんですって、すごいわよね。私もテレパシーが使えたら、シンジュと話すことができるのかしら?」

 ――僕もテレパシーを使いたいよ。

 数秒後、彼女の置いた手が、僕から離れていった。

 僕は、いつもこの瞬間が怖かった。

 このまま彼女が僕から離れていくのではないかと心配になった。


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