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第十八話

 国会議員や秘書、事務方の帰化、国籍状況について公表するとした日に、まなの姿はなかった。

「シュリ、まなは今どこにいるんだ?」

「あれからすぐに東京に戻っているようですが、動きがないんですよ」

「えっ、それ一番危険じゃないか? すぐに行くぞ!」

「総理は、行けません」

「じゃあ、どうするんだよ」

「私が、すぐに行ってきますから、総理は、ここにいて下さい」

「シュリ、頼むよ。なんか食べる物を差し入れしてくれ」

「えっ? それが一番困る。食べ物を買いに行ったことがないのに……」

 僕は、さっさと行けと右手で合図した。


 霞が関の桜は、今年で何回目だろうか?

 あの混乱も少し落ち着き、まなも僕もそれぞれの道を突き進んでいた。

 僕は、いつものように官邸から、公用車に乗り込み国会議事堂へ移動していた。

 歩道に目をやると、少し先を歩いているまなの後姿が目に入った。

 今日も朝早くから、国会議事堂に詰めるのだろうか。朝ごはんはちゃんと食べているのだろうか。そんなことを思いながら、彼女の後姿を見つめていた。

 すると、前方から、何かを振り上げて、走ってくる男の姿が見えた。

 その周辺を歩いている者は、まなの他には誰もいない。

 あと五メートルほどで、車は彼女を追いこすところで、僕は、車を止めさせて、慌てて駆け寄った。

SPの制止を無視して、僕はまなにおおいかぶさった。

「まな、危ない!」 

 直後に頭に鈍痛が走り、首筋や耳、頬に生暖かいものが流れてくるのを感じた。

 まなの声がだんだんと遠くに聞こえてきた。


 僕が、次に気づいた時には、医師の診療を受けていた。

「先生、シンジュは、大丈夫ですか?」

 シュリの心配している声が聞こえてきた。

「頭部の傷ですから、少し時間がかかりそうです。もうしばらくカプセルの中で様子をみましょう。何かあったら、この赤いボタンを押してください。すぐに駆け付けますから」

「清田さん、先生は何て?」

 ――まな、まなはケガはしていないのか?

「頭の傷だから時間がかかるかも。何かあったらこの赤いボタンを押すと、先生がすぐにきてくれる」

「シンジュ……」

 ――ここは、どこなんだ?

   宇宙船……?

   あの星の言葉……

   まなに、僕の正体が……

   なぜ、声が出ない。

   なぜ、目が……開かない。

 

「まなさん、本当に申し訳なかった。こんなことになるんだったら、あの時、シンジュと別れさせるんじゃなかった」

 ――別れさせる?

「あれは、私の選択だから、清田さんに責任はないんです」

 ――まなの選択?

「いや、しかし……僕は、シンジュを総理大臣にしたくて、君を犠牲にしてしまったんだ」

「それは、違います。私は、まだあの時は幼くて、そのまま行けば、私はシンジュに依存するだけの女性になっていたと思います。だから、あのタイミングで離れて良かったと思っています」

 ――離れてよかった……

「ところで、あの時、私たちの記事は載りませんでしたよね」

「バーターだったんだ。シンジュと君の記事の代わりに、農水大臣の不倫記事を渡したんだ」

 ――バーター?

   どういうことだ?

   今、二人は何の会話をしているんだ?

   まなが留学したのは、週刊誌に僕たちの記事が出そうになって、それを止めるために、農水大臣

   の不倫ネタをシュリが渡したというのか?

「あれは、清田さんのリークだったんですか?」

 低くため息をつくようなシュリの声が帰ってきた。

「ああ……。大臣の不倫話は、秘書たちの間でちょっとした噂になっていたんだ。何かあったときに、使えるかと思って証拠を集めていたんだ」

「そうだったんですね」

「でもまなさん、どうして半年で東京に戻って来なかったんだ」

「清田さん……私、半年経ってもシンジュのことを忘れるなんてできなかったんです。もしまたどこかで会ったら、今度は絶対に離れられないって思ったから、メルボルンの大学に入りなおしたんです。シンジュのことを忘れるために」

「まなさん、本当に申し訳なかった。私は、ただ少しの間離れていれば、記者の目を背けることができると思っていたんだ」

「いいんです。彼の側にいて気付いたんです。彼は本当に自分の魂を輝かせて、魂の声に従って生きていることに。私は、全然そうではなかった。私も彼のようになりたいと思ったんです」

「そうでしたか……それで、向こうではジャーナリズムの勉強を?」

「はい、シンジュの話を聞いていて、日本のジャーナリズムが機能していないことが一番の問題だと思ったんです。私もシンジュのように日本を良くしたいと思ったから」

「でも、まなさんは、どうしてあんな危険な取材を続けたんですか? シンジュもずっと心配していたんですよ」

「はい、わかっています。テヘランで取材をしていた時に、日本の政治関係者が出入りしている場所があることに気づいて追っていたんです。私には、どうしても許せなかった。善の顔をした悪が、この世界に蔓延っていくのが……」

「木村颯太のことはどうして?」

「彼はその組織の協力者だったんです」

「その組織とは一体?」

「……国家の枠を超えて動いている組織です」

「木村颯太は何をしようとしていたんですか?」

「日本を内側から乗っ取ろうとしていたんです。木村颯太も、その組織に出入りしている日本の政治家も“日本人ではない”としか言いようがありません」

「それで、あの時、出自を確認するような質問をしたわけですか」

「はい、シンジュや清田さんなら、気付いてもらえるかと思って」

「まなさんも本当に無茶をしますね」

「すみません、私のせいでこんなことになってしまって」

「まあ、この星の医療で、シンジュもすぐに良くなるから大丈夫ですよ」

「それにしてもこの星は、すごい技術があるんですね」

「まあ、地球のようにつぶし合いがないだけですよ。素晴らしい技術は、ちゃんと使われて、より良いものに改善されていく。ただそれだけです」

「地球は、いつも潰されますよね」

「ええ、残念ながら」

 ドアが開く音がして、男性の声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。

「はあ、この年になると、あれもこれもなかなかすぐにできなくて、遅くなりましたな。ええとこれが、そこのお姉さんの着替えで、これがシュリの着替えじゃ。ベッドも新しいシーツに変えるから、自由に使って下されよ。ええと、コップとタオルと、あとはクルミとカシュナッツ……こんなもんか?」

「アディルおじさん、家までお借りして本当にありがとうございます。アディルおじさんは、私の家で過ごしてください」

「あー、いやいや、私は、友のところに行くことにしたから、気を使わなくてもいいんだよ」

 ――あの時のアディルおじさんか。そうすると、ここはアディルおじさんの家か?

「すみません、助かります。シンジュの家は、お兄さんが警察官だから、まなさんが一緒にいられない思って」

「秘密にしないとダメだ。まなさんは、地球人だからな。もし誰かが家に訪ねて来たら、隣の部屋にかくれるんじゃぞ」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

「この星の住人は、勝手に家に入ることがあるから、鍵をかけた方がいいかもしれんな」

「そうですね。まなさん、常に鍵をかけておいてください」

「あっ、はい、わかりました」

「まなさん、私は、一度日本に戻って、この事件をきちんと説明しようと思います」

「でしたら、私も当事者として、ジャーナリストとして、一緒に行って説明します」

「いえ、まなさんは、シンジュの側にいてもらえませんか? 目が覚めたときに誰もいないとシンジュが心配するかもしれないので。アディルおじさん、すみませんがシンジュとまなさんをよろしくお願いします」

「わかった。まなさんや、私に用事がある時は『アディル』と心の中で叫んでおくれ。私はそれを聞きつけて、すぐにやってくるからな」

「えっ?心の中で叫ぶのですか? それは、どういう……」

「まなさん、アディルおじさんは、テレパシーが使えるんですよ」

「えー、そんなことが?」

「この星では、百名を超える者がこの能力を持っておる。その者たちは、この星を守る仕事をしておるんじゃ」

「そうなんですね」

「おっと、これから友の家に向かわないといかんので、そろそろ私は行きますよ」

「まなさん、私もこれから日本に行ってきます。一人で大丈夫ですか?」

「はい、私は大丈夫です」

 玄関の鍵をかける音が聞こえた。

 ――二人だけのこの部屋。

   離れていた時間を埋められたはずなのに……

 

「シンジュ、私は、どうしたらいいの? シンジュ……」

 まなのすすり泣く声が聞こえてきた。

「シンジュ……」

 ――あっ、まなが、僕の手に触れた。

   感覚はある。

   まな、まながわかる。

   僕の頬に、まなの手が触れている。ああ、どうして、僕の体は動かないんだ。

「シンジュ、本当にごめんなさい。いつも私があなたを苦しめていたのね……」

 彼女は、僕の左の鎖骨の下あたりに手を置いた。

 ――温かい。

 まなの手が、ゆっくりと僕から離れていった。

 ――まな、僕から離れないでくれ、頼む、僕の存在を感じていたいんだ。



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