第十七話
一週間後、秘書の何名かは自主退職が出たという話が伝わってきた。
僕は、一番最初に法制局の木村颯太の戸籍を確認した。
「岡山県岡山市……この住所は、まさか、まなの実家と同じか?」
シュリが無言で戸籍謄本を覗き込む。
その指が、ある一行の上で止まった。
「……この戸籍、何かがおかしい」
「偽造か?」
シュリは答えず、ただ一点を見つめたまま言った。
「日付」
僕も視線を落とす。
――発行日。
そこに書かれていた数字を、脳がうまく認識しなかった。
今日の日付だった。
「……これ」
「気づいたか」
言葉が出ない。
こんなことが、あり得るのか。
役所の書類が、発行されたその日の朝一番のこの時間にここにある?
いや、それだけじゃない。
まるで――
「木村颯太……」
その名を口にした瞬間、嫌な確信が形を持ち始めた。
だが、あまりにも突拍子がなさすぎる。
否定してほしかった。
だから、あえて口にする。
「これは……あいつからの、挑戦状じゃないのか」
「シンジュもそう思ったか……」
シュリのその言葉を聞いて、僕は自分の目が一気に見開かれたのを感じた。
「今日の夜、岡山か……」
シュリは、腕組みをして厳しい顔つきになった。
「それって……木村颯太と僕の対決になるのか?」
「その可能性はあります」
「えっ? いやいや、僕は戦闘能力ゼロですけど」
「確かに……」
「否定しないのか?」
シュリは、僕の二の腕を二回摘まんで微笑んだ。
「これでは、おそらく勝てません」
「そうだよな……SPを連れて行くか?」
「連れて行けますが、その場合は、新幹線か飛行機になりますよ」
「岡山だから、宇宙船で行きたいよな」
急にシュリはカバンの中の何かを探し始めた。
「あっ、あった」
「何それ?」
「この前、美しき星へ帰ったときに、これを仕入れてきたんですよ」
「ボールペン?」
「これは、小型のプラーナ生成器、アンド……」
「アンド?」
「……治療器」
「治療器!? これで治療ができるのか?」
「外傷治療も内蔵破裂もこのペン先を当てるだけで、素早く修復されるという物なんですよ」
「便利なものができたんだな」
「医療が日々進歩していて、私も帰る度に驚いていますよ」
「これさえあれば、安心だな」
「応急処置には問題ないです」
「応急処置だけ?」
「そうですね、骨折系、神経系は、これだけでは治療が難しいのでお気を付けを」
ペン先を目に近づけたり、離して確認してみたが、どう見てもボールペンにしか見えなかった。
「あっ、それから、これは一回だけの使い捨てですから」
「一回だけか……」
これさえあれば、とりあえずはSPなしでもなんとかなりそうだ。僕たちはその日の夜、こっそりと官邸を抜け出して、岡山へ宇宙船で向かった。
――街の灯りが、どこか少なかった。
まなの実家の近くに降り立った瞬間、
誰もいないはずの通りから、女性の叫び声が響いた。
僕は慌てて、まなの実家に急いだ。
玄関は開け放され、既に血の海になっていて、そこに人が倒れていた。
「助けて!」
まなの声がするリビングへ駆け込むと、そこも血の海だった。そこには、女性が倒れていた。おそらく、まなの母親だろう。
木村颯太は、まなにナイフを向けていたが、僕たちの侵入で、彼女を人質にとり、首にナイフを近づけている。
「木村、やめるんだ!」
「遅かったな、石山総理」
「まなを放せ。お前の目的は、俺なんだろう?」
「それはどうかな? ただ、こいつは色々と知りすぎたんだよ。お前たちがここに来たと言うことは、本当は、お前がまなを送りこんだんじゃないのか?」
「何わけのわからないことを言っているんだ。ナイフを下ろせ、まなを放すんだ」
「いや、二人ともここで死んでもらう。君たちの聖地でな」
聖地? まさか俺たちのことをそんなにも前から、ずっと監視していたのか?
「木村、お前はいったい何者なんだ?」
奴は、頭をゆっくりと右に傾けた。
目が異常にギラついている。
——こいつは、もう話が通じる相手じゃない。
「何者かだと? 石山総理は、何も知らないんだな。まさか、あなたは選ばれて総理になったとでも思っているのか?」
そう言うと、奴は高笑いをした。
「石山総理、とんだおまぬけさんだな。俺が書いた法律案の中身、ちゃんと見たことがあるのか? 全ての法案に抜け穴を作ってやったのさ。日本は、全て私たちの手の中にある。いや、この地球は、全て私たちのものなんだよ」
「ほう、それにしては、法案に抜け穴を作るような、チマチマ、めんどくさいことをやっているんだな」
「なっ、なんだと」
奴のナイフが、彼女の首に食い込み、じわりと血が滲んだ。
くそっ、あいつめ……
シュリが僕の横で小声で言った。
「シンジュ、奴を刺激するな、まなが危ない」
「ああ、わかっている」
僕は、一呼吸置いた。
「それで、これからどうするつもりなんだ?」
「みんなここで死んでもらうさ」
「それで、お前はどうなるんだ? 英雄にでもなるのか? どうせバレたせいで、まなを殺せと命令されただけだろ。帰ったらお前も殺されるぞ」
「うるさい、黙れ!」
「こっち側に来ないか、お前の命の保証はしてやるよ」
僕は、手を差し出してナイフを渡すように促した。しかし、奴は後ずさりした。
「騙されるもんか、俺の後ろにはな……」
奴は、言葉を詰まらせた。
「俺の後ろは……」
その時、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
奴は、慌てた様子で、ナイフを振り回し
「どけ、そこをどくんだ!」
パトカーが家の前に到着すると奴は正気を失って
「あー」と大声で叫んで、まなの首にナイフを突きつけた。
僕は、それを止めようと奴に突進したが、一歩遅く、まなの首から血が噴き出し、彼女は倒れこんだ。 僕はもみ合いになり、気が付いた時には、ナイフが僕の腹部に刺さっていた。
奴は、後ずさりしながら、リビングの窓から脱走した。
「シンジュ、治療ペンを早く!」
僕は、胸ポケットから治療ペンを取り出してシュリに手渡した。
「まなを、まなを助けてくれ」
「シンジュ、ナイフを抜くな! 動くなよ、ちょっとじっとしておけ」
シュリは、まなの首に治療ペンを当て、ハンカチでペンが動かないように首に固定した。
「まなさん、すまない」
シュリはそう言うと僕を抱きかかえて、窓から外へ出た。すぐに宇宙船が僕たちを回収した。
「シンジュ、あれは一回しか使えないと言っておいただろう」
「あー、全く……、この宇宙船の治療用カプセル、どこのボタンを押せばいいんだよ」
シュリがこんなにイラつくのは初めてかもしれない。
「腹が痛い……」
僕は、意識が遠のきそうだった。
「あった、これか」
カプセルの電子音が響いた。僕はカプセルに寝かされて蓋を閉められた。
「ナイフは……」
「ちょっと待て。ええと、何て書いてあるんだ?ナイフは抜かないこと。シンジュ、ナイフを自分で抜くなよ」
「それから……内部の修復と共に、ナイフが押し上げられ完治する。シンジュ、そう言うことだからな」
シュリは、カプセル横の椅子に腰かけて、ため息をついた。
「はぁ、全くなんで木村颯太を煽るようなことを言うんだよ」
「すまん……」
「全く、治療ペンは、一回しか使えないって言っただろう」
「すまん……」
「木村颯太を取り逃がしてしまったじゃないか」
「……」
「ああ、もう、お前は自分を大切にしろ。誰かの犠牲になるな」
「……まなは、大丈夫か?」
「人の心配している場合じゃないんだぞ」
「……」
「まなさんは、後で僕が確認にいくよ」
「すまん……」
「すまんと思うなら、二度と危険なまねはするな」
「……」
シュリは、血だらけの手を水で洗って、僕の着替えを準備していた。
「うわぁ」
僕は、体の中からナイフがにゅっと抜けるのを感じて声が出た。
「どうした?」
「ナイフが抜けた」
「おお、傷口がもうきれいに閉じてるぞ」
「だったら、もう出るよ」
「ちょっと待て、治療法を確認するから」
僕は、傷口を何度も手で触って、何の引っかかりもないことを確認していた。
「傷口が塞がった後、三十分程度カプセルに入ることで、PDSD対策にもなると書いてあるから、もう少し入っていろ」
「僕より、まなに入らせてやりたいよ……」
シュリは、僕を送り届けた後、まなの様子を確認に行った。
「まなは、大丈夫だったか?」
「貧血でしばらく横になっていたが、警察の事情聴取にも記者らしく気丈に対応していたけど、ご両親を一度に亡くされたんだ。大丈夫ではないだろう」
「そうだよな」
「あっ、木村颯太は指名手配されたぞ」
「もうニュースになっていたよ」
「そうか、勤務先も出ていたか?」
「ああ、内閣法制局って、ちゃんと出ていた。それで、まなはどうして実家にいたんだ?」
「木村颯太から、戸籍謄本と一緒に、これからこの住所に行くと連絡があったそうだ。到着したときには、もう両親は殺害されていて『これ以上首を突っ込むな。次は、誰の番かわかるだろ?』そう言ったそうだ」
「次は、誰の番……」
「まなもシンジュも死んでいないことがわかったら、また狙われるぞ」
「俺が狙われる理由は、ただ一つ。総理大臣の椅子ということだよな」
「まあ、そういうことだな」
「しかし、総理大臣になったところで、何一つ思い通りにはならないものだぞ」
「いや、それは違うな。思い通りにできる奴もいるんだ」
「思い通りに扱える奴のことだろ?」
「そうだ。傀儡の総理大臣だ」
木村颯太は、その後行方不明のまま、警察も捜索が難航していた。
「宇宙船に乗っている者を探すのは、困難だと思うな」
僕は、テレビのニュースを見ながら呟いた。
「さて、石山総理、これからどうしますか?」
僕は、今回の調査結果を公表すべきかどうか、悩んでいた。
毎日更新予定
感想、コメントお待ちしてます




