第十五話
三日後、シュリが美しき星から戻ってきた。
「報告会はどうだった?」
「いやぁ、驚いたよ」
「ん?」
「アディルおじさんの日本語が上達していて」
「は?」
「彼ももうすぐ日本に来るかもしれないな」
「ふーん……」
僕は、そのことについて、ほとんど興味がなかった。
「あっ、すまない。えっと、3000年前の拉致事件の報告だよな。最終結論としては、拉致された百人はヒッタイトに収容された」
「ヒッタイト?」
「今のトルコのあたりだ」
「それで?」
「女中や馬の調教などをさせられていたようだ」
「馬の調教?」
「調教用の石板に刻まれた文字が楔形文字だったことが証拠だ」
「星を守る者が、馬の調教とはな……」
「いや、それが意外に理にかなっていたようだぞ」
「どういうことだ?」
「美しき星には動物がいないこと、星を守る魂を持つ者が心を読めることを考えると、馬の心を読んで、調教することは彼らの探求心がうずいた可能性がある」
「テレパシーで馬と会話していたのか……」
「アディルおじさんも会議に出席していたが、人間よりも簡単だろうと話していたよ」
「ふーん……」
「そのヒッタイトあたりなんだが、どうもそこが、宇宙と出入りが可能な唯一の場所だったのではないかという話しなんだ」
「五次元になっていない星は、自由に出入りできないんじゃなかったのか?」
「そう言われているんだが、当時ここからなら出入りできたんじゃないかというんだ。もしかするとエジプトのピラミッドがその役目をしていた可能性もある」
「確かに、あのピラミッドは、他の星から見ると異質だよな」
「ケルべロス星の兵士が、他の星の兵士を捕虜として、地球に幽閉したと思えば、このあたりが今でも紛争を起こしているのも納得だな」
「なるほどな。それで、その後はどうなったんだ?」
「その後は、私たちの寿命の長さが問題となって、ヒッタイトを追われることになった。彼らは外見が近いチベットの人々の中に移り住んだが、寒さのため食事をとるようになってから、寿命が縮まり一旦そこで命を落としたのだろうという話だ」
「それで、あのあたりは、不食の聖者がいるのかもしれないな。もともと不食の者たちが、たどり着いただけなのに、それを真似したのかも」
「その可能性は高いな」
「それで、日本までは来なかったのか?」
「可能性はないわけではないが、集団として行動していない限り、証拠を見つけることができなかったようだ」
「そうか、日本人と見た目が同じだから、日本に来ていると思ったんだけどな」
「ああ、私もそうだと思ったよ」
「その後は?」
「その後は、この地球内で輪廻転生を繰り返したようだった」
「その証拠は?」
「歌の響きだ」
「歌の響き?」
「拉致されたときに、テレパシーで伝えられた『歌の響き』によって地球が五次元に上昇し、魂の帰還ができるという話を記憶して、何度転生してもそれを行っていたというのだよ」
「どうしてそれが分かったんだ?」
「他の星では、そのようなことを誰もしていなかったからだ」
「地球だけの特徴ということか」
「インドのマントラ、キリスト教の讃美歌、仏教の念仏、それらのことだよ」
「ということは、それを熱心にしている者の中に、その時の魂の者がいるということなのか?」
「可能性が高いな」
「何人かは、もう美しき星で生まれ変わっているんだろう? 前世の話を聞けないのか?」
「その報告もあったんだが、転生したときに記憶を全て失っているから、前前世以前の記憶がないそうだ。でも前世の記憶はあって、確かにそれぞれ何かしらの歌を歌っていたと言っているという報告だった」
この地球には、今も美しき星の魂を持つ者が生きている。
その者たちのためにも、僕はこの星を良くしなければならない。
数日後、世界に衝撃が走った。
中東での同時多発的な紛争が勃発したのだ。
官邸でも情報が錯綜しており、記者の対応に追われていた。
僕たちもテレビのニュースで、その情報を知ることとなった。
第一報は、レバノンからだった。
「ここ、レバノンでは、軍事施設が爆破され、近隣の民家に火が燃え移っています。攻撃を加えたのは、隣国だとの情報があり、報復攻撃が始まっています」
次の情報は、テヘランからだった。
「ここ、テヘランでは、病院が爆撃され、200人あまりが犠牲となった模様です」
僕は、目を疑った。
テレビに映った記者は、ヘルメットをかぶり、必死に情報を伝えている、まなだった。
「シュリ、もしもの時には、宇宙船をテヘランに飛ばしてくれないか……」
僕は、そう言い残して官邸へ向かった。
中東の邦人退避支援のため、僕は奔走し、民間機の他、自衛隊機も派遣された。何としてでも、まなを無事にテヘランから脱出させたかった。
中東の主要な都市は次々と戦火に包まれた。
ドバイ、ベイルート、ダマスカス、テルアビブ、そしてテヘラン。
脱出経路は、中東の中心地を避け、アゼルバイジャン、トルコ・アルメニア、オマーンなどへ陸路で移動し、そこから飛行機に乗り日本へ向かった。
僕は、すぐに乗客名簿の確認をした。何機日本へ戻ってきただろうか。いずれの飛行機にも彼女の搭乗記録はなかった。
「まな、頼む。これ以上無茶はしないでくれ」
僕は、そう願うばかりだった。
紛争が激しくなってから、五日が過ぎた。
僕は、落ち着いて椅子に座っていられず、事務所内をうろうろしていた。
「シンジュ、宇宙船を飛ばすか?」
シュリは、僕の気持ちを察してくれたが、僕は答えられずにいた。僕が言ったことだったが、それができないのを僕もわかっていた。
「……」
「シンジュ、私たちが宇宙人であることがバレると、もう彼女とは終わりになることを考えているのか?」
シュリの言うとおり、もし彼女を宇宙船に乗せたならば、どんな言い訳も通用するはずがなかった。新しい技術で作った飛行機だと誤魔化せるようなものではなかった。
「僕たちは、どちらにしてもお終いなのか?」
「彼女を救えば、私たちは、地球にいられない。でもこのままだと彼女は……」
「彼女を救うには、どうしたらいいんだ」
僕は、どうしたらよいのかわからず、ただ祈るだけだった。
テレビは、突然ニュース番組へと切り替わった。
「シンジュ、負傷者リストが流れているぞ」
「トガワ……」
彼女の名前が、負傷者リストにあった。
僕は、体が凍り付いた。息もできなかった。
「これは確定情報なのか?」
「苗字しかでていないから、わからない」
「シュリ、もしこれが本当だったらどうする!」
その“もしも”が、頭から離れなかった。
「三十分後には、爆撃が再開されるだと!?」
「――十分だ」
僕は、宇宙船のリモコンに手を伸ばした。
「待て、シンジュ」
シュリの声が、鋭く割り込んだ。
そこへ、テレビのニュースが入った。
「テヘランから最新の情報をお伝えします。先ほど、無条件降伏するとの情報が入りました」
「何だと、無条件降伏? そんなことがあり得るのか?」
「中東担当の記録者と連絡をとって確認してみます」
シュリは、先日の会議以降、地球内の記録者と頻繁に連絡をとるようになっていた。
「テヘランで、不思議な出来事が起こったそうなんだ。彼らは地上にいるのは危険だと思って宇宙船から、地球の様子を監視していたようなんだが、昨日、地上から白い光が宇宙に放たれて、爆撃が収まったそうなんだ」
「白い光?」
「その光自体が、攻撃性のあるものだったとか?」
「いや、そうではないようなんだ」
「謎だな……」
この白い光は、他の国でも見られ、それと同時に紛争は停止された。
次のニュースが流れた。
「現在のテヘランは、爆撃の影響で多くの都市が被害を受けました。街が再生されるまでには、数年の月日を要するものと思われますー」
テレビの画面に映るその顔を、僕は信じられない思いで見つめた。
まなが生きていた。僕は、思わず手で顔を覆った。生きていることにどれだけ感謝しただろうか。
「まなさん、無事で良かったな」
シュリは、僕の肩に手を置いた。
――良かった。
本当に、そうなのか?
僕は、さっきまで何をしようとしていた。
あと一歩で、宇宙船を呼ぶところだった。
彼女を救うために。
そして同時に、すべてを終わらせるために。
「……ほんとに、心配かけやがって……」
声が、うまく出なかった。
安堵と一緒に、別の感情が喉に引っかかっていた。
「シンジュ」
シュリの声は、静かだった。
僕は、結局動かなかった。
守る勇気も失う覚悟も何一つ持っていなかった。
「以上、テヘランから戸川まながお送りしました」
テレビの向こうは、何事もなかったかのように言葉を紡ぐ彼女の姿があった。
その距離が、ひどく遠く感じられた。
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