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第十四話

 一月二十日通常国会が召集された。

「シュリ? シュリ? 聞いているのか?」

「えっ、あっ、何?」

いつでも速攻で返してくれるのに、年が明けてからのシュリは、どうも様子がおかしかった。

「まながオーストラリアに留学したんだ」

「ほう、それは、よかったですね」

「は? いいわけないじゃないか、愛し合っている僕たちが離れ離れになったんだぞ」

「まなさんにも将来がありますから、今はしっかり勉強するときなんですよ」

「それは、そうなんだけど、寂しいじゃないか」

「石山先生、そんなこと言っている場合ではないですよ。はい、お仕事行ってくださいね」

 シュリは、僕の話を適当に聞き流しているようだった。

「なんか、最近、僕が環境省に行っている間に、こそこそ一人で動いていないか?」

「えっ、いえ、そんなことはないですよ」

 シュリは、一瞬僕を見たが、すぐに目をそらしてパソコンに向かった。実に、怪しい行動だった。

「そういえばさ、水生生物研究所の人、その後どうした?」

「あっ、えっと、農水省の発表後に、少しお会いしましたよ」

「えっ、僕ではなく?」

「あっ、すみません、お忙しそうだったので」

「まあ、その後上手く行っているなら別に構わないんだけどね」

「はい、お陰様で」

「は? お陰様で? ってどういうことなんだ?」

「あー、いえ、何でもないです」

 シュリの頬が赤くなり、今まで見たことがない慌てぶりだった。

「怪しい。実に怪しい」

 僕は、シュリの顔に近寄って、右から、左からとじっくりと眺めてみた。

「何か、隠しているな。絶対、何か隠している」

 その時、部屋をノックする音が聞こえ、女性が入ってきた。

「失礼します。水生生物研究所の白石です」

「あっ、お待ちしておりました」

 シュリは、席を立ち、彼女を会議室へ案内した。

「怪しい、絶対に怪しい」

 僕は、会議室をじっと睨んでいた。シュリが、飲み物を準備するためにこちらに戻ってきたので、それをずっと見ていると、いつもはクールな彼だが、どこかいつもと違い、どうもにやけているように見えた。

「シュリ、僕も打ち合わせに入ろうか?」

「石山先生は、お忙しいでしょうから大丈夫です」

「いや、今日は、暇なんだよ」

「えっ」

 シュリは、一瞬嫌そうな顔をした。僕はそれを見逃さなかった。

「たまには、僕も話を聞くよ。その方がいいだろう?」

「……」

「もしかして、彼女と付き合っているのか?」

「いや、まだそんなんじゃ……」

「ふーん、好きなんだ」

「ちょっと、声が大きいですよ」

「ふーん。好きなんだ」

 さっきより大きな声で、会議室にも聞こえるように言ってやった。

「しっ! だから、声が大きいって」

「はいはい、わかったよ。シュリは、上手く仲良くやれよ。僕は、ちょっと出かけてくる」


夜、一人になると、無性にまなにワンコールをしたくなった。

つながるはずもないのに、彼女の名前を出して発信ボタンを眺めていた。


まなと最後に会ってから、三か月が過ぎた。

霞が関の桜も満開になっていた。

春になったら、僕たちも堂々と桜の下を二人で歩けたらいいなと話していたことを思い出していた。


 彼女に会いに行こうと思えば、できたのかもしれない。

 けれど――しなかった。

 連絡が来ない理由を、確かめるのが怖かった。


 僕が再び彼女に会うことになるのは、六年も後のことだった。

 そして、彼女が僕から去った本当の理由を知るのは、――さらに後のことになる。


 第二章


 2037年秋。僕は、総理大臣になる夢に向かって邁進していた。

 衆議院選挙で三期目の当選を果たし、外務大臣に抜擢された。三十九歳だった。

 2年前に導入された、国会議員の定年制により、60歳以上の立候補が認められなくなったため、この年の選挙では、大臣が総入れ替えとなり、40代でも大臣に就任する者が現れたが、さすがに30代は異例の昇進だった。


 外務大臣となって、週に二回の記者会見をこなしていた。どうでもいいような質問から、記者の持論の演説まで聞かされる日々だった。僕はいつものように、それらの論点ずらしや、論点すり替え、論理の飛躍は、バッサリと切り捨て、淡々と会見に臨んでいた。

「現在の外交方針は、かつてあなたが理想としていた『対等な対話』とは程遠い、単なる追従に見えます。大臣、あなたは、ご自身の信念を曲げ、一体誰に忖度されているのですか、どこを向いて政治をしているのですか?」 

 こんな質問をするのは、どこの記者なんだ、僕は眉をひそめて、記者の方を見た。そこには、まなの姿があった。

 僕は、信じられなかった。まさか、まなが記者となって僕の目の前に現れるとは、全く想像していなかったのだ。

「大臣、お答えください」

 会見会場は、急に静まり返った。記者全員がタイピングをやめ、彼女の方を見て、僕の答えを待っていた。

 僕は、一人の政治家として頭を切り替えた。

 彼女の質問は、昔、僕は彼女といつも話していたことだった。

(どこを向いて政治をしているのか)

 忘れていた言葉を彼女は思い出させてくれた。

「なかなか威勢の良い記者の方ですね。私は、国民のため、ひいては、この世界の人々のために、よりよい選択をしております。私は政治家となってから一貫して変わらぬ思いでやっております。忖度など一切ありません」

 彼女は、再質問せず、そのまま質問を終えた。


 僕は、会見終了後、彼女がきっと話しかけてくれるのではないかと期待したのだが、彼女は一度も僕の方を見ることなく後にした。その後ろ姿を見て、僕はハッとした。

 彼女のラフに束ねられた後ろ髪に、あの時の髪飾りを見つけた。

 胸の奥で、止まっていた時間が静かに動き出した気がした。

 あの髪飾りは、あの時渡しそびれたままだったはずだが、いつの間にか部屋から無くなっていた。まさか、その後、僕の部屋を訪ねてきてくれたのか?

『まな、それが答えだと思っていいのか?』

 僕は淡い期待を抱いた。


「シュリ、今日まなに会ったんだ」

「えっ、まなさん、元気でしたか?」

「なんと、彼女は記者になっていたんだよ」

「えっ? どこの記者ですか?」

「どこだったかな? 通信社を名乗ったと思う」

「通信社か……」

 シュリは、パソコンに向かって、検索を始めた。

「通信社は、記者名が載らないことが多いから、見つからないか……」

「まあ、また会えるよ。だって、あの髪飾りをつけていたんだから」

「あれをか?」

「知っているのか?」

「いや、知らん……」

「なんなんだよ。それより、まなが厳しい質問をしてきたんだ。でもな、僕はあの質問で行動を改め直さないといけないと思ったんだ。僕が異例の速さで大臣になったのは、他の国会議員と違って、おかしいことはおかしいと言ってきたからなんだよ。だけど、今の僕はバカだよ。総理の椅子が見えたとたんに、守りに入っていたんだ。今日そのことをまなに気づかせてもらった」

「まなさん、ずっと見ていたんでしょうね」

「えっ、ほんとにそう思う?」

「まあ、もしそうでないなら、気持ちを切り替えるための……」

「何、切り替える?」

「とどめの一撃」

「えっ、僕、嫌われていたのか?」

「さあ?」

 シュリは、両手の平を上に向けて、首を傾けてそう言った。

「項垂れているところ、申し訳ございませんが、石山大臣」

「なんだよ。今日振られたのかもしれない僕に、何なんだよ」

「明日から三日ほど、休みを頂きたいと思います」

「えっ、シュリ、どこか体の具合が悪いのか?」

「いえいえ、そういうことではありません。アカシックレコードの地球派遣者合同会議がこの度行われることになりまして、3000年前の拉致事件の最終報告が行われるのです」

「ふーん、それなら仕方ないか」

「三日間、何事もなく過ごして下さいよ」

「子どもじゃあるまいし、大丈夫に決まっているだろ」

 シュリは、目を細めて僕を見ていた。僕は、シッシッと手を振って、彼を追い払う動作をした。


 まなは、厚生労働大臣の記者会見でも鋭い質問をしていた。

「医療にかかることで、病気になる「医病」という言葉があります。これは、過剰な検査、薬剤投与による病気で、正しくマッチポンプ。そして、医療費も増大していく。これは、長い間見過ごしてきた問題ですが、政府も医師会も承知の事実。いつ改善するおつもりですか?」

 厚生労働大臣もすぐに回答できずにいた。

 質問は続いた。

「海外では見直しが進んでいる予防接種もありますが、日本では引き続き推奨されています。政府として再検証の予定はありますか。」

「全く効果がないということではありませんので、引き続き接種の推奨をしてまいります」

「検証はされていますか? その結果の公表をお願いします」

「えー、後日、担当部署より……」

 大臣の後ろの席から事務官が何か助言しているようだ。

「えー、検討いたします」

「検討ではなく、検証をして公表をして下さい」


 農林水産大臣の会見でも、まなの踏み込んだ質問は続いた。

「米農家の減少率が著しく、日本の米の生産量では足りず、輸入に頼るようになって早十年。主食がこのような状況では、有事の時には、日本は危うい状況に陥ります。国防のために米を作り、米を食べる。そのようなお考えはありませんか?」

「現状を鑑みて、作付けを決定しております」

「日本のお米を食べたいけれど、高くて食べられないという国民の声、もしもの時にはどうなるんだという国民の不安の声が、大臣には届いていないのですか? 不安の声は、リスク情報です。国会議員にとって、極めて重要な能力は、リスク管理能力ではないのですか?」

 僕が、以前まなに話していたことだ。国会議員は、リスク管理能力がなければならない。その能力がなければ国を動かしていけないのだ。

 翌日の新聞には『農水大臣の危機管理能力に不満の声』という見出しがついた。

 まなの質問は、徐々にではあったが、他の記者にも影響を及ぼしていた。


毎日更新予定

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