第十話
2030年二月、ついに恐れていた事件が起きた。
渋谷にあるビルで爆発が起こり、36人が犠牲となった。
「もう、待っていられないだろ!」
僕は、シュリが止めるのを振り払って、首相に直接会いに行った。
「総理、市民の声を真摯に受け止めて下さい。不安の声はリスク情報です。私たち国会議員にとって、極めて重要な能力は、リスク管理能力ではないのですか? 総理には、それがないのですか?」
「石山くん、わかっていますよ」
「では、何故動かないんですか? もう限界を通り越しています」
「石山くん、覚悟はありますか?」
「どういう覚悟を求めていらっしゃいますか?」
「我が党が分裂し、野党が台頭しても良いのかということです」
僕は、この言葉に耳を疑った。一国の主が、保身しか考えていないこの言葉に。
「総理、野党は今団結して、この問題を解決しようとしているんです。我が党が解決しないのであれば、私は野党と共に戦います」
「なっ、何を言っているのかわかっているのですか?」
「もちろんです。しかしですね、これは総理にとってもチャンスなんです。少数与党だった時、総理の株が上がったのは、野党の声を聞いて決断されたからではないですか。もうお忘れですか?」
「……」
総理は、机に両肘をついて、手を組んだまますぐには言葉を発しなかった。
「総理、決断をお願いします」
総理は、僕の目をしっかり見つめて言った。
「代案は、おありですか?」
「はい、外国人の雇用に対して課税をしましょう」
「そんなことをしたら、企業から叩かれますよ」
「その代わりに、外国人の雇止めをした企業には、優遇措置を設けましょう」
「それでは人手不足になる企業が出ますよ」
「日本人の潜在労働力は約240万人。その多くは、子育て中や高齢者で、柔軟な働き方ができればすぐに社会に参加できる。オンライン研修や地域支援金で就業を促すことが可能です。そのような方々にしっかり働いてもらえるようにしましょう。そのための補助金、支援をするんです。そうしなければ、この国はもう終わります」
総理は、頭を抱えて沈黙した。
「総理、これで市民の不安を解消し、経済も活性化できます。リスク管理として、最高の策だと思います。女性や子ども、お年寄りの声が、総理の耳には届かないのですか? 同じ女性として、女性を守らないんですか? 総理、もともと多文化共生なんて、無理な話なんです。日本人同士でも移住者の問題は各地で報告されています。ましてや言葉も通じない外国人との共生は、今の日本では、現実的に無理なんですよ。総理も頭の良い方ですから、とっくにわかっておられるはずです。共生は無理だから、国というものが存在して、棲み分けをしているんじゃないですか。総理は、日本の国を守るために総理になられたのではないのですか? 総理は一体何を守ろうとされているのですか?」
僕は、まくしたてるように思いの丈を話した。
総理は、ようやく顔をあげて微笑んだ。
「石山くんは、よくしゃべる方ですね」
「は?」
総理は、椅子から立ち上がった。
「わかりました」
「委員会のメンバーを明日集めて下さい」
「やるんですね」
「やりましょう」
「ありがとうございます!」
僕は、思わず総理の手を取った。
総理の手もあの時の藤山さんの手と同じだ。
何人もの人と握手した手、この手の振動は、頂点を極める者に必要な振動なのか……
野党の一部反対者を除いて、外国人の就労制度は即廃止となり、新たに外国人雇用課税法が施行された。
2030年、ギリギリのところで日本の破壊を食い止めることができた。
この出来事で内閣の支持率は上がった。一方、僕は、与党議員から目をつけられて、重要な委員会には、呼ばれない状態となっていた。
衆議院議院 第二議員会館 205号室
「シュリ、暇になったよ。花見でも行くか?」
「忙しくなるかもしれないぞ」
僕は、窓の外のきれいに咲いた桜を眺めていたが、その言葉で振り向いた。
「何かあったのか?」
「ああ、政務官が不祥事を起こしたらしいぞ」
「ふーん、僕たちには関係ないじゃないか?」
「前回の衆議院選挙は、当選回数が多い者が当選しているから、当選回数の少ない若手議員が少ないんだ。回ってくる可能性が高いぞ」
「どこの省庁?」
「環境省だ」
「ふーん、まあどうせ暇だから、データを頭に入れておくよ」
僕は、窓の外眺めながら『ゆっくり花見をすることなんてできないないのか』とため息をついて、タブレットを開いた。
「石山先生!」
突然、シュリが叫んだ。
「えっ、もう通知が来たのか?」
「あっ、嫌なら受けなくてもいいんだが……」
「えっ、政務官は、断れるのか?」
「いや、大学生のインターンシップの受け入れが来ているんだ」
「こんな暇なのに受け入れてどうするんだよ」
「断ってもいいんだが……」
「断れよ」
タブレットの画面を見ながら、シュリにそう言った。
「断るのは、名前を聞いてからでもいいんじゃないか?」
「早く言えよ」
「慶應義塾大学法学部三年 戸川まな」
僕の思考が一瞬止まった。次の瞬間、手の中のタブレットが滑りかけて掴みなおした。
「シュリ、受け入れるに決まっているだろ。すぐに返事をしておくんだ!」
「了解」
シュリは、ニヤッとしてパソコンに向かった。
本当に彼女かどうか気になったので、シュリの前まで移動して、顔を覗き込んだ。
「あの戸川まなだよな? 同姓同名の別人じゃないよな?」
「まあ、可能性がないわけではないけど、まなさんだと思うぞ」
「シュリ、やっぱり俺たちは、赤い糸で繋がっているんだよ。それで、いつ来るんだ?」
「来週の金曜日から、毎週金曜日のみ。七月いっぱいまで」
「うぉー、まなに会える、会えるぞー」
僕は、もう有頂天になっていた。
「あっ、もう一人来ますけど、いいですか?」
「何人でもいいよ。まなさえくれば、10人でも受け入れるてやる!」
「10人は、無理です。席が足りません。もう一人は、木村颯太 東京大学法学部」
「ふーん」
僕は、まなさえ来てくれれば、他の奴はどうでもよかった。とにかく、もう一度まなに会える、そう思うと今から何を準備しておけばいいか焦っていた。
「どの席にする?」
「まだ十日も先ですよ」
「僕の部屋?」
「は? それはありえません。私の隣じゃないとおかしいでしょう」
シュリは、即答だった。
「おかしくないでしょう。僕の部屋で僕専用の秘書にするよ」
「もう一人来るんですよ、公平性が保てないから、それはダメです」
「えー、なんでだよ。だったら、もう一人は断れよ」
「もう、受け入れ了解の返信をしたからダメです」
「ちぇっ、まなとずっと一緒にいたいのに」
「はいはい、えっと、次の通知が来ましたよ」
「次は何?」
「政務官任命通知です」
「えっ、本当に?」
「来週金曜日の朝8時に環境省でレクが入ってますよ」
「金曜日! なんで、金曜日?」
「こればっかりは、どうしようもありませんね」
「まなを連れて行く!」
「あっちには、省庁の秘書官が付くから、こちらからは行けないんですよ」
「そんなぁ、シュリも来ないのか、寂しいじゃないか……」
「まあ、毎日ではないですから」
翌週金曜日、環境省大臣政務官室
「……以上になります。来週のスケジュールは、こちらになりますので、ご確認をよろしくお願いします」
「はい、わかりました……」
僕は、政務官のレクを終えて急いで議員会館に戻った。時計を見ると夜の七時だった。
「石山先生、お疲れ様」
「はぁ、もうクタクタだよ。レクが長い、もう辛い」
僕は、まながもしかするとまだ残っているかもしれないと思って、見回してみたが人の気配はなかった。
「まなさん、来られましたよ」
「やっぱり、まなだったか。もう帰った後か?」
「ええ」
「そうか……僕のこと、何か言っていなかったか?」
「特には……」
「何か言っていただろう?」
「ああ、来年就職活動で、どうしようかと迷っているって言っていましたよ」
「何で迷っているんだ?」
「法曹の道か、放送の道か?」
「ん? 今、二度同じことを言いました?」
「はははははっ。漢字が違うんだよ、最初の法曹は、法律家。次の放送は、マスメディア」
「その仕事で迷っているのに、なんでここでインターンをする気になったんだ?」
「司法試験に受かって、政策担当秘書という道があることを知ったそうです」
「それってさ、僕と一緒に働きたいって告白してるんじゃないか?」
「さあ、それはどうですかね?」
「いや、きっとそうだよ」
「でも、まだ何年か学校に通わないといけないからどうしようかと悩んでいるようでしたよ」
「僕がお金を出すよ」
「それはダメです。マスコミの餌食になります」
「ああ、もうじれったいな、この星は」
「そうですね。この星は、面倒な星です」
「そう言いながら、シュリは楽しんでいるように見えるな」
「気付きましたか? 私の仕事は、観察したことを記録する仕事ですから、人々の変な行動や変なルールを記録するのが楽しいのですよ」
「なるほど、そう思えば、イライラも減るか」
まなに会えなかったのが本当に残念で、まなの席に座って、机と椅子を撫でていた。
椅子は、少しだけ温かさが残っていた。机の上のペン立てには、彼女が持ってきたと思われるペンが立てられていた。そのペンを持って、メモ紙にくるくると線を書いてみた。
ついさっきまで、ここに彼女がいたはずなのに。
「あー、それにしてもまなに会いたかったな。来週は会えるかな?」
「来週のスケジュール、石山政務官に渡してありますとメールが来てるけど、来週の金曜日、岡山になってるぞ」
「えっ、嘘だろ? また会えないのか?」
「いい機会ですから、私たちも同行させてもらいましょうか? まなさんのご実家も岡山のようですし」
「そうしよう。秘書官に連絡とってみてくれ」
「承知いたしました」
「シュリ、二人だけの時は、普通に話そうよ」
「インターンが来たから、気をつけないといけないと思っているんだよ。つい、シンジュって呼びそうになるからな」
「わかった、僕も我慢するよ」
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