第29話 森の帰還──静寂と残骸と、痛みの帝王の影
迷宮都市へ向かう一行は、朝の柔らかな光に包まれながら街を出発した。
領主の息子アランとその護衛隊、商人と従者、そしてドロル、窮奇、シルク、サリー。
総勢三十名ほどの馬車と馬に乗った隊列は、森へと続く街道を進んでいく。
森に入ると、空気はひんやりと澄み、鳥の声が響いていた。
しかし──魔獣の気配はまったくない。
「……静かね」
シルクが周囲を見渡しながら呟く。
サリーも首を傾げた。
「普通なら、迷い出たゴブリンとかスライムとか、一角うさぎくらいはいるはずなのに……」
護衛隊の兵士も同じ疑問を抱いていた。
「森の中で魔獣が一匹もいないなんて……あり得るのか?」
商人が苦笑しながら答えた。
「窮奇様が同行しているからですよ。
聖獣の気配があると、魔獣は近づきません」
兵士たちは驚き、アランも感嘆の声を漏らした。
「……本当に聖獣なんだな。
これほどの効果があるとは……」
窮奇は誇らしげに鼻を鳴らした。
「儂がいる限り、魔獣は寄らぬ」
***
やがて──
問題の野営地が近づいてきた。
森は静かだが、空気がどこか重い。
そして、視界に“それ”が入った。
「……っ」
護衛隊の兵士が息を呑む。
魔獣に食い荒らされた兵士の残骸が、森の地面に散乱していた。
鎧の破片、骨、血の跡。
形を保っているものはほとんどない。
「酷い……」
アランが眉を顰める。
兵士たちは顔を覆い、吐き気を堪えられない者も続出した。
「うっ……」
「気持ち悪……」
「こんな……」
アランは毅然と指示を出した。
「……埋葬する。
このまま放置するわけにはいかない」
護衛隊は震えながらも遺体を集め、穴を掘り、埋葬を始めた。
ドロルは静かに言った。
「……魔獣が寄ってきたんだね。
痛みで動けなかったから、逃げられなかった」
窮奇も淡々と続けた。
「自業自得だ。
悪行が跳ね返っただけだ」
シルクとサリーは複雑な表情で頷いた。
***
野営地に到着すると、さらに悲惨な光景が広がっていた。
損傷した遺体がまとまっており、兵士たちは再び吐き気を催した。
シルクとサリーは、アンドレの遺体の前で膝をついた。
涙をこぼしながら、静かに黙祷を捧げる。
「……どうして、こんなことに」
シルクが震える声で呟く。
サリーも涙を拭いながら言った。
「裏切ったけど……仲間だったのに……」
アランは周囲を見渡し、重い声で命じた。
「周辺の遺体もすべて埋葬する。
五十人が包囲して襲撃したと聞いている。
全員、眠らせてやらないと」
護衛隊は再び作業を始め、森の中に静かな音だけが響いた。
粗方の埋葬が終わった頃には、日が傾き始めていた。
「……今日はここで野営する」
アランが指示を出す。
テントが張られ、食事の準備が進む。
しかし、兵士の多くは食欲を失っていた。
「……食べられない……」
「気持ち悪くて……」
それでも、夜は静かに過ぎていった。
窮奇がいるため、魔獣は一切寄ってこない。
まるで森そのものが息を潜めているようだった。
***
翌朝。
一行は迷宮都市へ向けて出発した。
道中、魔獣は一度も姿を見せなかった。
窮奇が並走するだけで、森は安全地帯と化していた。
そして──
迷宮都市の城壁が見えてきた。
「……着いた」
シルクが安堵の息を漏らす。
サリーも笑顔になった。
「やっと帰ってきたね……」
アランは窮奇を見て、感嘆の声を漏らした。
「窮奇様……本当にすごい。
あなたがいるだけで、森が静かになるなんて……」
窮奇は誇らしげに胸を張った。
「主殿のためなら、儂は何でもする」
ドロルは少し照れくさそうに笑った。
こうして──
一行は無事に迷宮都市へ帰還した。




