第28話 幻肢痛の治癒──領主の息子と痛みの帝王
翌朝。
宿の前に出ようとしていたドロルたちのもとへ、商人と従者が慌てた様子で駆け込んできた。
「ドロル様……! 窮奇様……! シルク様、サリー様……!」
商人は息を切らしながら頭を下げた。
「領主様の息子アラン様……命が助かりました!
治療薬が間に合ったのです!」
シルクは胸を撫で下ろした。
「よかった……本当に……」
サリーも涙ぐみながら笑った。
「間に合ったんだね……」
商人は続けた。
「アラン様が、ぜひ皆様にお礼をしたいと……
屋敷にお招きしたいと仰っております。
いかがでしょうか……?」
ドロルは即座に顔をしかめた。
「面倒事は御免だよ。断ってくれ」
商人は困ったように眉を寄せた。
「そうですか……アラン様は左足を失われており……
ないはずの足が痛むと……、ドロル様達に会えば、少しは気も落ち着くかも⋯⋯」
ドロルの脳裏に、痛みの名称と症状が浮かんだ。
「……幻肢痛。失ったはずの手足がまだそこにあるように感じられ、その幻の手足に痛みや痺れを覚える現象。電気が走るようなピリピリした痛み、針で刺されるような痛み、万力で締め付けられるような激しい感覚などがある⋯⋯」
ドロルのスキル「ペイン」はあらゆる痛みを知る。
商人が驚いた顔で頷く。
「はい……まさにそれです。
症状の説明も、医師が言うことと同じで……」
ドロルは静かに言った。
「治せるよ。
……仕方ない、行こう」
シルクとサリーは驚きつつも頷いた。
窮奇は満足そうに鼻を鳴らした。
「主殿の力が役に立つな」
***
街の中心にある領主の屋敷は、豪奢で威厳に満ちていた。
高い塀、重厚な門、整備された庭園──
迷宮都市の領主の屋敷に匹敵するほどの規模だった。
門をくぐると、厳戒体制の兵士たちが並んでいる。
昨日の兵士たちとは違い、礼儀正しく、緊張感を持った者たちばかりだ。
「こちらへどうぞ」
従者に案内され、応接室へ通される。
豪華なソファ、磨かれた床、壁には絵画。
窮奇は部屋の広さに少しだけ興味を示し、翼を軽く広げた。
しばらく待つと──
杖をついた青年が現れた。
「……来てくれて、ありがとう」
青年は痛みを堪えるように眉を顰めていた。
左足は膝から先がなく、包帯が巻かれている。
「アラン様です」
従者が紹介する。
「ドロルです」
ドロルは頭を下げる。
アランは窮奇を見て目を丸くした。
「せ、聖獣……!? 本物……?」
窮奇は誇らしげに胸を張った。
「儂は窮奇。主殿の眷属だ」
アランは驚きながらもソファに座り、ドロルたちにも座るよう促した。
「本当に……治療薬を守ってくれてありがとう。
これが礼だ」
アランは金貨の入った袋をドロルに手渡した。
ずっしりと重い。
ドロルは受け取りながら静かに言った。
「……幻肢痛、治せるよ」
アランは目を見開いた。
「え……?
医師にも治せないと言われたんだ……
本当に……?」
ドロルは頷いた。
「ペイン」
その瞬間──
アランの表情が変わった。
「……え?
痛みが……ない……!
ない……! 本当に……!」
アランは涙をこぼしながら、ドロルの手を両手で握った。
「ありがとう……!
本当に……ありがとう……!」
シルクとサリーも笑顔になり、窮奇は満足そうに鼻を鳴らした。
アランは涙を拭きながら言った。
「君の力は……本当にすごい。
迷宮都市へ戻るなら、僕も同行させてほしい。
僕たちも護衛して欲しい」
ドロルはシルクとサリーを見る。
二人は頷いた。
シルクは心の中で思った。
(領主の息子の頼み……拒否できるわけがない)
アランは続けた。
「ドロル、君については敬語は不要だ。
僕は君に助けられた。
友人として接してほしい」
ドロルは少し困った顔をしながらも頷いた。
「……分かったよ、アラン」
アランは嬉しそうに笑った。
こうして──
ドロルたちはアランとその護衛隊と共に、迷宮都市へ戻ることになった。




