第27話 森の余波──痛みの帝王と静寂の行軍
野営地には、まだ兵士たちの悲鳴が残響していた。
地面に倒れた兵士たちは、激痛にのたうち回り、涙と汗を流しながら必死に命乞いを続けている。
「た、助けてくれ……!」
「息が……息ができねぇ……!」
「痛い……痛いんだよ……!」
その声は、森の静寂を破りながらも、どこか弱々しく、惨めだった。
シルクは震える声でドロルに尋ねた。
「……ねぇ、ドロルさん。
囲んでいた五十人の兵士たち……今どうなってるの?」
ドロルは淡々と答えた。
「ここの兵士たちと同じだよ。
“二倍のボツリヌス菌の食中毒”で、動けずに倒れてる」
サリーは息を呑んだ。
「五十人全員……?」
「うん。
痛みは死ぬまで続くからね」
その言葉に、シルクは絶句した。
想像したのだ──
森の奥で、五十人の兵士が苦しみ、倒れ、助けを求める姿を。
そして、窮奇が静かに言った。
「儂が離れれば、魔獣が寄ってくる。
血の匂いと叫び声……魔獣が好むものばかりだ」
サリーは震えながら呟いた。
「……スタンピードにならないかしら」
窮奇は不敵に笑った。
「その時はその時だ。
儂は腹一杯喰える」
商人と御者は恐怖で震え、荷物を抱きしめている。
ドロルは新しい剣を手に取り、軽く振って重さを確かめた。
冒険者から奪った剣よりも、リーダーが落とした剣の方が質が良い。
「……こっちの方が良さそうだ」
腰に差し替え、馬車へ向かう。
「この状況じゃ眠れないし、縄も足りない。
出発しよう」
シルクとサリーは頷き、商人も震えながら馬車に乗り込んだ。
兵士たちの悲鳴を背に、馬車はゆっくりと森を離れていく。
「うわぁぁぁ……助けて……!」
「痛い……痛い……!」
「誰か……誰か……!」
その声は次第に遠ざかり、森の闇に飲まれていった。
馬車の中で、シルクが震える声で尋ねた。
「……あの人たち、どうなるの?」
窮奇は淡々と答えた。
「儂が離れれば魔獣が寄ってくる。
痛みで動けぬ者たちが、魔獣に襲われぬはずがない」
ドロルも静かに言った。
「痛みは死ぬまで続くからね」
シルクは絶句し、サリーは唇を噛みしめた。
「……自業自得だ」
窮奇が言う。
「自業自得だね」
ドロルも同じ言葉を重ねた。
その後の道中は驚くほど静かだった。
窮奇が並走しているため、魔獣は一度も姿を見せない。
まるで街道より安全な道を進んでいるかのようだった。
そして──
街に到着した。
中規模の、どこにでもあるような街。
しかし今の彼らには、どこよりも安心できる場所だった。
商人とは翌朝、帰りの待ち合わせをすることになり、
商人は急ぎ治療薬を持って領主の屋敷へ向かった。
ドロル、シルク、サリーの三人は冒険者ギルドへ向かい、
護衛依頼で来ていることを告げ、
道中で起きたことを報告した。
受付では対応できず、ギルマスへ案内される。
アンドレの裏切りとドロルのスキルは伏せ、
窮奇の了承のもと、
「窮奇が兵士を撃退した」と説明した。
ギルマスは深刻な顔で頷き、
従魔が泊まれる宿を紹介してくれた。
宿に向かい、宿泊の予約を済ませ、
夕食を三人と一匹で取る。
食事の途中、シルクが静かに尋ねた。
「……トルアの食中毒って、ドロルさんのスキルなの?」
ドロルは正直に頷いた。
「うん。
命に別状はないけど……
護衛中は“二倍の食中毒の痛み”が続く」
サリーは目を丸くした。
「ずっと……?」
「ずっと」
シルクは深く息を吐き、
「……あなた、本当にとんでもないスキルを持ってるのね」と呟いた。
窮奇は満足そうに笑った。
「主殿は痛みの帝王だ」
その言葉に、ドロルは苦笑いを浮かべた。




