第20話 護衛依頼の崩壊──聖獣の前で膝をつく下劣な男
商人は振り返り、驚いた顔でドロルを見た。
荷馬車の横で護衛の段取りを確認していたらしく、書類を手にしたまま固まっている。
「えっ……キャンセル、ですか?」
ドロルは静かに頷いた。
その表情は怒りではなく、冷静な判断をした者の落ち着きがあった。
「はい。来た早々に暴言を吐かれました。
とても三日間、チームワークで共同護衛ができるとは思えません。
商人さんに迷惑がかかる前に辞退した方が、リスクがないと判断しました」
商人は困惑し、視線を横にそらした。
そこには、先ほど暴言を吐いたBランク冒険者──タルトが立っている。
腕を組み、ふてぶてしい顔でこちらを睨んでいた。
「おい小僧! 勝手に辞めんなよ!」
タルトは怒鳴りながら一歩踏み出した。
しかし、その前に窮奇が静かに立ち塞がる。
巨大な影がタルトの前に落ち、空気が一瞬で張り詰めた。
「主殿に近づくな」
低く、地を震わせるような声。
タルトは反射的に後ずさりし、足がもつれて地面を踏みしめた。
「な、なんだよ……従魔のくせに出しゃばるんじゃねぇ……!」
声は震えていたが、虚勢だけは保とうとしている。
その姿が余計に滑稽だった。
その時──
商人と話していた女性が慌てて駆け寄ってきた。
「待ってください!」
長い金髪を揺らしながら、真剣な表情でドロルの前に立つ。
Bランクパーティのリーダーらしく、落ち着いた雰囲気がある。
「私はシルク。Bランクパーティ『栄光の誓い』のリーダーです」
ドロルは軽く会釈した。
「ドロルです」
シルクは深く頭を下げた。
「本当に申し訳ありません。タルトの暴言は、私たちのパーティの恥です。
どうか、護衛依頼をキャンセルしないでいただけませんか?」
タルトは不満げに舌打ちした。
「おいシルク! なんでこいつに頭下げてんだよ!」
「黙りなさい、タルト!」
シルクは鋭い声で叱りつけた。
タルトはビクッと肩を震わせたが、すぐに不満げに顔を背けた。
シルクは再びドロルに向き直り、必死に訴える。
「私たちはCランクで長く苦労して、やっと先日Bランクに昇格したばかりなんです。
これからという時に、こんな汚点を残したくありません。
聖獣と一緒に依頼を受けられるなんて、滅多にあることではないんです。
どうか……考え直していただけませんか?」
その言葉には嘘がなかった。
シルクは本気で困っている。
タルトの暴言が、パーティ全体の信用を落とすことを恐れているのだ。
しかし──ドロルは静かに首を振った。
「……あなた方の事情について、暴言を吐かれた俺には全く関係ありません。
しっかりギルドにクレームは上げます」
シルクは息を呑んだ。
その表情は絶望に近い。
「そ、そんな……」
ドロルは淡々と続けた。
「護衛は共同作業です。
その最初の段階で、あれほどの暴言を吐く人間がいるなら、三日間の護衛は成立しません。
商人さんに迷惑がかかる前に辞退するのが最善です」
シルクは唇を噛み、肩を震わせた。
タルトは横でふてぶてしく腕を組んでいる。
「おい小僧……そんなに偉そうに言いやがって……」
窮奇が一歩前に出ると、タルトは黙った。
その顔は青ざめ、汗が額を流れている。
ドロルは窮奇に声をかけた。
「窮奇、ギルドに戻るぞ」
「うむ」
去り際、ドロルは商人に向き直った。
「タルトという男は、食中毒で護衛の使い物になりませんよ。
別のパーティを雇い直すことをお勧めします」
商人は目を丸くした。
「え? ショクチュードク?」
シルクも驚いて声を上げた。
「食中毒……?」
ドロルは振り返らず、淡々と説明した。
「腹痛、嘔吐、下痢、発熱。
歩くこともままならず、護衛どころではありません」
その瞬間──
「ぐおっ!!」
タルトが腹を押さえ、膝をついた。
顔は真っ青になり、口から涎を垂らしながら苦しんでいる。
「な、なんだこれ……! 腹が……腹があああああっ!」
周囲の冒険者たちがざわついた。
「おい、どうしたんだあいつ!」
「急に倒れたぞ!」
「まさか、本当に食中毒……?」
シルクは慌てて駆け寄った。
「タルト!? しっかりして!」
しかしタルトは地面に転がり、涙と鼻水を垂らしながら叫んでいる。
「うぐっ……! 腹が……! 助け……助けてくれぇ……!」
その惨めな姿に、周囲の視線は冷たかった。
「自業自得だな」
「あれだけ偉そうにしてたのに……」
「聖獣の前で調子に乗るからだよ」
ドロルは振り返らず、窮奇と共にギルドへ向かって歩き出した。




