第二話:魔王の、初めての「ボトルキープ」
深夜三時半。
周囲の空気が一気に凍りつき、漆黒のコートをまとった最強の存在「魔王」が、再びバーに姿を現した。
魔王はカウンターの真ん中にドカッと座ると、不敵な笑みを浮かべた。
「マスター、前回のあの『燃える酒(B-52)』は見事だった。今夜も我を驚かせる、極上の酒を出してみせろ」
蓮は静かに頷き、棚の奥から一本の、琥珀色に輝くウイスキーのボトルを取り出した。
「今夜は、時の流れを愉しむお酒をご用意いたしました。ロックでどうぞ」
蓮が差し出したグラスの中には、丸く削られた「完璧な球体の氷」が入っていた。
魔王が不思議そうにグラスを揺らすと、ウイスキーの中で丸い氷がカラン、と美しく回る。
「ほう、四角ではなく、丸い氷か。それに、この酒……すさまじく深い香りがするな」
魔王がグラスに口をつけ、ゆっくりと喉に流し込む。
次の瞬間、魔王はふぅと、長いため息をついた。
口の中に広がるのは、何十年もの間、木の樽の中で眠っていたオークの香りと、熟した果実のような深い甘み。
「美味いな……。我ら魔族の寿命は長いが、これほど美しく『時間』を閉じ込めた飲み物は知らない。飲むたびに、氷が少しずつ溶けて味が変わっていくのも、じつに風情がある」
魔王は、贅沢な時間の流れを心から楽しむように、静かにグラスを傾けた。
そして、ボトルが半分ほど空いたとき、魔王はふと思いついたように言った。
「マスター。この素晴らしい酒を、他の人間に飲まれるのは癄だ。このボトルを、我が名でここに保管しておくことはできるか?」
蓮はプロのバーテンダーとして、優雅に一礼した。
「もちろん可能でございます。『ボトルキープ』という、現代の素晴らしい文化がございます。魔王様のお名前をラベルに書いて、大切にお預かりいたしますね」
「そうか。ならば我が名は……『M』とでも書いておいてくれ」
魔王は少し嬉しそうに口元を緩め、自分の名前が書かれたボトルを眺めた。
「これで、またここへ戻ってくる理由ができたな。マスター、我がボトルに触る奴がいたら、容赦なく灰にしていいからな」
「それは困りますので、私が命をかけてお守りいたしますよ」
世界を滅ぼすはずの最強の魔王が、自分専用の「キープボトル」を手に入れて、上機嫌で夜の闇へと帰っていく、スタイリッシュで少しチャーミングな夜だった。




