面接
公爵が手ずから扉を開けてくれたとは知らずに、大股で部屋の中へと踏み込んだリュシカ。
このままでは公爵の胸元に飛び込んでしまうと慌ててブレーキをかけた。
ところが、衝突を回避しようと無理矢理体を仰け反らせたせいで、バランスを崩してしまう。
「ーーっ」
転ぶと思ったのはリュシカだけではない。
執事が慌てて手を伸ばし、公爵までもがリュシカの背中に手を回して支えようとしてくれた。
しかし体はそれ以上傾ぐことなく、一歩で踏み留まるのに成功した。
公爵の手を借りずに済んだと安堵したが、そうなると前のめりになった彼と、至近距離で見つめ合うという構図が出来上がる。
目の前には金の髪が輝く容姿端麗の男性。
驚き見開かれた瞳は、七色に輝く魔眼だった。
噂には聞いていたが、実物は比べ物にならないほど美しく、一瞬で目を奪われた。
(こ、これはコーデリア様のおっしゃる通りだわ!)
片目であろうとその輝きは衰えるどころかむしろ凝縮されているように感じる。
圧倒的な魔力量を前にしても不思議と怖くはなく、それが不思議でしょうがない。
七つの色彩は瞳の奥で水面のように揺らぎ、青が前に出たかと思えば今度は赤がゆるやかに滲み出す。
深く、もっと深く覗き込みたい衝動に引き寄せられた。
ところが、公爵のもう片方の目を見て正気を取り戻した。
美しい右目に反して左目には、眼帯がかけられていた。
片眼が奪われた事実を目の当たりにしたリュシカは、自分のことのように胸が痛くなった。
「ゴホン。スペンシア子爵家のリュシカ様です」
執事の紹介で我に返る。
慌てて一歩下がり、体勢を整えて礼を取った。
(喋らない。余計なことは言わない。慎重に……)
リュシカは厚待遇の未来がかかっているのだと己に言い聞かせた。
「スペンシア様は闇の魔術師であります。代読係としてお力添えをいただこうかと。如何でしょう?」
聞いた通り、公爵は無言だった。
これでは採用か不採用かわからない。
頭を下げたままそっと執事を見ると、彼はこれでいいのだと言わんばかりに満足げに頷いた。
追い出されなかっただけで十分な結果らしい。
あとはそのまま二人で退出するだけだ。
「専攻は」
低い声が落ちる。
「魔法術学校での専攻は?」
「……」
「リュシカさん」
(あ? 私!?)
「か、過重術式展開と呪術解除です!」
抑圧していた声は反動で大きくなってしまった。
「東大帝国における闇魔法師の文献はどこまで目を通した?」
「全てです。高位魔法魔術師の論文は全て読了していますし、呪術関連の授業は全て好成績で卒業しております」
「それなのに国際機関に所属しなかったのはなぜだ?」
「ええと、家庭の事情でお金を稼ぐことを優先しました。ですが能力は宮廷魔術師にも劣らないと自負しております」
「学生上がりのひよっこが宮廷魔術師の何を知っている」
「私が劣らないと申し上げたのは、今年採用されたばかりの宮廷魔術師に対してです。彼より私の方が優秀ですから」
「……口が減らないな」
慌てて口を引き結ぶ。
気まずい沈黙が流れた。
「……声が」
「はい!」
「気に入った」
(声?)
「あ、ありがとうございま……す?」
公爵はそれだけ言うと、ふいと顔を背けて執務机に戻った。
それが合図のように、執事が静かに退出を促す。
チラリと振り返ったが、公爵は背を向けたままで、その表情を窺うことはできない。
廊下に出てからしばらく歩くと、リュシカは執事を振り仰いだ。
「あのー、これは採用ですかね? それとも不採用ですか?」
「もちろん採用でございます! 閣下が言葉をかけてくださるのは珍しいことですから」
執事は興奮しているのか、声が高く早口になっていた。
「スペンシア様のお声を気に入ったようです」
「よくわからないけどそのようですね。仕事をする上で利点となるならよかったです」
執事には、これから共に公爵家で働くのだから、名前で呼んでほしいと伝えた。
「かりこましました。さっそくリュシカ様の契約書類と、西棟にお部屋をご用意いたします。お待ちいただいている間にお食事はいかがでしょうか?」
「ふぉぉお願いしたいです!」
三度の飯がなにより大好きなリュシカは、公爵家に来る前、密かに御飯にありつけるのではないかと期待していた。
「では食堂にご案内いたします」
公爵邸では滞在者や来客が多いため、食堂は常に解放されているという。
「お部屋で召し上がる場合は担当のメイドにお申し付けください」
「わかりました」
「ちなみに閣下は食堂を利用しません。屋敷も滅多に出歩きません。移動はほぼ魔術をお使いになるので会う機会は仕事以外ではほぼありません。その他の質問は閣下ではなく私か担当メイドに必ずお願いします」
「? わかりました。閣下の視界に触れないよう気を付けます」
「……失礼しました。同じ説明を11回もしているもので口が勝手に」
出禁にされた滞在中の令嬢達は、公爵との偶然の出会いに躍起になっているようだ。
「令嬢のみなさんはどちらでお食事をなさるのですか?」
「ほとんどの方が西棟に用意された客室でとられております。たまにサロンや四阿を利用されておりますね。滞在中はリュシカさんも利用できますし、外出も自由です。玄関前に門までの馬車がございますので利用の際はお申し付けください。個人的には書庫や湖で過ごされるのがおすすめです」
リュシカは頷き、後で滞在している令嬢にもご挨拶に伺おうと心に留めた。
「代読係だけでは時間を持て余しそうなので、私に出来る仕事があれば仰ってください。空間移動でのお使いなどが得意です」
「それは素晴らしい。ありがとうございます」
リュシカは執事と別れ、専属のメイドに案内されて食堂へと向かった。




