提案
ウィストン公爵は、現ウィザー国王の末弟であり、建国の祖である大魔法師ウィザーの再来と謂われていた。
生まれた瞬間から内に秘めた魔力量は膨大で、魔法魔術師達はおろか、魔力を持たない一般人でさえ彼の七色の瞳には驚き感銘を受けた。
全属性の魔力に精通する公爵は、魔法魔術師達の憧れであり、尊敬して止まない存在であった。
しかし人嫌いで欲が薄いと謂われる公爵は、しがらみから距離を置くように王籍を外れ、教鞭に立つことも弟子を取ることもなかった。
まるで名誉も富も彼の足枷に過ぎないとでも言うように……。
片目を失った後でさえ、己の瞳にすら所有欲なく、公領に引き払ってしまった。
そんな人嫌いの引きこもり公爵の元へ、若き闇の魔術師リュシカ=スペンシアが、仕事を斡旋してもらうために足を運んだのであった。
「こんにちは! 仕事の紹介を受けに来ました!」
馬車で移動したら一月はかかるところを、手紙を受け取った翌日にはバークレー領のウィストン邸に姿を現したリュシカ。
「遠いところをご足労いただき感謝します。まさか、ご本人様が直接いらっしゃるとは思いませんでした」
執事は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに表情を整えた。
「お連れの方とお荷物はどちらにございましょう?」
「ありません。必要なものはすぐ取りに戻れますから」
「なるほど。スペンシア様は闇の魔術師様でしたか」
執事は納得すると、リュシカの突然の訪問や闇の魔術師であることにも嫌な顔一つせず、笑顔で迎え入れてくれた。
「改めまして。この度は当主の問題に巻き込んでしまい誠に申し訳ございません」
「疑いはすぐ解けたので大丈夫です。閣下の魔眼が早く見つかることを願っています」
「ありがとうございます。私が全力でスペンシア様の就職をご支援いたします」
挨拶をかわし、執事に促されて応接室に移動した。
(わー、そこかしこで魔術の跡を感じる……)
世界最強の魔法術師が暮らす屋敷とあって、空気は清んで魔力に溢れ、心地よかった。
応接室で一人待っていると、戻ってきた執事の表情が曇っていた。
「スペンシア様に用意した魔術関連のお仕事なのですが、先ほど突如として問題が発生しまして……」
「あらら?」
無駄足に終わってしまったかと落ち込む前に、執事がある提案をした。
「ご紹介用の仕事とは異なるのですが、我が公爵家にも諸事情がございまして」
「それは、公爵家での仕事ということですか?」
「はい。実は一つ、仕事に空きがあるのです」
遠回しな言い方の執事に、一体何の仕事かと訊ねる。
「閣下の代読係です」
「代読係?」
「とはいっても閣下に門前払いをされる可能性が大いにございます。大変失礼なことを申し上げますと、試しに面接をしてくださらないかというご提案です」
「代読係って、例のあれですよね? 花嫁探しの……」
先日コーデリアに聞いた話だ。
公爵は現在26歳。
未婚で恋人も婚約者もおらず、これまでに浮いた話の一つもない。
公爵は結婚する気がないようで、縁談も無視されてきた。
更に人付き合いを好まないことから、公に出てくる機会も少なく女性との出会いは皆無。
年頃の娘を持つ親や未婚の女性は、なんとか公爵と縁を結ぼうと機会を窺っていたが、鉄壁のガードに近寄ることが叶わなかった。
そして国王も、優秀な魔法術師である末弟の結婚問題に頭を悩ませていた。
そんな時、完全無欠の公爵の魔眼が盗まれた。
隻眼となった公爵のお役に立とうと、名のある令嬢達がこぞって公爵領に赴いたという。
難儀している公爵の目の代わりになろうと、代読係に名乗りをあげたのだ。
執事の話では、現在公爵領には10名の令嬢が滞在しているそうだ。
「多っ」
「そこでスペンシア様にも代読係に名乗り出てほしく」
他人事のように聞いていた話に、まさか自分も関わることになろうとは思ってもみなかった。
「あの~、うちは子爵家で、中でも歴史が浅く、極め付けは貧乏なんですよ」
「説明不足でしたね。スペンシア様には純粋な代読係をお願いしたいのです」
「純粋な? 花嫁ではなくてってことですか?」
「はい。そもそも代読係を受け入れろというのは陛下の命令であり、結婚を望まれているのも陛下で、閣下ではありません」
「ああ、なるほど」
「スペンシア様は純粋にお仕事をお探しのようですし、魔術師でもあらせられる。他のご令嬢のように閣下が不快や不便を感じるのは少ないかと思いました」
「それでもゼロではないんですね」
「残念ながら……。閣下は年若い女性を最も苦手とされております」
執事の話でどれだけ公爵が令嬢を毛嫌いしているのかと身構えてしまう。
「スペンシア様が代読係に就任されたなら、陛下もこれ以上候補者を送り込んでは来ないと思うのです」
「つまり、私に閣下の本来の代読係の仕事と、花嫁探しの風避けをしてほしいってことですね?」
「はい。元々我々は魔術師の方を探しておりました。閣下は極力人に会わないので国際機関や魔法術協会、国の仕事は全て書面で届くので膨大な量となり、専門用語も多様されております」
世界最強の魔法術師でも、片目を失えば生活に支障をきたしているはず。
特に研究や関係機関に在を置く公爵は、片目での読み書きに難儀しているだろう。
手伝おうにも使用人達の中には、魔術師がいないので役不足だという。
それは弟子を取らないと公言している公爵が、魔法魔術師達を平等に扱……避けているからだろう。
「代読係には理解力と秘匿性が必要ですね」
「そうなのです。こちらの都合ばかり押し付けて申し訳ございません。その代わり、契約は侯爵家の倍、破格の厚待遇で迎えさせていただきます」
「やりましょう」
「本当ですか!?」
「やるに決まってます! 私以外に適任はおりませんでしょうよフハハハ!」
「ありがとうございます!」
二人は固い握手を交わした。
「ただし先程も申し上げました通り、採用の前に閣下の面接がございます」
「そうだった。不採用の可能性もあるのかー」
「残念ながら……。ですがその場合も、お時間をいただけましたら別の仕事をご用意いたします」
「それはありがたいです! 心置きなく面接に挑戦できます!」
熱は冷めやらぬうちにとばかりに、執事に案内されてリュシカは公爵の元へと向かった。
全魔術師の憧れの存在であるウィストン公爵に会えるとあって、リュシカも少なからず緊張していた。
「閣下は寡黙な方で人付き合いを好みません。挨拶を終えたなら返事を待たずに退出してください」
「分かりました。仕事でも必要最低限の会話に努めます」
「即座にご理解いただき感謝します。他の候補者は中々退室されず、今では全員が執務室を含めた東棟を出禁にされております」
(全員!?)
これは相当気難しい方だと気合いを入れ直した。
執事の話では、公爵領は北の辺境に位置しており、令嬢達を帰したくとも天候や準備に時間がかかるようで、長期滞在を余儀なくされ、更に閣下の機嫌が悪いらしい。
「もちろんお妃探しも大事ですが、今は閣下の不便を取り除くことを優先したいのです」
執事の意見にリュシカも頷く。
「私は仕事だけしに来ているのでご安心ください! 一番は閣下に認められれることですが、たとえ激昂されても辞めろと言われるまで耐えてみせましょう!」
「おお、大変心強いです!」
会話が終わり、ちょうど公爵の執務室に着くと二人は目を合わせて頷き合い、口を固く結んだ。
「閣下。新しい代読係をお連れしました」
返事はなかった。
代わりに執事がドアノブに手をかける前に、内側からゆっくりと扉が開いた。
リュシカは公爵が魔法で開けたのだと思い、頭を下げたまま勇ましく大きな一歩を踏み出す。
ところが、次の瞬間、視界の端に磨き上げられた黒靴が飛び込んで急停止した。
(魔法じゃなくて人力だったー!)
驚いて顔を上げると、扉を押さえて立っていたのは公爵本人だった。
射すくめるような冷徹な眼差しに全身が凍りついた。




