第7話 仲間に裏切られて穴に落とされた件
勇者パーティは二手に分かれて森の中を移動していた。
目的はダークウルフの討伐である。
無論、この依頼はシャドウが偽造したものであり、二手に分かれたのも彼の作戦の一部である。
シャドウとナディアを信用している首領のホークは、カリーナとホーネットを引き連れて東へ向かった。
東にはシャドウが用意した農民のエキストラが、ホークたちの気を逸らし、足止めをしてくれることになっている。
ダークウルフは彼らのペットだ。討伐対象のモンスターではない。
一方、北に向かったシャドウたち。
先導するのはシャドウで、その後ろにレブル、彼が逃げ出すことを警戒して最後尾にナディアがいる。
――どうしたもんかなぁ……。
自分を嫌うシャドウとナディア。
そのふたりに挟まれながら、逃げられない状況に頭を抱えるレブル。
一体いつ攻撃を仕掛けてくるのか。攻撃に備えて臨戦態勢を取る。
何も起きないことを祈りたいが、そんなことはないだろうとレブルは確信していた。
この状況は、彼らにとって都合が良すぎるからだ。
「何か雑談でもします?」
緊張感をやわらげようと、レブルが口を開く。
少しでも打ち解けることができれば、なんとか和解できるかもしれない。
そう考えて放った一言だったが、言った後で後悔する。
「お前なぁ、調子乗ってんじゃねぇよ」
「……」
「ナディア、やれ」
背後から強烈な蹴りを食らうレブル。
ナディアの蹴りは背中に命中し、レブルを軽く吹き飛ばす。
反射的に全身に力を入れたため、骨折するようなことはなかったが、着地しようとした場所が悪かった。
「まさか――」
地面が落ちる。
着地のために足を踏み込むと、そのまま見せかけの地面が崩れ、深い穴が出現したのだ。
落とし穴だった。
人が10人は入れるほどの幅があるので、壁を伝って地上まで上ることはできない。
「ねえ、シャドウ。レブルが穴に落ちたんだけど」
「残念だ。俺たちじゃ助けられない」
「ほんと、残念」
20メートルはあるだろう。上から勝ち誇った表情で見下ろしてくるシャドウとナディア。
これまでに見たことがないほどの満面の笑みだった。
「楽しそうですね」
そんなふたりの様子を見て、素直な感想を述べるレブル。
ここで慈悲を求めたりしたところで、結果は何も変わらない。
そう考えると、最後くらいは余裕の発言で相手に屈辱を与えた方が気持ちよく息絶えることができるだろう。
「あ? ふざけてんのか? お前はもう助からない。誰も助けに来ることはないんだぞ」
「でしょうね。残念です」
「ばっかみたい。最後まで余裕ぶっこいて死ぬってわけ? ダサくない?」
シャドウとナディアから罵倒されるも、まったく気にしていないレブル。
彼の表情はいつも通り淡々としていて、屈辱や怒りを一切感じない。
焦り苛立つシャドウを、ナディアが睨む。
「この状況でこいつが助かるわけないし。あんたも馬鹿だね」
「うるせぇ。でもレブルのヤツ……最後まであんなすました顔しやがって」
「いいでしょ、別に。どうせ死ぬんだし」
ナディアはもうレブルに興味がないのか、それとも最初から興味なんてなかったのか、踵を返して落とし穴から遠ざかっていった。
近づきすぎても自分が落ちてしまう危険性が高まるだけである。
「ナディア、お前は先に行ってろ。レブルが魔獣に食われたって、泣きながら報告してこい。お前の演技力にかかってるからな。いいか、演技力だぞ!」
「いちいちうるさい」
「早く行け!」
最後に舌打ちをしたナディアは、シャドウをもう一度睨んでホークたちのいる東に向かった。
ダークウルフのいる場所は事前にシャドウから教えてもらっている。
残ったシャドウは最後の仕上げのため、落とし穴の底にいるレブルを見下ろす。
「シャドウさんは行かないんですか?」
「……お前はなんで……パーティに入れてもらえた?」
「え?」
唐突な質問に、戸惑うレブル。
だが、シャドウの表情に不安や躊躇があるのを、彼は見逃さなかった。
「俺はただ、ホークさんにスカウトされて――」
「そうだったなぁ。お前は最初からホークに気に入られて、すんなりパーティに入ってきやがった」
――それが気に食わなかったのかな?
レブルはシャドウの表情から嫉妬の原因を悟る。
だが、シャドウの嫉妬はそんな単純なものではなかった。
「俺がビクトリア剣術学園出身なのは知ってるか?」
「……はい」
「せっかく剣術学園に入学できたのに、俺には才能がなかった。誰からも注目されることなく、落ちこぼれとして毎日を過ごしてきた」
それはシャドウが学生だった頃のこと。
幼い頃、魔人に襲われて左目を失い、それ以来眼帯をつけて生きてきた。地元リューベックでは呪われた子と言われ、周囲の子供たちからいじめられることも多かった。
そして彼は憎んだ。
この世界の残酷さと、片目を奪った魔人を。
この世の理不尽と魔人、さらには魔王までも倒す存在、勇者。
シャドウはそんな勇者に憧れ、王都ビクトリアの剣術学園に入学する。
しかし――。
そこで待っていたのはさらに残酷な現実だった。
独眼である彼は、間合いの感覚や周囲の動きを正確に把握することが難しい。それが大きなハンデとなり、彼の成長を妨げる障害となっていた。
両親からも才能がないと言われ、同級生からは落ちこぼれだと言われた。
それでも、彼は剣術を磨くことをやめなかった。
「そして俺は首領に出会った。3歳しか変わらないのに、彼は強く、誰よりも勇者にふさわしかった」
「……」
「だから何度も頼んだんだ。パーティに入れてくれって。だがなかなか彼は頷かなかった」
地上と落とし穴の底では距離があったが、レブルにはしっかりと聞こえていた。
シャドウの声の震えや、感情の揺らぎも同時に感じ取ることができた。
「剣術学園を首席で卒業し、周囲に誇れるだけの実力を身につけた後、彼はやっと俺をパーティに入れてくれた……それなのに、お前は……」
レブルは何も言い返すことができなかった。
シャドウの言いたいことや不満がよく理解できたからだ。
何度も頼み込んでようやく認められたパーティへの参加。
正式メンバーではないバイトとはいえ、あっさりと採用されてしまったレブルは、確かに恨まれて当然の存在なのかもしれない。
だからといって穴に落としていいわけではないが。
「悪いな。もう後戻りはできないんだ」
シャドウは最後にそう言い残すと、用意していた巨大な岩を動かし、落とし穴に蓋をした。




