第38話 大先生として先輩をあっさり説得してしまった件
シャドウが抱く、魔族への憎しみ。
それは本物だった。
左目を失ったあの頃のことを思い浮かべながら、シャドウを地面に拳をぶつけた。
ホークも、レブルも、ベルタも。
何も言わない。
彼の気持ちを理解したような言葉をかけるわけにもいかなかった。シャドウの人生はシャドウしか経験していない。
ここに至るまで努力を重ね、過酷な道を乗り越えてきたのは全員同じだ。
だが、魔族との直接的な接点や因縁を持つのは、シャドウとレブルくらいだろう。
レブルは魔族と親しい位置にいるため、大先生と慕われていたとしてもシャドウからの反感を買ってしまう可能性は高い。
――パーティの首領として、オレはこの場をどう治めるべきなんだ……?
ホークは口を開けなかった。
シャドウの人生は詳しく知らないが、シャドウの苦労ならよく知っている。
勇者パーティに入るために何度も自分のところへ押しかけ、認められるために毎回実力を披露していた。
頼み込み13回目にして、ようやくホークはシャドウの加入を認める。
シャドウは決して優等生ではなかった。
誰かからスカウトされるような、秀でた才能の持ち主でもなければ、努力を重ねてもやっと周囲の実力に追いつく程度の若造だった。
それが今では勇者パーティの剣士として、自分に分け与えられた役割をしっかりとこなしている。
ホークはそんな努力家で負けず嫌いなシャドウを誇りに思っていた。
「あのー、俺っち、どうすればいい? 一旦帰る?」
「お前は黙ってろ!」
「あ、ごめん」
シャドウに怒鳴られ、謝る魔王。
この光景は明らかに異質である。
しかし、ロードキングとしてもこの状況は困ったものだった。
ヴァンパイアの自分が何を言ったとしても、シャドウの心には届かない。ここは人間の仲間に何とか説得してもらうしかないのだ。
実際のところ、シャドウ以外のメンバーに攻撃の意志はない。
それを感じ取っているからこそ、ロードキングは今後の展開がシャドウ次第だということに気づいていた。
助けを求めるようにレブルに視線を送る。
シャドウに声をかけるか迷っていた様子のレブルだったが、これをきっかけに口を開いた。
「シャドウさん、この世界には悪い魔族もいっぱいいると思いますよ」
「……」
「ロードキングさんには悪意がないので、ここで戦ってしまったら僕たちが悪人です。だから本当に悪い魔族を探して、全員でボコボコに倒してしまいましょうよ」
「そっか……レブル大先生の言う通りだな」
簡単なことだった。
魔族に憎しみをぶつけられないわけではない。
今回はたまたまいい魔族だったというだけの話だ。
レブルの言葉に、シャドウは納得してしまった。一度否定し、受け入れ、その力を認めた少年であるレブルからの一言。
それはシャドウにとって、他の誰からもらう言葉よりも大切なものだった。
「さすがはレブル。今回もレブルの大活躍で終わったということで、娯楽施設の建設事業を続けるとしますか」
淡々とそう言って、今度は森の奥に向けて合図を送るロードキング。
すると、100を超える魔族が一斉に開けた土地に集まった。
彼らは土木作業と建築作業を行う作業員。この土地を開拓したのも彼らだ。
「ホーク・ペレス、ギルドには私から報告しておこう。この件は私に一任してくれないか?」
「わかった。だが、勇者パーティの首領として、オレにも少しは責任を持たせてもらいたい」
「いいだろう」
ベルタとホークが握手をする。
これで魔王討伐任務は一件落着したかのように思えた。
全員の気が緩み、警戒心が解けたちょうどその時。
「「「「「――ッ」」」」
異変を感じ取ったのは、魔王、レブル、ベルタ、ホークである。
――何か来る!
「伏せろ!」
ホークが叫んだ。
早めに気づいたレブルたちは素早く地面に伏せることができたが、カリーナやシャドウたちは1秒遅れてしまう。
「魔王ロードキングはどこだ?」
遠くに吹き飛ばされてしまったカリーナたち。
工事のために集まった魔族も吹っ飛ばされ、残ったのはレブル、ロードキング、ベルタ、ホークだけになる。
「魔王ロードキング、俺様の前に出てこい!」
「魔王ロードキングは俺っちだけど」
突然の襲撃。
着地の衝撃だけで人体を吹き飛ばすほどの威力を放ったのは、体長2メートルを超える長身の男だった。
筋骨隆々で、肉弾戦が強そうな見た目をしている。
肌は紫で、濁った黄色い瞳。上半身はむき出しだ。
「我は魔王エレクトラ! ロードキング、いいのか? ヴァンパイアなのに地上に出て」
ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら、挑発してくる男。
見た目は魔人のテンプレート通りで、魔王と言われても違和感はない。
どうやら、魔王ロードキングを倒すためにやってきたようだ。
「俺っちが弱体化したところを狙って攻撃を仕掛けようとか、そういう感じで来たの?」
しけた表情のロードキングが聞く。
彼らに面識はなかったが、魔王として、近くの領地を治める魔王の名くらい知っている。
魔王エレクトラは、ロードキング領の隣の土地を支配する魔王だ。たまにモンスターをロードキング領に送り込んでくるのは、実はエレクトラの仕業である。
「当然だ! この状態で戦えば、我は簡単にお前の息の音を止めることができる」
「確かに、やる気は満々みたいだね。それって心臓に打ち込む杭? 十字架とか持ってるし、その水筒に入ってるのは聖水かな」
「そうだ! 事前に対策をして何が悪い! 我は戦略を立てて戦う賢い魔王なのだ!」
「自分で言っちゃうと馬鹿っぽくなるけど、いいの?」
「いや……とにかく、お前の勝率はゼロパーセント! 領地を我に譲ってもらえるのなら、見逃してやってもいい」
杭を構えながら、自信満々な様子でロードキングに提案する。
「ところで、この連れはお前の部下か? なんで吹っ飛ばされていない?」
エレクトラがロードキングの周囲に立っている3人を見て問う。
黒髪の少年はニヤッと笑い、ピースサインを見せた。
「この3人は厄介だよ。特に金髪の少年は、俺っちの手にも負えない」
槍を構えるベルタとホーク。
そして、金髪の少年は。
魔王エレクトラを前に、拳を構えた。




