第36話 結婚の申し込みをあっさりと断った件
もしかしたらこの少年は只者ではないのかもしれない。
そういう雰囲気が、パーティ全体に漂っていた。
少なくともまだ、攻撃に移ろうとしたり警戒しすぎたりすることはない。
まだ彼が魔王ではない可能性の方が高いと思っているからだ。
とはいえ、ナディアは少年が普通のヒューマンではないことに気がついた。すっかり可能性から排除していたある種族。
ヴァンパイア。
彼の色白な肌と、笑顔を見せた時に視界に入る短い2本の牙。
「ホーク、この子、ヴァンパイアじゃない?」
「ヴァンパイア?」
ナディアの指摘を受け、少年を再び観察するホークたち。
しかし、仮にこの少年がヴァンパイアであるとすれば、ある矛盾が生じてしまう。
「あ、太陽の光のこと? 言いたいことはなんとなくわかるよ。なんでヴァンパイアなのに、日の光のもとで活動できてるんだって話だよね?」
「……」
「俺っちはヴァンパイアでありながら、魔王もしてるんだ。魔王になれるくらいだから、そこら辺のヴァンパイアとは格が違う」
「……つまり、日光にも耐えられるようになったヴァンパイアだと言いたいのか……?」
「その通り! まあでも、ほんの少し弱体化しちゃうけどね」
「そんなことを、敵であるオレたちに向かって言ってもいいのか?」
「敵って言われても……俺っちは別に何とも思ってないし」
無防備であることを示しながら、構えずに話を続けるロードキング。
この時点で、ホークは彼が本当の魔王であると謎の確信を持った。
そしてそれは、シャドウも同じだ。
「何とも思ってないだと……? それならどうして、人間を襲うんだ?」
彼の眼帯をつけていない方の右目はきつく少年を睨んでいる。
シャドウが左目を失ったのは、魔族に襲われたからだ。そのせいで、彼は呪われた子としての幼少期を過ごした。
それはどこまでも孤独だった。
勇者パーティに入ったのは、自分を苦しめた魔族を撲滅するためだ。
魔族や魔王に対する憎しみが、彼を勇者パーティのメンバーにするほどまでに成長させていた。
憎しみのこもったシャドウの琥珀色の瞳。
それを見て、ロードキングと名乗る少年は溜め息をつく。
「勘違いしないでほしいけど、俺っちは魔族全体を支配しているわけじゃないし、自分の領地に住んでいる魔族には平和主義を掲げてもらってる。だから、俺っちに憎しみをぶつけられても困るよ」
「そう言って、俺たちから逃れようとでも思ってんのか!」
「いやいや、逃げるとか戦うとか、俺っちは嫌だからね。とりあえず、魔王軍のテーマパークを作るから、この土地の開拓は許してほしいな」
「ふざけるな! 魔族が人間の土地を荒らしていいはずがない!」
「荒らしてるわけじゃないって。娯楽施設だから、人間のみんなも遊びにきていいよ。セレスト王国の港町をテーマにした、穏やかな雰囲気のテーマパークで――」
「もういい! レブル大先生、こいつをやってくれ!」
シャドウは止まらない。
もう彼は、少年が魔王かどうかなど気にしない。
少年がヒューマンではなく魔族の一員であるとわかった以上、これまでの憎しみの全てをぶつけるつもりだ。
「シャドウ、かっこ悪いと思わないわけ? それだけ相手が憎いなら、自分でやったらいいでしょ! レブルに押しつけんなっての」
「それもそうか。すまねぇ、レブル大先生。ここは俺が――」
「一旦落ち着きましょうよ。話せばわかり合えるかもしれないし」
「悪いな、レブル大先生。俺のためを思って言ってくれてるのかもしれないが、こればかりは我慢できない」
そう言って、ロードキングの方へ接近するシャドウ。
もうすでに剣を抜き、戦闘態勢に入っている。
「待て、シャドウ。下手に刺激しない方がいい。相手が温厚なうちは、こちらも冷静に――」
「うぉぉぉおおお!」
「よし、Bに移ろうか」
ボソッと魔王が言う。レブルにだけは聞こえていた。
レブルはさっとシャドウとロードキングの間に入る。
「わかりました。まずはバイトの僕が魔王と戦ってみます」
「レブルちゃん、やっぱり危険だと思うわ。相当な魔力が――」
「大丈夫だよ、カリーナお姉ちゃん」
「お姉ちゃん――ッ! この戦いが終わったら、結婚しましょうね」
「それはお断りさせてもらうよ」
レブルが前に出る。
ホークはその様子を黙って見ていた。カリーナのように制止しようとはしない。
自分が知る限り最強の少年VS魔王を名乗る少年の戦い。
この結末を見届けたいと思ってしまった。ひとりの戦士として。
「おっ、誰かと思ったら、少年じゃないか。俺っちと戦うつもりなの?」
「弱体化してるみたいだし、今がチャンスだと思うから」
「確かに、俺っちを倒すなら絶好のチャンスだね」
「えい」
黒髪の少年の頬を優しく撫でる、金髪の少年。
「うわぁぁぁあああ!」
ロードキングが大袈裟に発狂し、地面に倒れ込んだ。
「ま、まさか……こんなに強い人間がいたなんてぇ……」
――大根役者すぎる……。
レブルはロードキングの演技力の低さに驚いたが、ロードキングは思っていた以上にレブルが殴ってこなさすぎてびっくりしていた。
撫でろと自分で言ったものの、殴るふりくらいはしてくると思っていたのだ。
本当に文字通り撫でてくるという展開は予想外である。
「レブル、これはどういうことだ?」
困惑した様子でホークが聞く。
いろいろと聞きたいのはレブルの方であり、ロードキングの方だ。
お互いに困惑しながら顔を見合わせ、再び戦闘の構えを取った。
「今度ももう少し強く頼むよ」
「了解」
他の誰にも聞こえないほどの小さな声で意思疎通する。
今回、レブルはそれなりに強めに魔王を殴った。
「――ッ! 痛っ!」
頬を手で押さえながら、涙目になるロードキング。
衝撃は周囲にも広がり、その場にいた全員を吹き飛ばす。
口から血を流しながら、レブルを見つめるロードキング。
「俺っち弱体化してるって言ったじゃん。もう少し優しくしてよ」
「……すみません」
しかし、これで演技にリアリティが出た。
このまま地面に仰向けで倒れ、死んだふりをする魔王。
「倒したのか?」
「どうでしょうね」
ホークたちが戻ってくる。魔王が死んだとは思えないホークは、倒れている少年に近づき、頬をツンツンし始めた。
最初は我慢していたロードキングも、次第にくすぐったくて我慢できなくなる。
「ねえ、ちょっとくすぐったいって」
「元気そうだぞ」
「あ、これはまずい……よし、作戦Cで行こう!」
この言葉は勇者パーティの全員に聞こえていた。




