第2話 王都最強盗賊団のボスをチンピラだと勘違いしていた件
ふたりの男が、気絶したアイシスと気絶していないレブルを運ぶ。
無論、レブルが気を失っておらず冷静に周囲を観察していることなど、誘拐犯たちは知らない。
「このガキはどうする? 目的はアイシス嬢だけだぞ」
「拠点に戻ってからボスに聞けばいいだろ」
走りながら繰り広げられる誘拐犯たちの会話。
気絶したふりをしながら、レブルは全てを聞いていた。
しばらくして、レブルたちは馬車の荷台に放られる。
「お前はこいつらを見張ってろ。そのうち起きるかもしれねぇ」
片方の男が馬を操作し、もう片方の男が人質のふたりを見張る。
馬車で待っている人がいなかったことから、誘拐のために送り込まれたのはこのふたりだけだろうとレブルは判断した。
――どうせアイシスを人質に取ってお金取ろうとか考えてるんだろうし……。
レブルにとって、この誘拐犯ふたりは脅威ではない。
王都の街であっても、夜の裏道には悪さをするようなチンピラがいるのが普通だ。
「……あれ?」
荷台に放られた衝撃からか、それともガタガタ揺れる馬車の振動からか、気絶していたアイシスが目を覚ました。
レブルとしてはそのまま気を失っていてくれた方がありがたかったが……こればかりはしかたない。
「やっと起きたみたいだなぁ、アイシスお嬢さん」
「あ、あなたは……」
見張りの男の顔を見て、ハッとするアイシス。
その顔は次第に絶望の表情へと変わっていく。
――王都最強の盗賊団、ストレイキャット……。
彼女は知っていたのだ。自分を誘拐した男たちが何者なのかを。
「そんな……」
確認するまでもない。
ストレイキャットと呼ばれる盗賊団は、王都最強の盗賊の集まりだ。
総勢15名のエリート盗賊たちが集まり、殺しはせず、目標を確実に盗むことをポリシーに活動している。
そして、今回のターゲットこそ、貴族令嬢であるアイシスであった。
彼女はあくまで人質で、本来の目的は金と、フィリシン家に代々伝わる家宝である。
レブルの推測は間違いではなかった。しかし、彼らはチンピラなどではなく、盗賊の中の盗賊であり、盗みにおけるプロであること。これは想定外である。
無論、レブルがそんなことを知る由もなく、アイシスが絶句することでこの場の会話はなくなってしまった。
一応レブルはまだ気絶したふりを続けている。
馬車が停まったのは、王都を出て東に向かった先にある森の奥の拠点。
城塞都市である王都ビクトリアから馬車で逃亡することは困難だ。
だが、彼らプロの盗賊は、監視のない秘密の抜け道をいくつか発見している。
「おい、起きろ」
脇腹を蹴られ、ゆっくりと目を開けるレブル。
実のところ、馬車での移動が2時間にも及んだため、すっかり寝てしまっていた。
「んー、あ、僕誘拐されたのか」
黒づくめの男の誘導に従い、静かに立ち上がる。
アイシスの表情は暗く、希望を完全に失っていた。
――それもそうか。アイシスにはチンピラに対抗する力がないし。
学術学園では、剣術などの武術を教わることはない。その名の通り、学術を極めるのが学園の方針であり、剣術を磨きたいのであれば勇者学園に行けばいい。
優等生とはいっても、体を使って戦う術には長けていないのだ。
「レブル……ねえ、聞いてる?」
「聞いてるよ」
盗賊団の拠点に向かって歩きながら、小声でレブルに話しかける。
幸い、前を歩く男ふたりには聞こえていなかった。
レブルも小声で返事をして、眠そうな碧眼でアイシスを見た。
「あんた、これからどうするつもり?」
「ん?」
「今がどんな状況がわかってるの?」
「誘拐されたみたいだね」
平然と答えるレブル。その危機感のなさに、アイシスは唖然とした表情でさらに絶句した。
――わたしがどうにかするしかないわね……。
役に立たない学年1位の男に、軽蔑の視線を送る。
この状況でまったく動揺しないなど、ある意味狂人のメンタルだと感心したが、頼りにはならなそうだと判断したのだ。
「あの、すみません」
「あ?」
ここで、いきなりレブルが前の男ふたりに声をかけた。
空気を読まない気の抜けた声に、誘拐犯のふたりが怪訝な顔をする。
「今からボスのところに行くんですか?」
「……そうだ」
「わかりました。よろしくお願いします」
安心したように胸を撫で下ろすレブルに、アイシスを含めた3人は顔をしかめた。
「レブル、まだ夢の中だと思ってる? ここは現実なのよ! 現実!」
「ちゃんとわかってるよ」
「だったらもっと危機感持ちなさいよ」
「僕はこれから用事があるんだ。遅刻しないかヒヤヒヤしてるところだよ」
「はぁ? 用事のために解放してもらえるわけないでしょ! もしかしたら一生ここで暮らすことになるかもしれないのよ!」
「それはないね」
どうやら、何を言ってもレブルには通用しないようだ。
そう悟ったアイシスは、不貞腐れたような表情で黙り込んだ。
一方、レブルを誘導する誘拐犯たちもまた、マイペースを貫くレブルの態度に呆れていた。
「きっと、こいつは知らないんだろ。俺たちのことも、この世界が弱肉強食であるということも」
「哀れなガキだ」
木材で建てられた隠れ家のようなアジトに案内されるふたり。
広々とした中庭のような空間を抜け、ソファと机が置かれた部屋に足を踏み入れる。
――チンピラにしては、立派なところに住んでるじゃないか……。
充実していそうな居住空間に、少しの嫉妬を覚えるレブルだった。
彼が住んでいるのは家賃の安いオンボロ物件の1番狭い部屋である。
優等生ということで学費はある程度免除されているものの、教材や実験器具、食堂での食事代など、出費は意外と多い。家賃はできるだけ節約したいのだ。
「それで、この人がボス?」
無遠慮にレブルが指さしたのは、豪勢なソファに腰掛ける切り傷だらけの巨漢である。
部屋全体に放たれる圧倒的なオーラ。
それを全身で感じるアイシスの体は小刻みに震えていた。
彼らを連れてきた男は、青ざめた顔でレブルを睨みつける。
「イ、イブ様に対して無礼な真似を――」
「構わん」
盗賊団ストレイキャットのボスは、たった一言で、全体を黙らせた。
イブと呼ばれた巨漢は、太くて低い声を発していた。
「お前、腕に相当な自信があるようだな」
「別に自信があるというわけではないですけど」
平然と答えるレブル。
「言葉にまるで緊張感がない。それは自信から来るものではないのか? それとも、怯えすぎて感覚が狂ったか」
「そう言われてもなぁ……」
――チンピラを相手にするくらいで緊張しないだろ、普通。
レブルの目には、イブという巨漢さえもチンピラに映った。
彼の放つオーラなど、大したものではない。
普段から勇者パーティや魔王軍でバイトをしているレブルにとって、盗賊団のボスが放つオーラなど、チンピラのそれに過ぎなかったということだ。
「レブル、何か策があるのよね?」
「別にないけど」
「じゃあなんでそんなに余裕なの? この男は――」
「話しすぎだ」
アイシスの言葉をイブが遮る。
ビクッと肩を震わせるアイシス。盗賊団のポリシーは知っていたため、殺されることはないだろうなとは思っていたが、この巨漢を前に楽観的な考えはできない。
「盗みのターゲットはお前だ、アイシス・フィリシン」
ソファから立ち上がり、アイシスを睨みつけるイブ。そして、次にその視線はレブルへと向いた。
「お前は面白いガキだが、少々調子に乗りすぎている。弱い者が出しゃばろうとするとどうなるのか、わからせてやろう」




