第1話 貴族の令嬢と一緒に誘拐された件
「レブル、今度の期末試験、勝負しなさい!」
ここはセレスト王国。
王都ビクトリアにある名門、ビクトリア学術学園の講義室に、強気な女子生徒の声が響き渡った。
その声の向かう先は、疲れた表情で教科書を鞄に入れている少年、レブル・コスキート。
切れ長の碧眼に、女子も羨むさらさらの金髪。
小さな溜め息をついたその小柄な少年は、落ち着いた声で言葉を返す。
「いつも勝負してるじゃないか。わざわざ言いに来なくても、結果は貼り出されるし、どっちの点数が高いかなんて――」
「余裕ってわけね。いいわ」
「話聞いてる? 僕は余裕で勝てるなんて一言も――」
「確かにあんたは毎回学年1位で、わたしは2位かもしれない。でも、今回は完璧な試験対策をしたの。全科目満点を取って、あんたを敗北させるつもりよ」
水色のミディアムヘアを揺らす少女、アイシス・フィリシン。
彼女の言う通り、この学術学園の6年生で最も優秀な生徒はレブルだ。
そして、アイシスはいつもレブルに負けていた。
そのたびに屈辱を感じて対抗心を燃やしてきたわけだが、ここに来てようやく、レブルに勝つ自信を身につけたようだ。
レブルはその様子を見ても焦る様子はない。アイシスにはそれが、余裕のアピールに映った。
「そんな顔をしてられるのも今だけよ。覚悟しておきなさい」
勝ち誇った笑みでそう言い捨て、アイシスは講義室を出ていった。
授業が終わってリラックスしていた生徒たちは、アイシスとレブルのやりとりを見て言葉を交わす。
『今回の勝負、どっちが勝つのかな?』
『もちろん、レブル君が勝つでしょ』
『そうかな。アイシスさん、自信あったみたいだし……』
一部の生徒の間では賭けも行われているようだが、レブルは無関心を貫く。
わざと気にしないようにしているわけではなく、純粋に興味がないのだ。
――今日もバイトか。
アイシスが去ってから少しして、レブルも席を立ちあがる。
もう授業も終わって放課後だ。
これから彼はバイト先に向かわなくてはならない。
「お疲れ様でした」
「おう、レブル。今日も助かった。どうだ、これからは正式なパーティメンバーとして――」
「またまた~」
レブルのバイトとは、勇者パーティへの臨時加入だ。
それも、王国で知らない者はいない、槍使い勇者ホーク・ペレス率いるパーティである。
今日の任務は王都周辺に現れたレッドドラゴンの討伐だった。
何千人もの軍隊で連携して戦い、ようやく倒せるような凶暴なモンスター。
そんなレッドドラゴンを、ホーク率いるパーティはレブルを含めたったの6人で倒してしまったのだ。
――ホークさんはいつもお世辞ばっかり言うな。
いつものようにレブルを正式メンバーに入れようとするホーク。
パーティの首領はホークなので、彼の判断でレブルを正式メンバーにすることができる。しかし、レブルはそれを毎回断っていた。
明らかに今よりも待遇は良くなり、生活も安定するどころか、遊んで暮らせるだけの富と名声が手に入るというのに。
「レブルちゃん、ホークさんも私も本気なのよ」
「カリーナさんも冗談が上手いね」
「もう、いつになったら信じてくれるの?」
レブルの金髪を撫でながら、柔らかい巨乳を当て続けるのは魔術師のカリーナ・リストン。
緑色の長髪をポニーテルにした、レブルより1歳上のお姉さんだ。
頭を撫でていたカリーナの手はいつの間にかレブルの臀部に伸びている。
「いつも言ってるじゃない。お姉ちゃんって呼んで、って」
「呼んだら僕のお尻さわるのやめてくれる?」
「バレちゃった」
ペロッと舌を出しながら、レブルを抱きしめるカリーナ。
18歳とパーティでは最も若いカリーナも、17歳のレブルの前ではお姉さんでいられる。
「調子に乗りやがって」
「ちっ」
リーダーと美女にちやほやされるレブル。
そんな幸運な少年に冷たい視線を向けていたのは、同じパーティメンバーのシャドウとナディアだ。
シャドウの悪口とナディアの舌打ちは、距離があったこともありホークたちの耳には入らなかった。
しかし――。
――嫌われてるなぁ……。
地獄耳のレブルには、ふたりの悪態も綺麗に聞こえていた。
王都の夜道をひとりで歩く。
レブルは周囲の視線になるべく映らないよう、裏通りを選んで歩みを進めていた。
勇者パーティでのバイトは終わったが、夜にはまた別のバイトが入っている。
これは勇者パーティのメンバーには絶対に知られてはいけないことだし、王国政府の関係者や学術学園の関係者にバレてしまえば、拘束されて拷問を受ける可能性が極めて高いことだ。
だからこうして、気配を消して夜道を移動する。
発展した王都であっても、夜の裏通りは薄暗く、気味が悪い。
「ん?」
突然足を止め、顔をしかめるレブル。
その視線の先には、見覚えのある水色の髪が。
毛先を外ハネにしたミディアムヘアに、可愛らしいベージュのカチューシャ。
間違いない。昼に宣戦布告してきた、同級生のアイシス・フィリシンである。
「アイシス?」
「あ、やっぱりあんただったのね、レブル!」
「何のことだい?」
アイシスはハッとした表情で、レブルを指さす。
彼女の手には、薄汚れた紙切れが握られていた。
「それのこと?」
「そうよ。あんたじゃないの? これ書いたの」
「”夜11時、カリプソ通り3丁目の裏路地にて”」
アイシスから紙切れを奪い取り、書いてある文を読み上げるレブル。
「残念ながらこれは僕じゃない。きっと別の人のいたずらだと思うけど、ここは危険だからすぐ帰った方がいいよ」
「あんたに心配されるつもりなんてないわ」
「そうかい」
面倒な女だなと、しけた顔を見せるレブル。
するとその時――。
「きゃっ――何よ!」
「おや?」
ふたりの顔に布が当てられ、後ろから首を絞められる。
抵抗する力を持たないアイシスは即気絶。
レブルは気絶せず、冷静に状況を分析していた。
――これは……アイシス狙いの犯行だろうなぁ……。貴族の令嬢って大変だ。
とりあえず気絶したふりをして、襲ってきた何者かに運ばれてみる。襲撃犯はふたりのヒューマンで、闇に溶け込むような漆黒の鎧を装着していた。
ヤツらはまだ、レブルが素直に気絶していると思い込んでいる。
正体不明の襲撃犯を前に、彼は一切動じない。
それはなぜか。
――まあ、誘拐されたっていうのはバイトに遅刻した言い訳になるよね。
レブルは誰もが恐れるである魔王軍でバイトしている。さらには、王国最強の勇者パーティでもバイトをしている。
彼にはそこら辺のチンピラを恐れる必要などないのだ。
――こいつらのボスをボコボコにして、魔王軍幹部に証拠として見せつけようかな。
暗闇の中で、レブルは不敵な笑みを浮かべた。




