第08話 発見
「何度もこの道具で仲間を癒した」
――薬師の治療道具について
「俺は王座なんかいらない。ただ、自分の足で立ちたかった」
――冒険者シオンの手記より
誰も動かなかった。
静寂の中に横たわる五つの影。
壁の薄い発光に照らされた輪郭が、人の形をしていることは疑いようがなかった。
ゼノが一歩踏み出した。
「全員、俺の後ろにつけ。リア、探知を維持しろ。カイ、周囲を警戒」
ゼノの声が、静寂を破った。
低く、強い声だった。
全員が動いた。
カイが周囲の暗がりに目を走らせ、マルクが両手剣の柄に手をかけたまま前に出た。
リアは壁に手を当て続けている。
ノアが私の隣に並んだ。
五つの影に近づいた。
最初に見えたのは、装備だった。
剣。
盾の残骸。
そして防具——壊れてはいるが、冒険者のものだ。
その中に、人がいた。
五体の遺体が、崩れた石の下に横たわっていた。
一部は天井の崩落に巻き込まれている。
別の遺体は壁際に倒れ、焼け焦げた跡が周囲に広がっていた。
手帳を開いた。
手が震えていた。
深呼吸をして意識して抑えた。
記録を取る。
それが私の仕事だ。
『中層奥のフロアにて遺体五体を発見。崩落した天井の下、壁際に散在。装備品から冒険者と推定される。周囲に複数のトラップが発動した痕跡——壁の亀裂、天井崩落、焼け焦げ。モンスターの痕跡はなし』
調査記録を思い出した。
「黄昏の灯火」は五人のチームだった。
シオン、騎士、斥候、魔術師、薬師。
五体。
数が一致する。
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ゼノが遺体の近くで片膝をついた。
「……装備を確認する。エイル、照合してくれ」
頷いた。
一体ずつ、確認していく。
遺体には触れない。
装備と身体的特徴を目視で記録し、調査記録と照合する。
最初の遺体。
大柄な体格。
重い鎧の残骸。
右手に片手剣が握られたままだ。
カイが少し離れた場所から、砕けた盾の破片を見つけた。
片手剣と盾——調査記録にあった騎士の装備と一致する。
「騎士です。シオンの幼馴染で、前衛を務めていた」
手帳に記録した。
二体目。
身軽な装備。
腰に短剣の鞘。
壁際に倒れている。
「斥候。先行偵察と罠の解除を担当していた」
三体目。
焼け焦げた杖を、まだ握っていた。
魔術師特有のローブの切れ端。
「魔術師。支援を担当」
四体目。
腰に薬袋を下げている。
そして——その周囲に、治療道具が散乱していた。
軟膏の壺が割れ、薬液の瓶が転がっている。
包帯の巻きが解け、石の床に白い布が広がっていた。
薬袋から飛び出した中身だ。
常に身につけていた治療道具——使い込まれ、何度も手入れされてきた道具だ。
(……何度もこの道具で仲間を癒した)
ノアが四体目の遺体の近くで足を止めた。
散乱する治療道具をじっと見つめている。
「……これは、良い道具です」
ノアの声は小さかった。
「軟膏も薬液も、全部手入れが行き届いている。日常的に使っていた人の道具です」
同業者の目だった。
薬師の腕を、残された道具から読み取っている。
手帳に記録した。
『四体目の遺体周辺に治療道具が散乱。軟膏、薬液、包帯。いずれも使用頻度が高い。薬師と推定される』
そして——五体目。
他の四人からやや離れた位置に倒れていた。
剣が手元に落ちている。
防具は軽装で、指揮官の位置にいたことを示す装備だ。
調査記録の情報と照合した。
シオン。
「黄昏の灯火」のリーダー。
剣士。
「……シオンです。装備と体格が記録と一致します」
ゼノが無言で頷いた。
その視線はシオンの遺体に留まっていた。
全員の身元を確認した。
五人。
「黄昏の灯火」の全員が、ここにいた。
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リアが遺体から少し離れた場所に立っていた。
壁に手を当てたまま、微動だにしない。
表情が強張っている。
昨夜、拠点で「穏やかに過ごしていた」と言った時の静かな声とは違う。
全身が硬くなっている。
「リア」
ゼノが声をかけた。
「……強い。ここの残留感情が、強すぎる」
リアの声が震えていた。
「……痛みと、恐怖と、それから——絶望——」
リアが言葉を切った。
目を閉じ、小さく息を吸った。
「……もう、大丈夫です」
ゼノが私に目を向けた。
「エイル、現場の記録を続けろ。カイ、周囲をもう一度確認してくれ」
カイが広間の端へ走った。
私はフロア全体を見回した。
壁に走る亀裂。
天井の崩落跡。
床の石畳が割れ、焼け焦げた痕が広がっている。
ダンジョンのトラップだ。
壁の機構が見える。
矢を射出する穴が複数開いている。
天井の落石装置が作動した跡。
床の一部が陥没している。
上層や中層で見てきたトラップとは規模が違う。
複数のトラップが、同時に発動したように見えた。
(……同時に?)
これまで見てきたトラップは、一つずつ独立していた。
圧力板を踏めば矢が飛び、特定の石に触れれば天井が落ちる。
一つの動作に一つの反応。
それがダンジョンのトラップだ。
しかしここでは、複数の種類のトラップが一斉に発動している。
そんなことが自然に起きるものだろうか。
そしてもう一つ——モンスターの痕跡がない。
この静寂のフロアに入ってからずっとそうだ。
モンスターの気配は一切ない。
トラップの異常な発動。
モンスターの不在。
このフロアは、何かがおかしい。
残骸の中を注意深く見て回った。
破損した装備品、散乱した持ち物。
その中に——短い刃物が一本、石の床に落ちていた。
鞘はない。
刃は薄く、長さは手の長さほど。
戦闘用の武器ではない。
何かの道具か、あるいは——。
記録した。
『残骸に紛れて短い刃物を一本発見。鞘なし。刃は薄く短い。戦闘用の武器ではない。用途不明。遺留品として記録する』
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カイが戻ってきた。
手に何かを持っている。
「ゼノ。シオンの荷物の中にあった」
革の手帳だった。
シオンの遺体から少し離れた場所に、下ろされた荷物が残っていた。
その中に入っていた。
ゼノが手帳を受け取った。
開いて、最初のページを見た。
次のページ。
さらに次。
ゼノの目が止まった。
表情が僅かに変わった。
いつもの冷静さとは違う——何かに触れた顔だった。
「……エイル。読め」
ゼノが手帳を差し出した。
受け取り、開いた。
最初の数ページは探索の記録だった。
日付、ルート、モンスターの種類。
ギルドに提出された報告書と同じ内容が、もう少し個人的な文体で書かれている。
シオンの手帳だった。
途中から、記録以外の文章が混じり始めた。
仲間のこと。
騎士が盾を新調した日のこと。
斥候が珍しい石を見つけて持ち帰った話。
魔術師が風邪を引いて、薬師が薬を調合してやったこと。
日常の記録だ。
六年間このダンジョンに通い続けた人間の、飾らない言葉。
そして——あるページで、手が止まった。
『俺は自分の血筋を知っている。王位継承権があるということも。だが、だからどうした。俺は王座なんかいらない。ただ、自分の足で立ちたかった。冒険者として、このチームで、このダンジョンで。それだけだ』
(……俺は王座なんかいらない。ただ、自分の足で立ちたかった)
手帳を閉じた。
シオンは知っていたのだ。
自分が何者であるかを。
王位継承権第二十位——それを知った上で、冒険者として生きることを選んだ。
六年間、同じダンジョンに通い続けた理由が、この手帳の中にあった。
王座から離れ、自分の足で立つ場所。
それがこのダンジョンだった。
ゼノの表情が硬いまま戻らない。
「……王位継承権を本人が認識していた、か」
ゼノが低く言った。
独り言のような声だった。
「記録します」
『シオンの手記を発見。探索記録のほか、個人的な記述あり。王位継承権を本人が認知していたことが判明。冒険者として生きる意思を記している。チームの日常についても詳細な記録あり』
手帳を手記と一緒に遺留品としてまとめた。
フロアを見渡した。
五体の遺体。
散乱する治療道具。
複数のトラップが発動した痕跡。
短い刃物。
シオンの手記。
事実は揃い始めている。
だが——何かが引っかかっていた。
まだ言葉にできない。
微かな違和感が。




