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沈黙の迷宮 ― 王族失踪事件  作者: 智信
第一部

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第03話 合流

 翌朝、ギルドの正門前で待ち合わせた。

 約束の時刻より少し早く着いたが、五人の冒険者はすでに揃っていた。

 重装備の男が二人、軽装の男が一人、ローブの女が二人。

 全員が武装している。

 私だけが、革鞄一つだ。


「お前がエイルか」


 声をかけてきたのは、盾と片手剣を背負った大柄な男だった。

 ゼノ。

 金ランク。

 「暁の帰還」のリーダー。

 記録で見た印象より、威圧感がある。

 厚い胸板、日に焼けた肌。

 目つきは鋭いが、冷たくはない。


「調査士のエイルです。今回の任務に同行します」


「ゼノだ。聞いてる」


 短い。

 必要なことだけを言う人間だと、すぐにわかった。


「紹介する。マルク」


 ゼノが顎で示した先に、両手剣を背負った男が立っていた。

 背が高く、姿勢がまっすぐだ。

 軍隊の訓練が身体に染みついているのが見て取れた。


「マルクだ。前衛を務める。戦闘になったら俺たちの後ろにいてくれ、調査士殿」


 実直な声だった。

 言葉に飾りがない。


「カイ」


 次に示されたのは、軽装の男だった。

 短めの髪に、動きやすい革鎧。

 腰に小剣と道具袋を下げている。


「よう、調査士殿。カイだ。先行偵察が専門。罠にはちょっとうるさい」


 軽い口調。

 五人の中で最も表情が柔らかい。


「リア」


 フードを深く被った女性が、小さく頷いた。

 それだけだった。

 目が合った一瞬、何かを読み取るような視線を感じた。

 すぐに逸らされた。


「ノア」


 最後に紹介されたのは、穏やかな顔立ちの女性だった。

 腰に薬袋を下げ、杖を手にしている。


「ノアです。治療師をしています。体調のことでも何でも、気になることがあればすぐ言ってくださいね」


 柔らかい声だった。

 五人の中で唯一、笑顔を見せた。


(……記録通りの構成だ)


 前衛二人——ゼノが盾、マルクが攻撃。

 偵察のカイ、探知と支援のリア、回復のノア。

 バランスの取れた編成。

 そして、ダンジョンで何度も全員生きて帰ってきたチーム。

 この五人に、私が加わる。

 六人目。

 戦闘力のない調査士が一人。


---


 ギルドの控室を借りて、任務の概要を共有した。

 テーブルの上に調査記録を広げる。


「対象は冒険者シオン。銀ランク。チーム『黄昏の灯火』のリーダーで剣士。三週間前に探索届出を出して沈黙の迷宮に入り、未帰還です。チーム全員、五名が行方不明」


 ゼノが腕を組んだ。


「五人同時に、か」


「はい。『黄昏の灯火』は届出も報告書も毎回欠かさず提出するチームです。それが途切れている。通常は一週間以内に帰還していたので、二週間以上の未帰還は明らかな異常です」


 地図を広げた。


「これが『黄昏の灯火』が作成した沈黙の迷宮の地図です。上層から中層までの構造が記されています」


 ゼノが地図に目を落とした。

 太い指が中層の端をなぞる。

 「拠点」と書かれた部屋で止まった。


「ここまでは踏破済みか」


「六年間、主にこのダンジョンで活動していました。地図の精度は高いです」


「六年で中層まで。慎重なチームだな」


 ゼノの指が、地図の端——白紙の部分に移った。


「中層の先は?」


「白紙です。最深部の構造は不明」


「……」


 ゼノが地図から顔を上げた。

 私は調査記録の隣に置いていた通達書を示した。

 任務の背景を共有しておく必要がある。

 ゼノがそれを手に取り、目を通した。

 王位継承権第二十位。

 その一行で、ゼノの目が僅かに細くなった。


「政治的に面倒な案件だ」


 静かな声だった。

 警告ではない。

 確認だった。

 自分自身への。


「王位継承権の件が、ギルドが調査を出した理由です。通常なら——」


「わかってる」


 ゼノが遮った。


「冒険者が消えてもギルドはいちいち調査しない。が、王族の血が絡めば話は変わる。……前にもあったな、こういうのは」


 それ以上は言わなかった。

 政治的な面倒事に巻き込まれた経験がある——昨日読んだ調査報告の注記を思い出した。

 ゼノはすでに、この任務の匂いを嗅ぎ取っている。


「まあまあ、堅い話は後にしようぜ」


 カイが両手を広げた。


「まずはダンジョンに行って、見てくるのが先だろ。調査士殿の記録は助かるが、現場を見なきゃ始まらねえ」


「……それは同感です」


 推察は事実の後だ。

 カイの言葉は、私の調査方針と一致していた。


「エイルさん、ダンジョンに入った経験はありますか?」


 ノアが訊いた。


「現場検証で二度ほど。ただし、上層の安全な区域だけです」


「了解。ダンジョンの空気は長時間いると人を消耗させます。体調が変わったら、遠慮せずすぐに教えてください」


「ありがとうございます」


 リアは、一言も発しなかった。

 テーブルの上の地図をじっと見つめていた。

 中層の先——白紙の部分に。

 何かを感じているのか、考えているのか。

 フードの奥の表情からは読めなかった。


---


 ギルドを出て、沈黙の迷宮へ向かった。

 街を抜け、街道を東に進む。

 ダンジョンは街から半日ほどの距離にある。


 歩きながら、自然と会話が生まれた。

 といっても、話しているのはほとんどカイだった。


「沈黙の迷宮か。俺は初めてだな。リーダー、前に行ったことあるか?」


「ない。だが評判は聞いている。中規模で構造は安定している。上層なら訓練に使う冒険者もいるらしい」


「六年も同じダンジョンに通い続けたチームがいるぐらいだからな。よっぽど居心地がいいか、よっぽど何かがあるか」


 カイの言葉に、私は少し驚いた。

 昨日、私が書庫で考えたのと同じことを言っている。

 斥候の直感は、調査士の分析と似たところに辿り着くらしい。


「ノア、毒対策は?」


 ゼノが後方に声をかけた。


「解毒剤は三種。汎用のものを多めに用意しました。治療魔術で対応できない毒もあるので、薬学的な対処も併用できます」


「十分だ」


 ゼノは歩きながらも、常に隊列を意識していた。

 先頭にマルク、その後ろにゼノとカイ、中央に私、後方にノアとリア。

 街道を歩いているだけなのに、もう隊形ができている。


「リーダー、行方不明のチームは五人全員だろ? 一人が迷子になったってのとは話が違うよな」


 カイが振り返りながら言った。


「ああ。五人同時に消えた」


「崩落か、罠か、それとも……」


「現場を見るまでは何も言えん。調査士殿、何か仮説はあるか」


 ゼノが私に視線を向けた。


「仮説はまだ立てていません。事実が先です」


「……そうか」


 ゼノの口元が、僅かに緩んだ。

 同意だったのか、それとも私の言い方が可笑しかったのか。

 判断できなかった。


 マルクは黙々と歩いていた。

 時折、街道の左右に目を配る。

 ダンジョンの外でも警戒を怠らない。

 それが身体に染みついているのだろう。

 リアは列の後方にいた。

 フードの奥に表情は見えない。

 ただ、時折足を緩めて、何かに耳を澄ませるような仕草をしていた。


 街道の途中で短い休憩を取った。

 ノアが水筒を差し出してくれた。


「ありがとうございます」


「普段は室内のお仕事でしょう。半日歩くのはきつくないですか?」


「大丈夫です。……たぶん」


「たぶん、ね」


 ノアが小さく笑った。

 カイが木の根に腰掛けて足を伸ばしている。

 マルクは立ったまま周囲を見渡していた。

 ゼノが地図を取り出し、街道とダンジョンの位置関係を確認している。


(……五人の人柄が、少しずつ見えてきた)


 ゼノは寡黙だが、チーム全体に目を配っている。

 マルクは不言実行。

 カイは軽口の合間に鋭いことを言う。

 ノアは穏やかに、しかし確実に全員を気にかけている。

 リアだけは、まだわからない。

 この半日で一度も口を開いていない。


 昼を過ぎて、街道が森に入った。

 木々が道の両側に迫り、空が狭くなる。

 日差しが葉を通して斑になった。

 やがて、森の中に岩壁が見えてきた。

 切り立った岩肌に、黒い穴が一つ。

 沈黙の迷宮の入口だ。


 入口の前で、チームが足を止めた。

 ゼノが全員を見渡す。


「装備の最終確認。各自、問題があれば言え」


 全員が黙って頷いた。

 問題はない。

 私は手帳を開いた。

 入口の形状、周囲の地形、岩壁の状態。

 まず外から記録を取る。


「……」


 リアが、微かに目を細めた。

 フードの奥から、入口の闇を見つめている。


「リア?」


 ノアが気づいて声をかけた。


「……何か、重い」


 小さな声だった。

 独り言のようでもあり、報告のようでもあった。


 全員が入口を見た。

 黒い穴は、何も語らない。

 風も吹いていない。

 ただ闇がそこにある。


 ゼノが前を向いた。


「行くぞ」

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