第02話 準備
「最後の記録は、途中で途切れている」
――ギルド調査記録より
「この地図には、最深部への道が描かれていない」
――沈黙の迷宮 探索地図の注記
翌朝、ギルドの書庫に入った。
地下一階。
窓のない石壁の部屋だが、昨日の執務室よりずっと広い。
天井まで届く書架が並び、冒険者たちの報告書や調査記録が年代順に収められている。
ここにある記録の大半は、私が分類し、整理したものだ。
どの棚に何があるかは把握している。
まず、シオンの名前で記録を探していった。
冒険者登録から直近の報告書まで、すべてを時系列で並べる。
シオン。
銀ランク。
チーム「黄昏の灯火」リーダー。
剣士。
冒険者登録は六年前。
最初から「黄昏の灯火」として五人で登録している。
チーム構成——騎士、斥候、魔術師、薬師。
登録時の備考欄に「貴族の末席」とだけ記載がある。
王位継承権の記述はない。
通達書で初めて知った情報だ。
(……ギルドの登録では、ただの貴族の末席だったのか)
王位継承権第二十位。
その情報は、ギルドの一般記録には含まれていない。
通達書が上層部から来ていることを考えると、この件はかなり上の判断で動いている。
次に「黄昏の灯火」のチーム名でも記録を探し、シオン個人の報告書と合わせた。
六年分ともなると相当な量だ。
全件に目を通す時間はない。
直近二年分に絞った。
四十二件。
一件一件は短いが、探索の頻度が高い。
ダンジョン探索はクエストではないため、ギルドへの届出は任意だ。
だが「黄昏の灯火」は探索届出を毎回欠かさず提出し、帰還後には必ず報告書を出している。
探索記録は堅実だった。
無謀な深入りはせず、確実に踏破した範囲を報告し、次の探索で少しずつ先へ進む。
危険を感じたら撤退する。
撤退した事実もきちんと報告している。
隠し立てのない、正直な記録だった。
事実と所見を分けて書いている。
記録士として好感が持てる文体だ。
活動の大半は沈黙の迷宮だった。
他のダンジョンへの遠征記録もあるが、主軸はこの一つ。
同じダンジョンに繰り返し潜り、少しずつ攻略を進めている。
六年間、ほぼ一つのダンジョンだけだ。
(……一つのダンジョンに、ここまで執着するのは珍しい)
普通、冒険者はランクに応じて様々なダンジョンを渡り歩く。
一つに留まり続ける理由があるとすれば——そのダンジョンに何かがあるか、あるいはそこにいる理由があるか。
いや、推察は後だ。
報告書を読み進めた。
探索は順調だった。
上層から中層へ。
モンスターとの遭遇、罠の発見と回避、新しいフロアの踏破。
チームの連携に問題は見られない。
負傷の記録はあるが、いずれも軽傷で、薬師が適切に処置している。
報告書の中で、シオンは薬師の腕を高く評価していた。
「薬師の処置は迅速で正確だ。チームの生命線と言っていい」と。
騎士については「常に前に立ってくれる」、斥候は「目が良い。罠を見落としたことがない」、魔術師は「支援が的確」とある。
信頼しているのが伝わる文面だった。
そして——最後の報告書。
日付は四週間前。
中層の新しいフロアに到達したという報告だった。
モンスターの出現頻度が高くなり、罠の配置も複雑化していると記されている。
翌週にさらに奥へ進む予定だと書かれていた。
報告書はそこで終わっている。
その後に残っているのは、三週間前に提出された探索届出だけだ。
帰還後の報告書は、存在しない。
(……最後の記録は、途中で途切れている)
記録の日付から流れを追った。
四週間前に報告書を提出し、三週間前に探索届出を出してダンジョンに入った。
通常、「黄昏の灯火」の探索は長くても一週間以内に帰還している。
報告書の間隔がそれを示していた。
だが、二週間経っても戻らなかった。
届出を毎回出すチームだからこそ、帰還の遅れが記録上も明確だった。
シオンが「貴族の末席」ということもあり、きっと支部長はそれなりに気にかけていたのであろう。
その結果、支部長が気づき、上層部に報告。
王位継承権の件もあって、上層部が調査の判断を下した。
それが昨日の通達書に繋がっている。
報告書の束を手帳の隣に置いた。
これが調査記録だ。
「黄昏の灯火」が、そしてシオンが最後にどこにいたのか、何をしていたのか。
記録から読み取れる事実はここまで。
この先は、現場に行かなければわからない。
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次に、ギルドが保管していた沈黙の迷宮の地図を受け取った。
受付の棚から引き出された羊皮紙は、丁寧に巻かれていた。
広げると、ダンジョンの構造が精密に描かれている。
(……これは)
地図の精度に目を見張った。
通路の幅、分岐の角度、部屋の形状。
罠の位置には赤い印が付けられ、モンスターの出現地点には種類が書き添えられている。
フロアごとの特徴が簡潔な注記で記されていた。
上層から中層まで。
相当な回数の探索を経なければ、ここまで詳細な地図は作れない。
「黄昏の灯火」が過去の探索で作成し、ギルドに提出したものだ。
地図を端から端まで確認した。
上層——入口から数フロア。
比較的安全な領域。
モンスターは低級種が中心で、罠も単純な構造のものが多い。
中層——モンスターの種類が変わり、罠の密度が上がる。
「黄昏の灯火」が活動していた範囲。
地図の書き込みも中層が最も多い。
何度も足を運んだことが伺える。
途中に「拠点」と書かれた部屋があった。
ここを前進基地として使っていたのだろう。
そして——中層の先は、白紙だった。
(……この地図には、最深部への道が描かれていない)
地図はここまでだ。
「黄昏の灯火」は中層までしか到達できなかったのか。あるいは、到達したが地図に残さなかったのか。
いずれにせよ、この地図の先に何があるのかは、記録されていない。
手帳を開いた。
『シオンの探索記録を確認(直近二年分・四十二件)。活動期間は六年、上層から中層まで踏破。最後の報告書は四週間前、中層の新フロア到達。三週間前に探索届出を提出しダンジョンへ出発後、二週間以上未帰還。地図は中層までで終わっており、最深部の構造は不明。地図の精度は高く、長期的な探索に基づいている』
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地図を巻き直し、調査記録の束と一緒にまとめた。
これで事前調査は終わりだ。
最後に、明日合流するチームの情報を確認した。
「暁の帰還」
金ランクのゼノをリーダーとする五人のベテランチーム。
ゼノ。
重戦士。
盾と片手剣の前衛。
金ランク。
ギルドからの調査任務を複数こなしてきた実績がある。
一度、真実をそのまま報告して政治的な面倒事に巻き込まれた経験があると、過去の調査報告に注記されていた。
(……政治的な面倒事、か)
今回の案件も、王位継承権が絡んでいる。
ゼノがどう判断するか。
それは会ってみなければわからない。
マルク。
戦士。
両手剣の前衛。
銀ランク。
元軍人。
除隊後にゼノのチームに加わっている。
軍歴がある前衛は頼りになる。
戦場の経験は、ダンジョンでも活きる。
リア。
魔術師。
探知と支援を専門とする。
銀ランク。
探知の魔術師がいるのは大きい。
ダンジョン内の構造把握や危険の察知に役立つ。
カイ。
斥候。
先行偵察と罠の解除。
銀ランク。
「黄昏の灯火」にも斥候がいた。
罠の多いダンジョンでは不可欠な役割だ。
ノア。
治療師。
治療魔術と薬学の両方に通じる。
銀ランク。
治療魔術と薬学の両方というのは珍しい。
「黄昏の灯火」の薬師とは、分野が近い。
五人の構成は、「黄昏の灯火」とよく似ている。
前衛二人に、偵察、支援、回復。
ただし「暁の帰還」には調査士がいない。
それが私の役割だ。
手帳に書き込んだ。
『調査チーム「暁の帰還」の構成を確認。リーダーのゼノ(重戦士/金)、マルク(戦士/銀)、リア(魔術師/銀)、カイ(斥候/銀)、ノア(治療師/銀)。過去の調査任務経験あり。六人目として合流する』
手帳を閉じた。
調査記録、地図、チーム情報。
必要な資料は揃った。
明日、チームと合流する。
書庫を出る前に、もう一度だけ「黄昏の灯火」の最後の報告書を見た。
簡潔で正確な文体。
記録者としての矜持が感じられる文章だった。
直近二年分の報告書を通して、シオンという人間の輪郭が少しだけ見えた気がする。
堅実で、仲間を信頼し、一つのダンジョンに向き合い続けた冒険者。
王位継承権第二十位という肩書きとは、まるで結びつかない。
この人は、何を見て、何を考えて、あのダンジョンに潜り続けたのか。
(……現場が、教えてくれる)
報告書を棚に戻した。
書庫の扉を閉める時、石壁の冷たい空気が頬に触れた。
父の手帳が、胸ポケットの中で微かに重みを増した気がした。
初日のみ2話連続掲載となっています。
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