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沈黙の迷宮 ― 王族失踪事件  作者: 智信
第一部

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第01話 調査依頼

 報告書の束が、机の上に積まれていた。

 ギルド調査部門の一室。

 窓のない部屋に、紙とインクの匂いが淀んでいる。

 私の名前はエイル。

 ギルド調査部門の調査士だ。

 仕事は、冒険者たちの報告書を読むこと。

 依頼の達成状況、ダンジョンの変動記録、モンスターの生態報告。

 提出された書類を検証し、事実を整理し、記録として残す。

 地味な仕事だと言われる。

 否定はしない。

 ただ、嫌いでもない。


 今日の報告書は七件。

 銀ランクの討伐報告が三件、鉄ランクの採取報告が二件、銅ランクの護衛報告が二件。

 一件目を開いた。


(……また、これか)


 討伐数の記載に矛盾がある。

 出現した魔獣は八体と書いてあるのに、討伐数は十体。

 増えている。

 戦闘中の混乱で数え間違えたのだろう。

 悪意はないはずだ。

 だが、報告書に書かれた数字はそのまま記録になる。

 記録は残る。

 誰かが後からこの報告書を参照した時、モンスターの出現数が事実と異なっていたら、判断を誤る可能性がある。

 曖昧な数字を、そのまま通すわけにはいかない。


 赤字で注記を入れた。

 「討伐数と出現数に不整合あり。報告者に確認の上、修正を要する」

 冒険者に嫌がられる仕事だ。

 こんな細かいことをいちいち指摘してくる調査部門は、前線に出ている冒険者たちからは評判がよくない。

 それでも、事実と異なる記録を通すわけにはいかない。


 二件目、三件目。

 淡々と検証を重ねた。

 三件目の戦闘報告には、チーム連携に関する詳細な記述があった。

 前衛が盾で受け止め、後衛が側面から魔術で援護し、斥候が背後に回る。

 教科書通りの連携だ。

 記録としては問題ない。

 四件目で、ダンジョンの構造変化に関する興味深い記述を見つけた。

 第三層の通路配置が、先月の報告と微妙に異なっている。

 壁の位置が数歩分ずれていると、この冒険者は書いている。

 ダンジョンの構造は変動する。

 それ自体は珍しくない。

 だが変動の時期と規模は記録しておく必要がある。

 今後の探索チームの安全に関わるからだ。

 手帳を開いた。

 使い込まれた革表紙の手帳。

 前半には父の字が残っている。

 後半は私の字で埋まりつつある。


『第三層通路配置に変動の可能性。先月報告との差異を確認。要継続調査』


 書き込みながら、父の字に目が行った。

 几帳面で、小さくて、けれど読みやすい字。

 私の字もこの人に似ている。

 引退した父がくれたものは、この手帳と、一つの信条だけだ。


『記録は真実であるべきだ』


 父はそう言った。

 私が書記官の見習いだった頃に。

 あの頃の私は、その言葉の重さをわかっていなかった。


 書記官の仕事は、記録を残すことだ。

 会議の議事録、法令の写し、公的な文書の管理。

 正確さが求められる仕事のはずだった。

 だが、あの日、上官に呼ばれた。

 ある報告書の内容を「修正」しろと言われた。

 事実を曲げるわけではない。

 都合の悪い部分を省くだけだ。

 数行を削ればいい。

 それだけで、報告書は滑らかになる。

 誰も困らない。

 上官はそう言った。

 私は従った。

 数行を削った。

 報告書は通った。

 誰も何も言わなかった。


 けれど、あの数行は消えない。

 私の中からは。

 書かなかった事実は、記録の上ではなかったことになる。

 誰にも検証できなくなる。

 それは記録ではない。

 あの日から、父の言葉が重くなった。


(……二度と、しない)


 書記官を辞め、ギルドの調査部門に来たのは三年前のことだ。

 ここでなら、事実をありのままに記録できる。

 父の教えを守れる。

 そう信じて、今日もこの机に向かっている。


---


 五件目の報告書に目を通していた時、扉が叩かれた。


「エイル、いるか」


 上司の声だった。

 扉を開けると、調査部門の主任が立っていた。

 手に一通の通達書を持っている。

 通常の通達書ではない。

 封蝋が押された正式な通達書だ。


「特別調査任務の通達だ。お前に行ってもらう」


「私に、ですか」


 調査部門の人間がダンジョンに出向くことはある。

 現場の検証が必要な案件では、調査士が同行する。

 だが、特別調査任務となると話が違う。

 ギルドが正式にチームを編成し、調査士を派遣する。

 それだけの事案ということだ。


「冒険者シオンを知っているか」


「名前は記録で見ています。銀ランク。チーム『黄昏の灯火』のリーダーで剣士。本ギルドを拠点に主に沈黙の迷宮で活動中。『黄昏の灯火』は本人を含めて五名——騎士、斥候、魔術師、薬師のチームです」


「さすがだな。お前の記憶力は助かる」


 記憶力ではなく、習慣だ。

 記録を検証する仕事を三年もやっていれば、冒険者の名前と所属チームは自然と頭に入る。


「そのシオンが、チームごと帰ってこない」


 主任の声は淡々としていた。

 冒険者がダンジョンで消息を絶つのは、珍しいことではない。

 ダンジョンは常に死と隣り合わせの場所だ。

 ギルドはいちいち調査しない。

 生死不明の冒険者は、一定期間を過ぎれば死亡扱いになる。

 それが通例だ。


「ただ、今回は事情が違う」


 主任が通達書を差し出した。

 受け取った。

 封蝋を切り、中を読む。


『特別調査任務通達。冒険者シオン(銀ランク/チーム「黄昏の灯火」リーダー)が沈黙の迷宮にて消息不明。チーム全員(五名)未帰還。対象者は王位継承権第二十位。速やかに調査チームを編成し、現地調査を実施すること。調査チームとして冒険者チーム「暁の帰還」を指名。調査部門より調査士エイルを派遣する』


 目が止まった。

 王位継承権第二十位。

 有名無実の順位だ。

 王座に届くことはまずない。

 だが、王族の血を引く者が消息不明となれば、話は変わる。

 ギルドとしても、その生死をわからないままにはできない。


「そういうことだ。お前には調査士として同行してもらう」


「暁の帰還……」


 知っている。

 ゼノをリーダーとするベテランチーム。

 金ランクのリーダーに、銀ランクのメンバー四名。

 ダンジョン探索の実績が豊富で、ギルドからの調査任務を複数こなしてきた。

 必ず全員生きて帰ることで知られ、それが通称の由来にもなっている。

 五人の冒険者と、一人の調査士。

 六人編成の調査チーム。


「お前の仕事は、現場の記録と分析だ。何があったのかを調べてこい」


 主任はそれだけ言って、部屋を出て行った。


---


 通達書を机の上に置いた。

 しばらく、それを見つめていた。


 シオン。

 王位継承権第二十位の冒険者。

 沈黙の迷宮で消息不明。

 チームごと。


(……チームごと、か)


 一人が消えるなら、事故か判断ミスだ。

 だがチーム全員となると、話が変わる。

 五人が同時にいなくなる状況は、限られている。

 ダンジョンの大規模な崩落か、フロア全体に及ぶ災害か。

 あるいは——。

 いや、まだ何もわからない。

 推察は事実の後だ。

 事実を見る前に仮説を立てると、人は仮説に合う証拠ばかりを拾うようになる。

 それは調査ではない。

 確認作業だ。

 現場を見るまでは、何も断定しない。

 それが調査士の仕事だ。


 通達書をもう一度読み返した。

 「黄昏の灯火」の構成——リーダーのシオンが剣士、他に騎士、斥候、魔術師、薬師の五名。

 前衛が二人、偵察、攻撃支援、回復。

 バランスの取れた編成だ。

 この構成で全員が消えたとなると、個人の判断ミスや不注意では説明がつかない。

 何かが、起きたのだ。

 何が起きたのかは、現場が教えてくれる。


 手帳を開いた。

 新しいページに、日付を書き込む。


『特別調査任務を受領。対象:冒険者シオン(銀ランク)。王位継承権第二十位。沈黙の迷宮にて消息不明。チーム「黄昏の灯火」全員(五名)が未帰還。調査チーム「暁の帰還」(五名)に調査士として合流予定。明日、ギルド書庫にて事前調査を実施する』


 ペンを止めた。

 肩書きが、妙に引っかかった。

 王位継承権第二十位。

 冒険者としては異例の出自だ。

 なぜ王族の血を引く者が、ダンジョンに潜っていたのか。


(……それも、現場に行けばわかる)


 手帳を閉じた。

 報告書の束は、まだ三件残っている。

 明日からは現地調査の準備だ。

 残りの検証を今日中に終わらせなければならない。


 六件目の報告書を手に取った。

 いつも通りの仕事だ。

 事実を読み、矛盾を探し、記録を残す。

 ただ、明日からはそれを、紙の上ではなくダンジョンの中でやることになる。


 窓のない部屋で、ペンを走らせた。

 父の手帳が、胸ポケットの中で静かに待っていた。

「冒険者はあきらめない」シリーズの第2弾作品になります。

初日のみ2話連続掲載で、2話目は21時に公開予定となっています。

本作品もどうぞよろしくお願いします。


また、もしも「本作の物語の展開が気になる」…という方は、

物語や世界観は違いますが、同じシリーズの第1弾作品である


 「記憶の遺跡 ― 失われた王国」

 https://ncode.syosetu.com/n8100lv/


をチェックしてみてはいかがでしょうか?

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