第27話 暗殺の背景
「先王の不義の子。それが、シオンの血に隠された秘密だった」
――ダンジョンの主の証言より
主の光が、冷たく沈んでいた。
蒼白い色が濁り、明滅が不規則になっている。
思い出を語る声とは違う。
何かを押し殺している声だった。
「あの日も、あいつは来た。いつもと同じだった。チームで探索して、罠を超えて、モンスターを倒して」
主が言った。
「いつもと同じだ。何も変わらなかった」
光が、一瞬だけ揺れた。
「俺もいつもどおりにダンジョン全体を感じ取っていた。あいつのチームが上の階で休んでいるのも分かっていた。薬師があいつの傷を治しているのも」
声が、止まった。
沈黙が落ちた。
長い沈黙だった。
「……治療が終わって、あいつが背中を向けた。その瞬間——」
蒼白い光が、激しく明滅した。
「——刺した」
一語だった。
主の声は震えていなかった。
感情が消えていた。
あまりに深い感情は、表に出ない。
「薬師が、あいつを刺した。背中から。一突きだった。あいつは——声も上げなかった」
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私は手帳を握りしめていた。
記録しなければならない。
しかし手が動かなかった。
「俺は見ていた。ダンジョンの隅々まで感じ取れる。あのフロアで何が起きたか、すぐにすべて分かっていた」
主の声が、低く軋んだ。
「あいつが倒れた。息が止まった。それを——感じた」
光が、暗くなった。
「その後のことは、覚えていない」
声が途切れた。
再び沈黙が落ちた。
しかし今度は主が言葉を選んでいるのではなかった。
本当に覚えていないのだ。
「気づいた時には——あのフロアの全員が死んでいた。罠が暴走していた。壁が崩れ、天井が落ち、床が裂けていた。騎士も、斥候も、魔術師も、薬師も。全員だ」
マルクが目を閉じた。
あのフロアの惨状が蘇った。
壁に叩きつけられた遺体。
落石に潰された骨。
炎で焼かれた装備。
——あの破壊は、主の暴走だったのだ。
「俺が殺した」
主の声は平坦だった。
「あいつを刺した奴も、あいつと一緒に戦っていた奴らも。全員、俺が殺した。——あいつのそばにいた、全員を」
光が弱々しく明滅していた。
「シオンも……そこにあった。もう死んでいた。俺が暴走しても、しなくても——あいつはもう、いなかった」
光が消えかけた。
蒼白い色が限界まで薄れ、闇に溶けそうになっていた。
しかし消えなかった。
微かに、脈を打つように、残っていた。
「……あいつの遺体だけは、守った。罠の影響が及ばないようにした。それだけが——俺に無意識にできたことだった」
シオンの遺体にだけトラップの損傷がなかった理由。
ノアの鑑定で明らかになっていた事実が、今、主の言葉で裏付けられた。
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制御できなかったのだ。
私たちが事件フロアで経験した暴走。
あの時、トラップは落石と矢と炎の三種類だった。
しかし薬師の死因は壁への激突——撲殺だった。
暴走のパターンが違う。
あの日の暴走は、トラップの制御された発動ではなかった。
主の感情そのものが、ダンジョンを通じて爆発したのだ。
主の証言が、あの矛盾を裏付けていた。
「覚えていない」——制御不能だったからこそ、パターンが異なった。
手帳に記録した。
『主の証言(暗殺の瞬間)。薬師がシオンを背後から刺殺。治療直後。主はダンジョン全体を通じてこれを感知。直後に主が暴走、フロアの全員を殺害。主は暴走時の記憶なし。暴走パターンの差異(事件フロアでの観察との不一致)は、制御不能な爆発だったことと整合』
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私は、問うた。
「なぜ——シオンは殺されなければならなかったのですか」
主の光が、僅かに動いた。
「……あいつの秘密を、話す」
声が低かった。
シオンが主にだけ打ち明けた秘密。
先ほど主は中身を語らなかった。
今、語ろうとしている。
「先王の不義の子。それが、シオンの血に隠された秘密だった」
全員が身を固くした。
ゼノの目が鋭くなった。
「先王が——父親の側妃と関係を持った。そして生まれたのがあいつだ。王位継承権第二十位。有名無実の順位だが、血筋そのものが王家の恥だ」
先王の不義の子。
手帳に書き込んだ。
手が震えていた。
「あいつは養育係に育てられた。王族の末席の子として。自分の出自をどうやって知ったのか、養育係から聞いたのか、自分で気づいたのか——俺は知らない。だが、あいつは知っていた。知った上で、王座なんかいらないと言った」
手記の言葉が蘇った。
『俺は王座なんかいらない。ただ、自分の足で立ちたかった』。
あの時は一人の冒険者の想いとして読んだ。
しかし今——不義の子という背景を知って、その言葉の重みが変わった。
王座を捨てたのではない。
最初から要らなかった。
関わりたくなかったのだ。
自分の足で立ちたかった。
ただそれだけだったのに。
カイが目を伏せていた。
シオンの遺品を調べた斥候として、シオンの人柄に最も近く触れていた。
その人間が王族の血を引いていた。
カイは何も言わなかった。
言葉にならないものが、その沈黙に詰まっていた。
「だが——王宮はそうは思わなかった」
主の声が、冷たくなった。
「あいつが生きていること自体が、王家にとっては恥であり脅威だった。あいつがどれだけ王座を拒もうと、事実は、血は消えない。血が存在する限り、火種は消えない」
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点と線が繋がり始めていた。
不義の子。
王宮の目。
薬師の「命令」。
薬師の記録が蘇った。
『接触成功。チームに加入、接近。不審なし』。
あれは暗部の任務記録だった。
薬師は最初から、シオンを監視するために送り込まれていた。
そして——不義の話が王宮以外に漏れる兆しがあったか、あるいは政情の変化で漏れる前に消しておくという判断か。
いずれにせよ、王宮はシオンの排除を決めた。
監視任務が、暗殺任務に切り替わった。
薬師の最後の記述。
『指示が来た』。
あの一行の意味が、今はっきりと分かった。
ゼノが腕を組んだまま、低く言った。
「……王宮が、命じたのか」
問いかけではなかった。
確認だった。
政治的な嗅覚を持つゼノには、とうに見えていたのだろう。
不義の子という言葉を聞いた瞬間から、結論は出ていたはずだ。
「あいつは王座なんかいらなかった。冒険者として生きたかっただけだ。だが——そんなことは、王宮には関係なかった」
主の声に、怒りが滲んでいた。
「あいつを殺したのは薬師だ。だが命じたのは——あいつの顔すら知らない誰かだ」
リアが唇を引き結んでいた。
ノアが拳を膝の上で握りしめていた。
マルクは目を閉じたまま、微動だにしなかった。
命令で人を殺した薬師。
命令で人を犠牲にした自分。
その重なりを、また噛みしめているのだろう。
手帳に記録した。
『暗殺の背景。シオンの出自は先王の不義の子。王位継承権第二十位。王家のスキャンダルを消すため、王宮が暗殺を命じたと推定。薬師は王宮の暗部の一員として監視任務に就いていたが、途中で暗殺任務に切り替わったと思われる。シオン自身は王座を拒んでいたが、血の存在そのものが脅威と見なされた』
手帳を閉じた。
点と点が繋がった。
線になった。
しかし——確定する証拠はない。
主の証言と薬師の記録と状況証拠。
それだけだ。
王宮が命じたという直接の証拠は、どこにもない。
だが、すべてが王宮を指し示している。
一つ一つは状況証拠でしかない。
が、すべてが同じ方向を向いていた。
沈黙が続いた。
誰も口を開かなかった。
蒼白い光が弱々しく揺れている。
主も、もう何も語らなかった。
語るべきことは、すべて語り終えたのだ。
不義の子。
王宮の目。
暗殺の命令。
——そしてたった一人の友を失った、ダンジョンの主。
求めていた真実は、ここにあった。




