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沈黙の迷宮 ― 王族失踪事件  作者: 智信
第二部

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第17話 鑑定

「傷の角度。急所への正確さ。人体を知り尽くした者の一撃」

――治療師ノアの鑑定所見


「シオンの死因は暗殺。他の四人は——ダンジョンのトラップ」

――調査士エイルの記録より

 容疑者は薬師と推定された。

 だが、まだ確定ではない。

 凶器の照合が残っている。

 薬箱の仕込みから見つかった暗器が、現場に落ちていた刃物と同じものかどうか。

 さらに、シオンの傷口と一致するかどうか。

 それを確かめなければ、確定にはならない。


「凶器の照合を行います。まず暗器と現場の刃物を比較します」


 仕込みの中にあった暗器の一本を手に取った。

 刃渡りは手の長さほど。

 両刃で、薄い。

 柄はなく、刃の根元がわずかに厚くなっている。

 指の間に挟んで使う形状だった。

 ノアに暗器を渡した。

 ノアは受け取った暗器をじっと見つめていた。


「ゼノ、武器のことは詳しくはわからないので、お願いします」


「わかった」


 ゼノはノアから暗器を受け取った。


「柄がない。手の中に隠せる造り。隠しやすく、取り出しやすく、正確に突ける。暗殺のための刃物だな」


 刃を光にかざした。


「研ぎ直しの跡がある。定期的に手入れしていた刃だ。使い込んではいないが、いつでも使えるように備えていた」


 六年間、薬箱の仕込みの中で。

 薬を調合するたびに、この刃が箱の中にあった。

 ゼノが現場に落ちていた刃物と並べた。

 形状、刃の厚み、幅。

 すべて同じだ。

 二本の研ぎ痕を見比べた。


「研ぎ方も同じだ。同じ人間が、同じやり方で手入れしている。三本とも同一の造り手、同一の持ち主だ」


 三本が同一の仕様で作られ、同じ者に手入れされていた。


(……同じ形、同じ造り。同じ目的のために作られたものだ)


 治療の道具と暗殺の道具。

 薬師はその両方を、同じ箱の中に携えていた。


---


 シオンの遺体の前に戻った。

 現場に落ちていた刃物を傷口に近づけた。

 遺体には触れない。

 刃の幅と傷口の幅を見比べる。

 ノアが反対側からしゃがみ込み、角度を変えて確認した。

 傷口と刃を交互に見つめ、何度か首を傾げた後、顔を上げた。


「刃の幅が一致しています。刃の厚みも、傷口の形状と合っている。この刃物が、シオンさんの傷をつけた凶器です」


 推定が確定に変わった瞬間だった。

 現場に落ちていた刃物が、シオンを殺した凶器だ。

 そしてそれは、薬師が携行していた三本の暗器のうちの一本。

 シオンを刺した後に手から離れたのだろう。

 暴走の衝撃か、あるいは——刺した手が、自ら離したのか。

 手帳に記録した。


『凶器照合:現場の刃物の刃幅とシオンの傷口が一致。凶器は薬師の暗器と確定。薬師が携行していた三本のうちの一本と推定される』


---


 凶器が確定した。

 次は死因鑑定だ。

 ノアが改めてシオンの傷口を注視していた。

 長い沈黙の後、顔を上げた時、その目に何かが浮かんでいた。


「エイルさん。一つ、気づいたことがあります」


「何ですか」


「この傷は——即死です」


 ノアの声が静かだった。


「心臓を一撃で貫いています。刃の角度が最短距離で心臓に達している。苦しむ時間は、ほとんどなかったはずです」


「偶然ですか」


「いいえ。この角度で、この深さで、肋骨に一切触れずに心臓まで——苦しまないように殺しています」


 苦しまないように。

 その言葉がフロアの沈黙に落ちた。


「傷の角度。急所への正確さ。人体を知り尽くした者の一撃」


 ノアが一度言葉を切り、低く続けた。


「……治療行為を学んだ者にしかできない」


 治療行為を学んだ者、つまりは薬師にしかできない殺し方。

 人体の急所を知り尽くし、苦しまないように、一撃で命を断つ。

 ノアの目が、シオンの傷口から離れなかった。

 同じ技術を持つ者として、傷に刻まれた意図を読み取っている。

 ノアが以前問いかけた言葉が蘇った。

 人を殺すための技術か、人を救うための知識の裏返しか。

 苦しまないように殺すことを選んだ者の中に、何があったのか。

 暗殺者としての効率か。

 最後に残った仲間としての配慮か。

 今の段階では、分からない。

 だが、この傷には何かがある。

 ただの暗殺とは違う、何かが。

 手帳に記録した。


『シオンの死因:暗殺。薬師の暗器による背後からの一撃。心臓を一撃で貫通、即死。肋骨を回避し最短距離で心臓に到達。苦しまない殺し方。人体の構造を知り尽くした、治療行為を学んだ者にしかできない犯行と確定。犯人は薬師』


---


 次に、他の四名の死因を確定させた。

 前回の調査結果と、フロアのトラップ痕跡を改めて照合する。


 騎士。

 天井崩落トラップの直下。

 崩落した石材と鎧の損傷が一致。

 圧死。


 斥候。

 壁面の矢射出機構の射線上。

 遺体に刺さった矢と射出穴の位置が一致。

 刺創死。


 魔術師。

 床面の発火機構の直上。

 遺体周囲の焼け焦げた痕跡と一致。

 焼死。


 薬師。

 壁面の亀裂と遺体の位置が一致。

 トラップの衝撃で壁に叩きつけられた。

 撲死。


 四名の死因はすべてトラップの暴走だ。

 人為的な攻撃の痕跡はない。

 シオンだけが、人の手で殺されている。

 ノアが四体を見て回った後、私のそばに戻ってきた。


「四人の傷は、すべてトラップの痕跡と一致しています。人の手によるものはシオンさんだけです」


(……薬師も、トラップで死んでいる)


 犯人である薬師自身も、暴走に巻き込まれて死んでいる。

 暴走を予期していなかったということだ。

 シオンを殺した直後に、フロア全体が暴走した。

 薬師は暗殺の専門家だ。

 脱出の手段も退路も確保しないまま仲間を殺すとは考えにくい。

 暴走は、薬師にとっても完全に想定外だったのだ。

 手帳に記録した。


『死因鑑定(全5名):シオン——暗殺(薬師の暗器)。騎士——圧死(天井崩落)。斥候——刺創死(矢射出)。魔術師——焼死(発火トラップ)。薬師——撲死(衝撃)。シオンのみ人為的な死因。他4名はトラップ暴走による死亡。薬師(犯人)も暴走で死亡——暴走を予期していなかったと推定。事件の時系列:暗殺が先、トラップ暴走が後。暴走により全員死亡』


---


 鑑定が終わった。

 全員のもとに戻り、結果を報告した。


「死因鑑定の結果を報告します」


 手帳を開いた。


「シオンの死因は暗殺。他の四人は——ダンジョンのトラップ」


 一度言葉を切り、続けた。


「シオンの死因は暗殺。凶器は薬師の暗器と確定しました。背後からの一撃で心臓を貫通。即死です。苦しまない殺し方でした。ノアの所見では、治療師の技術でなければ不可能な精度です。他の四名——騎士、斥候、魔術師、薬師——はすべてトラップの暴走による死亡です。犯人である薬師自身も暴走に巻き込まれています」


 マルクが低い声で呟いた。


「殺した側も、トラップで死んだのか。……やり切れねえな」


 カイがフロアの入口から言った。


「暴走を起こしたのは、あの何かだろ。シオンが殺されたのを感じ取って、激怒した」


 リアが小さく頷いた。


「怒りが残っている。……あの時と同じだけの怒りが」


 シオンが殺された瞬間、ダンジョンの奥にいる何かが激怒し、フロアのトラップを暴走させた。

 犯人もろとも、全員を殺した。

 ゼノが腕を組んだまま、全員を見渡した。


「鑑定は終わりだ。二つ決める」


 全員が聞いている。


「一つ。周辺フロアに他の証拠がないか確認する。事件フロアだけでは見落としがあるかもしれない」


 慎重な判断だった。


「二つ。確認が終わったら、シオンの遺体を回収する。王位継承権を持つ者の遺体をダンジョンに放置するわけにはいかない」


 カイが入口から応じた。


「了解。周辺の偵察、俺が先に行く」


 ゼノが頷いた。

 リアが静かに付け加えた。


「……遺体を動かすなら、あの何かが反応するかもしれません。気をつけてください」


 前回、シオンの遺体に触れようとしただけで暴走が起きた。

 遺体を持ち出すとなれば、あの何かがどう反応するか分からない。

 事件の輪郭が見えてきた。

 犯人は薬師。

 凶器は暗器。

 シオンは暗殺され、直後にダンジョンが暴走した。

 だが、まだ答えの出ていない問いがある。

 なぜ薬師はシオンを殺したのか。

 そして——ダンジョンの何かは、なぜシオンの死にあれほど怒ったのか。

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