第16話 証拠
「薬の下に、暗器が隠されていた」
――薬師の薬箱より
シオンの致命傷から分かったことを整理した。
犯人の手がかりは三つ。
人体の構造に精通していること。
両刃の短い刃物を所持していたこと。
シオンの背後に自然に立てる立場にいたこと。
騎士、斥候、魔術師、薬師。
四人のうち、この三つに該当する者を絞り込む必要がある。
遺体の調査は終わった。
次は遺留品だ。
四人の持ち物を調べれば、凶器の持ち主が分かるかもしれない。
「遺留品を調べます。四人の持ち物に、凶器と一致する刃物がないか確認します」
ゼノが頷いた。
「分かった。ただし遺留品は慎重に扱え。異変があればすぐに手を止めろ」
前回の暴走が頭にある。
シオンの遺体に触れようとしただけで暴走が起きた。
遺留品にまで反応するかは分からないが、慎重にいくしかない。
私とノアが遺留品の確認に向かった。
マルクとゼノは引き続きフロア内で警戒を続けている。
カイはフロアの入口だ。
リアの防壁は薄く広がったままだ。
フロアの沈黙は続いている。
---
まず、騎士の遺留品を確認した。
片手剣と砕けた盾の破片。
鎧の残骸。
腰に下げられた革袋には、砥石と手入れ用の布が入っている。
刃物は片手剣のみ。
両刃の短い刃物はない。
騎士は重装の前衛だ。
隠し持つような武器を使う戦い方ではない。
ノアが騎士の遺体の周囲を見回した。
「装備が整っていますね。予備の刃物もない。片手剣一本で戦う人だったんでしょう」
斥候の遺留品。
壁際に倒れた身体の近くに、投擲用のナイフが数本散らばっていた。
一本ずつ確認する。
いずれも細く、片刃。
凶器とは形状が違う。
他にロープ、鉤爪、小型の工具。
罠の解除に使う道具類だ。
斥候は刃物を多く持つ職種だ。
だが、どれも偵察や罠の解除に使うもので、該当するものはなかった。
凶器の特徴——両刃、薄刃——に一致するものは一本もない。
ノアが投擲用ナイフを一本手に取り、刃を確かめた。
「片刃ですね。投げるための形状です。凶器とは用途が違います」
魔術師の遺留品。
焼け焦げた杖。
魔術用の触媒が入った袋。
書物の残骸。
腰には護身用の小刀が一本。
片刃で、刃渡りは短い。
凶器の特徴とは一致しない。
杖を構えた姿勢のまま倒れていた。
最期まで魔術で戦おうとしたのだろう。
ノアが小刀を確認した。
「護身用ですね。片刃で、凶器とは形状が違います」
三人の遺留品に、凶器と一致する刃物はなかった。
残るは薬師だ。
薬師の遺体のそばに近づいた。
壁際に倒れたままの身体。
周囲に治療道具が散乱している。
腰の薬袋は開いたままだ。
散乱した道具の中に、薬箱があった。
木製の箱で、蓋が半開きになっている。
トラップの衝撃で飛ばされたのだろう。
遺体から少し離れた場所に転がっていた。
蓋を開けた。
薬瓶が並んでいる。
軟膏、薬液、粉薬。
薬師が携行する一般的な薬だ。
ノアが覗き込み、小声で薬の種類を確認していった。
「解毒薬、鎮痛薬、止血剤……一般的な携行薬です。種類も量も、ダンジョン探索の標準的な装備ですね」
通常の薬だった。
薬瓶はどれも問題ない。
だが、違和感を覚えた。
「ノア。この箱、薬瓶の高さに対して違和感がありませんか」
ノアが箱と瓶を見比べた。
「……確かに。瓶の高さに対して、箱が大きすぎます」
外から見た箱の高さに対して、中の底が浅い。
瓶を置いている底板の位置が、箱の本来の底より高い。
箱をよく観察した。
上からではなく、側面を丁寧に見ていく。
すると、木目に紛れた薄い継ぎ目があった。
指で触れると、わずかな段差がある。
爪を引っかけて引くと、箱の側面から薄い引き出しが滑り出た。
仕込みだ。
蓋を開けなくても、横から引き出せる造りだった。
ノアと目が合った。
二人とも、息を止めていた。
引き出しの中は布で三つに仕切られていた。
そのうち二つに、細長いものが布に包まれて収められている。
残りの一つは空だった。
布を開いた。
刃物だった。
両刃。
薄い。
長さは——現場に落ちていたあの刃物と同じだ。
慣れた収納だった。
初めて持ち歩いたのではない。
(……同型の刃物が二本。そして、空の仕切りが一つ)
一本は現場に落ちていた。
あの空の仕切りに収まっていたものだろう。
三本、同じ刃物を携行していたことになる。
これは治療の道具ではない。
手帳に記録した。
手が震えそうになったが、事実だけを書いた。
『遺留品調査結果:騎士は片手剣のみ、斥候は投擲用ナイフ(片刃・不一致)、魔術師は護身用小刀(片刃・不一致)。三名に凶器と一致する刃物なし。薬師の薬箱に仕込みを発見。内部に布に包まれた刃物を二本と空の仕切り一つを確認。両刃、薄刃。現場に落ちていた短い刃物と同型。三本収納の造り。治療用の道具ではない』
---
立ち上がった。
膝が強張っていた。
刃物の形状を手帳にスケッチした。
刃の幅、長さの推定、両刃の形状。
現場に落ちていた刃物と並べて比較できるよう、記録を残す。
ノアが私の隣で、黙って薬箱を見つめていた。
同業者の目だった。
薬師が、薬箱に何を仕込んでいたのか。
その意味を、ノアは理解していた。
ゼノのもとに戻り、報告した。
「薬師の薬箱から、現場の刃物と同型のものが見つかりました」
全員の視線が集まった。
「薬箱に仕込みがありました。中に二本。現場に落ちていた刃物と同じ型です。治療用の道具ではありません」
沈黙が落ちた。
カイがフロアの入口から声を上げた。
「暗器だろ、それ」
全員がカイを見た。
カイは入口の壁に背を預けたまま、腕を組んでこちらを見ていた。
斥候の目が、鋭く光っていた。
「薬箱に仕込みがあった。複数本持ってる。しかも布で丁寧に仕切って収納してる。使い慣れてる奴のやり方だ。薬師ってのは表の顔で、裏は別の仕事をしてた——そういうことだろ」
誰も否定しなかった。
暗器。
暗殺に使われる小型の刃物。
薬師が、薬箱に仕込みを施し、暗器を携行していた。
治療と暗殺。
正反対の道具が、同じ箱の中に収められていた。
手帳を開いた。
「容疑者は薬師です。凶器の可能性がある暗器を携行していたこと、人体の構造に精通する立場であったこと、治療の際にシオンの背後に自然に立てる立場であったこと。三つの条件が一致します」
手帳に記録した。
『容疑者:薬師。根拠——(1)凶器の可能性がある暗器を薬箱に隠し携行していた。(2)薬師の治癒行為を通じて人体の構造に精通。(3)治療行為を通じてシオンの背後に自然に立てる立場。三条件が一致する。犯人は薬師と推定。傷口との照合は未実施』
マルクが腕を組んだまま、低く言った。
「薬師が暗殺者か。……六年間、仲間として一緒にいたのにか」
六年間。
その間ずっと、薬の下に、暗器が隠されていた。
仲間の傷を治し、薬を調合し、その同じ箱の中に暗殺の道具を忍ばせていた。
ノアが黙ったまま、薬箱の方を見ていた。
同じ仲間を癒す者として、何を思っているのか。
その横顔からは読み取れなかった。
ゼノが静かに口を開いた。
「……嫌な予感がするな」
全員がゼノを見た。
ゼノの表情は固かった。
怒りでも驚きでもない。
もっと深い——何かを察知した目だった。
「ただの冒険者が、暗器なんか持ち歩かない。薬師は最初から——何かの目的で、このチームにいた」
何かの目的。
その言葉が、静寂のフロアに落ちた。
ゼノはそれ以上言わなかった。
だが、その目は何かを見据えていた。
暗器を隠し持つ薬師。
王位継承権を持つ者の暗殺。
六年間仲間として行動しながら、最後にシオンを殺した。
偶発的な犯行ではない。
準備された暗殺だ。
では、誰が準備したのか。
薬師自身の意思か。
それとも——。
ゼノの「嫌な予感」が何を指しているのか、私にも薄々分かり始めていた。
だが今の段階では、推察にすぎない。
静寂のフロアは、何も答えなかった。
五体の遺体が、ただ沈黙の中に横たわっていた。




