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沈黙の迷宮 ― 王族失踪事件  作者: 智信
第二部

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第13話 再突入

 目を覚ました時、焚き火はほとんど消えかけていた。

 薄い煙が天井に向かって立ち上っている。

 壁際でマルクが目を閉じたまま座っていた。

 眠っているのか起きているのか分からない。

 カイは丸くなったまま動かない。

 ノアとリアは毛布にくるまって横になっている。

 ゼノが焚き火のそばに座っていた。

 通路の奥を見つめている。

 昨夜と同じ姿勢だった。

 交代で見張りをしていたはずだが、ゼノが最後の番を終えたところなのだろう。


「……おはようございます」


 小声で言うと、ゼノが振り返った。


「ああ。異常はなかった」


 短く答えて、ゼノが薪をくべた。

 火が少しだけ勢いを取り戻す。

 その気配で全員が目を覚ました。

 カイが伸びをし、マルクが目を開け、ノアが起き上がってリアの体調を確認する。

 誰も余計なことは言わなかった。

 携行食で朝食を済ませ、水を飲み、装備を確認した。


「リア、体調は?」


 ゼノが聞いた。


「大丈夫です。魔力も回復しています」


 リアが頷いた。

 顔色は昨日よりも良い。

 ノアが確認するように見て、小さく頷いた。


「よし。昨日決めた通りにやる」


 ゼノが全員を見渡した。


「遺体には触れない。目視と計測だけで調査する。フロアに入る前にリアが防壁を張る。カイはフロアの入口で監視。俺とマルクがフロア内で護衛。エイルとノアが調査だ。暴走の兆候があれば、全員即座に撤退する」


 全員が頷いた。

 昨日の暴走を全員が覚えている。

 私は手帳を開き、昨夜の記録を読み返した。

 確定した事実。

 シオンは仲間に殺された。

 他の四人はトラップの暴走で死んだ。

 暴走はダンジョンの奥にいる何かの意思による。

 今日はその先だ。

 遺体をもう一度調べる。

 傷の詳細、凶器の特定、犯人の絞り込み。

 昨日は概要を掴んだだけだった。

 今日は証拠を集める。

 手帳を閉じた。

 拠点を出発した。


---


 通路の空気が、昨日と違っていた。

 構造は変わらない。

 壁の傷も、カイが刻んだ印もまだ残っている。

 分岐の位置もすべて同じだ。

 手帳の記録と照合しながら進む。

 通路そのものは昨日の帰り道と変わらなかった。

 変わったのは、ダンジョンの態度だった。

 昨日の帰り道では、モンスターの気配はあったが近づいてこなかった。

 壁の向こうで何かが動いている気配がするだけで、距離を取っていた。

 しかし今は違う。

 気配が、こちらを見ている。

 壁の向こうにいるのは同じだ。

 姿は見えない。

 だが昨日のように単に距離を取っているのではない。

 こちらの動きを追っている。

 通路を進むたびに、気配がついてくる。


「……嫌な感じだな」


 カイが小声で言った。

 先行偵察から戻り、隊列に合流しながら首を振る。


「前方、モンスターは三体。通路の分岐に陣取ってる。だが動かない。こっちを見てるだけだ」


「昨日の帰りは近づいてこなかった。今は——観察しているのか」


 ゼノが低く言った。


「行きの時はすぐに襲ってきたのに、か。一日でこうも変わるか」


「変わりました」


 リアが目を閉じたまま、壁に手を当てていた。


「昨日までは、ダンジョンの反応は通常でした。モンスターが縄張りを守る、普通の反応です。でも今は違う。ダンジョン全体が——警戒しています」


「警戒?」


「私たちが来たことを、知っている。昨日、あのフロアに踏み込んで、トラップの暴走を起こした。それを、覚えている」


 リアが目を開けた。

 その目には、残留感情を読み取る時の独特の集中があった。


「ダンジョンそのものが、私たちを記憶しています」


 記憶している。

 ダンジョンが、侵入者を。

 私は手帳を開き、記録した。


『拠点出発後、ダンジョンの態度が変化。行きの時は通常の敵対反応(縄張りの防衛)、帰りは距離を取る反応、本日は監視・警戒。段階的に変化している。リアの所見:ダンジョン全体が調査チームを記憶し、警戒している』


 手帳を閉じた。

 段階的な変化。

 それは、このダンジョンの奥にいる何かが、私たちの行動を見ているということだ。

 最初は無関心だった。

 次に、あのフロアでの暴走を受けて距離を取った。

 そして今は——監視している。

 何かが、判断しようとしている。

 私たちをどう扱うか。


---


 中層に入った。

 前回通った道と構造は同じだ。

 滑らかな岩盤の壁。高い天井。見覚えのある通路だった。

 空気が一段冷たい。

 だが前回とは何かが違う。

 空気の重さが変わっていた。

 前方の分岐に、モンスターがいた。

 甲殻獣が二頭、通路の真ん中に座り込んでいる。

 こちらを見ていた。

 唸りもしない。

 威嚇もしない。

 ただ、見ている。


「……座ってるぞ、あれ」


 カイが眉をひそめた。


「通路を塞いでるわけでもない。横を通れる。だが——」


「通っていいのか、という顔をしているな」


 ゼノが盾を構えたまま、前に出た。

 マルクが両手剣の柄に手をかける。

 モンスターは動かなかった。

 ゼノが一歩ずつ近づいても、立ち上がらない。

 目だけがゼノを追っている。

 通路の脇を抜けた。

 二頭は首だけを動かして、六人の行列を見送った。

 行きの時とは違う。

 行きの時は縄張りに踏み込んだ侵入者として即座に襲ってきた。

 それが普通のダンジョンの反応だ。

 しかし今は、通過を許している。


(……許しているのか。それとも、泳がせているのか)


 どちらにせよ、このダンジョンの奥にいる何かの意思が、モンスターに影響を与えている。

 上層でも監視の気配はあったが、中層に入ってからは明らかに度合いが違う。

 あのフロアに近づくほど、何かの影響が強くなる。

 手帳に記録した。


『中層のモンスターは非攻撃的。通過を許容するが監視を継続。上層との挙動差から、事件フロアに近いほど「何か」の影響が強いと推定』


 さらに奥へ進んだ。

 モンスターの気配が増えていた。

 脇道や分岐の奥に、一頭、また一頭。

 甲殻獣だけではない。

 上層でしか見なかった狼型が中層にまで入り込んでいる。

 どれも本道には出てこないが、暗がりの奥からこちらを見ている。

 ノアが小声で言った。


「……種類が違うモンスターが、同じ場所にいますね。普通は縄張り争いをするはずですが」


 確かにそうだ。

 上層の狼型と中層の甲殻獣は本来、同じ通路にいるべきではない。

 階層も縄張りも本能も無視して、ただこちらを見つめるためだけに集まっている。

 前回は戦闘があった。

 上層でも中層でも、モンスターは通常通りに襲ってきた。

 それが二日目の帰りから変わり、三日目の今はここまで変わった。

 本道には出てこず、脇道の奥から静かに見つめている。

 不気味だった。

 襲ってくる方がまだいい。

 こちらは戦える。

 だがこの沈黙には、どう対処すればいいか分からない。

 マルクが両手剣を握ったまま、低く呟いた。


「……戦う方が楽だな」


 カイが先行偵察から戻ってきた。

 走ってきた。

 いつもより足音が荒い。

 全員が足を止めた。


「道は塞がれてない。だが……モンスターの数が増えてる」


「増えてる、とは」


 ゼノが聞いた。


「この先の通路、前回は五、六体だった。今は倍以上いる。全部こっちを見てる。攻撃はしてこない。だが——数が多すぎる。もし一斉に来たら、さすがにきつい」


 カイの声に、いつもの軽さがなかった。


「引き返すか?」


 マルクがゼノを見た。


「……いや。行く」


 ゼノが盾を握り直した。


「攻撃してこないなら、通る。だが全員、いつでも戦闘態勢に入れるようにしておけ。リア、モンスターの動きに変化があったらすぐに知らせろ」


「はい」


 リアが頷いた。

 目を閉じたまま、壁に触れずに歩いている。

 ダンジョン全体の気配を読み取っているのだろう。

 六人が再び歩き出した。

 脇道の暗がりから、モンスターの目がこちらを見つめていた。

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