河内のスピーカー、特急沼に落ちる――美月、NSTを追ったら“ひのとり”で経理に敗北する
兵庫県警との合同極秘プロジェクト、西日本特別諜報班――通称NST。
その存在を知る者は、ヒロ室内でもごく一部だった。波田顧問が隠密で進めているため、遥室長ですら「あるらしい」程度。実態はほぼ分からない。
その頃、赤嶺美月は荒れていた。
「彩香が最近かまってくれへんねん!」
好敵手の彩香はNST任務で多忙。妹分の麻衣も、あかりも、美咲も、迫田ツインズも妙に忙しい。綾乃は海外任務で長期不在。美月は完全に暇を持て余していた。
「私、戦隊ヒロイン人気回復の功労者やで? 中心人物やで? なんで仲間外れなん?」
だがNST側の判断は明確だった。
美月だけには知られるな。
理由は、人気者で目立つ、声が大きい、インフルエンサー、そして何より“河内のスピーカー”だからである。悪気なく喋り、善意で広め、気づいた時には近畿一円に情報が流れる。隠密活動との相性は最悪だった。
このまま美月に嗅ぎ回られると危ない。そこでヒロ室当局は、美月に別任務を与えることにした。
安岡真帆が淡々と告げる。
「東海地方の活動を強化します。春日井市出身の山田真央さんを中心にした地盤づくりを、美月さんに手伝ってほしいんです」
真央は横で胸を張った。
「美月さん、頼むでよ! 東海はまだまだ伸ばせるでかんわ!」
ドギツイ尾張弁だった。
美月は即答した。
「やる! 東海ええやん! 真央の売り出し、手伝ったる!」
だが、条件があった。
「名古屋方面行くなら、名阪を結ぶ私鉄特急で行きたい。できれば“ひのとり”で」
その瞬間、部屋の空気が変わった。
現れたのは、ヒロ室の金庫番、谷口佳乃。通称けちのん。財務官僚で財務省のスパイとも噂されるが、本人は否定も肯定もしない。ただ一言、いつもこう言う。
「戦隊ヒロインプロジェクトは、国民の皆様の税金で運営されています」
堺市出身のけちのんは、泉州弁で冷たく言い放った。
「特急利用は認める。けど“ひのとり”の追加料金は出されへん」
美月は叫んだ。
「なんでや!」
「予算や」
「ボロ特急で鶴橋から名古屋まで行け言うんか!」
「ボロでも特急は特急や。座れる。速い。着く。何が不満なん?」
「全部や!」
ここから鉄道論争が始まった。
美月は力説する。
「移動の質は任務の質に直結するんや! ひのとりのプレミアム感、静粛性、座席の快適さ、それが東海任務へのモチベーションになるんや!」
けちのんは微動だにしない。
「モチベーションは自己管理や。追加料金は自腹や」
「夢がない!」
「経理に夢はいらん」
しかも、けちのんは妙に鉄道に詳しかった。父がなんばと関空や和歌山を結ぶ緑色の私鉄の現役車掌だからである。
「昔の緑色電車の山方面行く特急なんか、もっと年季入っとったで。それでも皆ちゃんと乗ってたんや。ボロ特急くらいで文句言いな」
「なんで緑色電車の話になるねん!」
「鉄道の基本は“安全に目的地へ運ぶこと”や。豪華さは二の次や」
「いや、豪華さも大事やろ!」
「自腹なら大事にしてええ」
完全にけちのんのペースだった。
真央は横で首をかしげた。
「名古屋着きゃええがね。美月さん、細けぇとこ気にしすぎだわ」
美月は振り返った。
「真央、これはプライドの問題や!」
「鉄道の?」
「せや!」
結局、美月は全面敗北した。
けちのんは最後に書類を閉じて言った。
「“ひのとり”乗りたかったら、追加料金は自腹。以上」
美月は机に突っ伏した。
「世の中、間違ってるわ……」
けちのんは涼しい顔で返す。
「予算はもっと厳しいで」
こうして東海任務は決定した。
だが、美月は諦めなかった。
翌日から、彼女は時刻表とにらめっこを始めた。列車ごとの車両傾向を調べ、運用情報を読み、どの時間帯なら新型車両に当たりやすいかを研究する。
真央が覗き込む。
「美月さん、東海のイベント企画しとるんか?」
美月は真剣な顔で答えた。
「ちゃう。特急研究や」
「なんでだがね」
「ボロ特急回避作戦や」
まどかが呆れる。
「一人で鉄道研究会になってるやん」
美月はホワイトボードに書いた。
ヒロ室鉄道研究会
会長:赤嶺美月
真帆が通りかかって、静かに言った。
「勝手に部会を作らないでください」
美月は不満げに言い返す。
「これは重要な任務準備や!」
その頃、兵庫県某所。
NSTメンバーは久々に平和だった。
彩香が報告する。
「美月、東海行くらしいわ」
玲奈は淡々と頷く。
「良い判断です」
彩香は続けた。
「今は特急車両の研究で忙しいらしい」
玲奈は珍しく少しだけ微笑んだ。
「それは非常に良いことです」
こうして、NST最大の機密は守られた。
高度な暗号でも、国家レベルの防諜でもない。
美月の“ひのとり”への執着によって。
そして美月は今日も、時刻表を睨みながら呟く。
「絶対ボロ特急だけは避けたる……」
東海任務は、まだ始まってすらいない。
だが河内のスピーカーは、すでに鉄道沼に片足を突っ込んでいた。




