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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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997/1045

コネチカットの、その先へ――クイズ女王が見つけた場所

一条知佳は、ヒロ室で完全に妙な立場を確立していた。


東都の名門国立大学で経済学と統計学を学ぶ才女。

学生クイズ女王。

歩く百科事典。

戦闘任務のアナライザー。

イベントステージにも立つ現役ヒロイン。


肩書きだけなら隙がない。


しかし実物は、知的で上品で愛嬌抜群なのに、時々とんでもなく抜けている。

だから周囲から親しまれる。


美月からは、


「コネチカット」


彩香からは、


「コネチカットぉ〜」


小春からは、


「コネチカットパイセン」


と呼ばれ、本人も最近は半分あきらめていた。


「一条知佳です」と訂正する回数は、ヒロ室加入初期に比べて明らかに減っている。


そんなある日、安岡真帆が知佳を呼んだ。


「知佳さん。少し見てもらいたいデータがあります」


「戦闘任務ですか?」


「いえ。グッズです」


知佳は首をかしげた。


「グッズ?」


真帆が差し出したのは、ヒロ室公式グッズの販売データだった。


応援タオル。

缶バッジ。

アクリルフィギュア。

ランダムブロマイド。

イベント限定ステッカー。


どのヒロインにも同じようなラインナップがある。人気ヒロインはよく売れる。陽菜のアクリルフィギュアは毎回完売。小春の応援タオルも若いファンに強い。美月の缶バッジや彩香のグッズは地元の関西方面で売れ行きが絶好調。


だが、一人だけ明らかに売れていないヒロインがいた。


河合美音である。


美音は優秀だった。

船舶、大型二輪、現場対応力、実務能力。どれも高い。任務では頼れる。ヒロ室スタッフからの評価も高い。


しかし、グッズは売れない。


真帆は無表情で言った。


「美音さんは優秀です」


「はい」


「ですが不人気です」


知佳は反応に困った。


「……そこまで言いますか」


「事実です」


真帆は資料をめくる。


「応援タオル、缶バッジ、アクリルフィギュア。全体的に低調です。特にアクリルフィギュアの初動が弱い」


知佳は資料を受け取り、真剣に読み始めた。


「価格帯、販売場所、イベント出演回数、SNS投稿数、購入者属性……なるほど」


小春が横から覗き込む。


「美音さんって強いのにな」


美月も通りかかって言う。


「美音さんは仕事人やからな。グッズ買うほどキャラ立ちしとらんのちゃう?」


彩香も冷静に追い打ちをかける。


「優秀やけど、推しにするには渋いんやろ」


知佳は頷いた。


「かなり本質に近いと思います」


真帆が問う。


「分析結果は?」


知佳はホワイトボードに書き始めた。


「美音さんの問題は、能力値ではなく感情導線です」


小春が眉をひそめる。


「感情導線?」


「ファンがグッズを買う時って、単に優秀だから買うわけじゃないんだよ。かわいい、面白い、応援したい、守りたい、憧れる、いじりたい。そういう感情が必要」


美月が笑う。


「いじりたいでグッズ売れるんか?」


知佳は真顔で言った。


「売れます。私が証拠です」


小春が爆笑する。


「コネチカットパイセン、自分で言った!」


知佳は少し顔を赤くした。


「統計的に見て、私のグッズは名前いじり後に伸びています」


「コネチカット需要じゃん」


「認めたくないけど、そうです」


真帆は淡々とメモを取る。


「では、美音さんには感情導線が不足していると」


「はい。優秀すぎて隙が少ない。ファンが入り込む余地が少ないんです」


「対策は?」


知佳は少し考えた。


「まず、グッズの見せ方を変えます」


美音の通常アクリルフィギュアは、きっちり制服姿で立っているだけ。

応援タオルも名前とシンプルなロゴのみ。

缶バッジも真面目な表情。


知佳は言う。


「これだと“頼れる実務担当”ではあるけど、推したくなる入口が弱いです」


小春が頷く。


「確かに真面目すぎるな」


「例えば、船舶担当らしさを前面に出した“航路安全祈願タオル”とか」


美月が笑う。


「また硬い方向行っとる!」


知佳は慌てて言い直す。


「じゃあ、“美音と出航!応援タオル”」


小春が手を叩く。


「急に昭和の観光船みたいになった!」


彩香が冷静に言う。


「でも前よりマシやな」


知佳はさらに続ける。


「缶バッジは表情差分を増やします。真面目顔だけじゃなくて、困り顔、照れ顔、作業後のドヤ顔」


真帆が頷く。


「ドヤ顔は使えます」


「アクリルフィギュアは、工具を持っている通常版に加えて、ヘルメットを小脇に抱えた現場帰り版。あと、バイクグローブ版」


美月が感心する。


「おお、なんか欲しなるやん」


小春が言う。


「あと“美音さんに叱られたい缶バッジ”とか」


知佳は一瞬止まった。


「それは需要があるかもしれない」


真帆が真顔でメモする。


「検討します」


彩香が引いた。


「検討するんかい」


その日の午後、知佳はさらに細かい分析を出した。


美音グッズの不振理由。


一、露出機会の割に印象的な名場面が少ない。

二、優秀さが説明されないと伝わりにくい。

三、ファンが呼びやすい愛称がない。

四、グッズ写真が真面目すぎる。

五、応援したくなる“隙”が足りない。


小春が言った。


「つまり、美音さんにはコネチカットが足りない」


知佳は即答した。


「それは違います」


「でも隙ってことだろ?」


「そうだけど、コネチカットである必要はないです」


「パイセン、コネチカットに誇り持てよ」


「持ちません」


会議室は笑いに包まれた。


この分析は、真帆から高く評価された。


「知佳さん。戦闘任務以外でも、あなたの分析は使えます」


知佳は少し照れた。


「ありがとうございます」


「今後、イベント収益、物販、人流、SNS反応の解析もお願いしたいです」


「はい。やります」


その瞬間、知佳は胸の奥が少し熱くなった。


大学卒業後の進路。

それは、ずっと彼女の中で曖昧だった。


大学院に進むのか。

研究者になるのか。

企業に入るのか。

官庁へ行くのか。


何でもできそうと言われる。

でも、何になりたいのかは自分でもよく分からない。


けれどヒロ室では、知佳の力がそのまま役に立つ。


戦闘任務では敵の動きを読む。

イベントでは来場者の流れを見る。

グッズ販売ではファン心理を分析する。

現場に出ればヒロインとしてステージにも立つ。


二足のわらじ。


いや、知佳の場合は三足かもしれない。


アナライザー。

現役ヒロイン。

そして、いじられ担当。


小春が肩を叩く。


「パイセン、もうヒロ室で食っていけるんじゃね?」


知佳は笑う。


「食っていけるかは分からないけど、悪くないなって思う」


「お、進路決定?」


「まだ仮説段階」


「出た、統計学専攻」


知佳は笑った。


彼女が戦隊ヒロインになった理由は、太平洋横断ジャンボクイズのワシントン準決勝にあった。

あの時、四人全員が同じ方向を向いていた。

決勝へ行くために、本気で一問に向かっていた。


そのヒリヒリする緊張感が忘れられなかった。


今のヒロ室にも、それがある。


任務で。

イベントで。

会議で。

時にはグッズ売上の解析でさえ。


全員が同じ方向を向いて、何かを良くしようとしている。


それが、知佳には楽しかった。


もっとも、最後まで格好よく終わらないのが知佳である。


真帆が後日、追加資料を持ってきた。


「知佳さん。あなたのグッズ販売データも出ました」


「私の?」


「はい」


小春がすぐに寄ってくる。


「見たい見たい!」


ランキングが表示される。


一条知佳グッズ売上上位。


第一位。

コネチカット缶バッジ


第二位。

押し負けましたアクリルフィギュア


第三位。

統計は大丈夫です応援タオル


第四位。

クイズ女王・一条知佳アクリルスタンド


知佳は静かに頭を抱えた。


「正統派のアクリルスタンドが四位……」


小春は腹を抱えて笑う。


「パイセン、いじられ系強すぎ!」


美月も通りがかりに言う。


「さすがコネチカットやな」


彩香も続く。


「推され方まで押し負けとる」


知佳は反論しようとして、やめた。


データは嘘をつかない。


自分で何度も言ってきた言葉である。


「……受け入れます」


真帆は真顔で言った。


「次回、新商品を出します」


「何ですか?」


「“データは嘘をつかない”手ぬぐいです」


小春が叫ぶ。


「買う!」


知佳は思った。


自分の進路はまだ決まっていない。

でも、この場所ならきっと退屈しない。


アナライザーとして頼られ、ヒロインとして現場に出て、仲間にいじられて、時々自分のデータに自分が負ける。


それも悪くない。


むしろ、かなり楽しい。


一条知佳は、ようやく自分の居場所を見つけつつあった。


ただし、その居場所での正式名称は、本人の希望とは少し違っていた。


ヒロ室の廊下から、小春の声が飛ぶ。


「コネチカットパイセン、真帆さんが呼んでるぞ!」


知佳はため息をつきながら、でも笑って立ち上がった。


「はいはい、今行きます」


クイズ女王は今日も歩く。

統計資料を片手に。

少し抜けた笑顔を浮かべて。

そして誰からも親しまれる、ヒロ室の“コネチカットパイセン”として。

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