中川デルタ包囲網――知佳と理世、はじめての共同作戦
埼玉県八潮市、吉川市、そして千葉県野田市。
中川、江戸川、利根川に囲まれたこの一帯は、首都圏のすぐそばにありながら、水辺と物流、古い集落と新しい住宅街、工場、資材置き場、ヤードが混在する独特のエリアだった。
八潮市は、都心へのアクセスも良く、物流拠点や町工場が集まる実務型の街。
吉川市は、江戸川と中川に育まれた水郷の趣が残り、名物ナマズ料理で知られる落ち着いた街。
野田市は、醤油の街として有名で、利根川・江戸川に挟まれた歴史ある物流と産業の要衝。
派手ではない。
だが、首都圏の裏側を支える血管のような場所だった。
その中川沿いのヤードで、ジェネラス・リンクが不法滞在外国人を利用した違法取引を進めているという情報が入った。
新橋のヒロ室では、作戦会議が開かれる。
参加メンバーは、柏木理世、一条知佳、水無瀬澪、月島小春、金城伊織、高城彩芽、館山みのり。さらに地元が近い大宮麗奈と、流山市出身の森川美里のイベントコンパニオンコンビも加わる。
会議冒頭、理世が珍しく知佳の方を向いた。
「一条さん」
「はい?」
「今回の中川沿いの車両導線、ヤード間の移動履歴、不審車両の出入りを解析していただけますか」
室内が止まった。
小春が目を丸くする。
「理世が頼んだ」
彩芽も驚く。
「今、お願いしたべ?」
澪がぼそっと言う。
「珍しい」
理世は頬をわずかに赤くした。
「任務上、必要だからですわ」
知佳は少し嬉しそうに笑う。
「もちろん。任せて」
数日後、知佳は詳細な分析資料を提出した。
ヤードの出入口、周辺道路の監視カメラ、車両の移動時間、中川沿いの堤防道路、逃走に使われやすい橋の位置。すべてが整理されていた。
理世は資料を読み込み、珍しく素直に頷いた。
「見事ですわ」
また室内が止まる。
小春が小声で言う。
「今日、雪降る?」
理世は睨む。
「降りません」
作戦はこう組まれた。
澪と小春が敵の退路を塞ぐ。
伊織と彩芽が陽動を担当。
みのりが全体を補助。
最後は麗奈と美里が決める。
知佳の解析を土台に、理世が組み上げた包囲作戦だった。
任務当日。
中川沿いのヤード地帯は、無機質な鉄柵、積み上がった中古車、資材置き場、倉庫の影が並ぶ、どこか乾いた空気の場所だった。
理世が無線で指示を出す。
「敵車両、予測ルートへ入りました。小春さん、澪さん、封鎖準備」
小春が答える。
「了解。澪、そっち頼むぞ」
澪はぼーっとした声で返す。
「うん。こっち通れないよ」
敵が別ルートへ逃げようとする。
澪がまた言う。
「そっちも多分無理」
本当に無理だった。
澪がただ立っているだけなのに、敵はなぜか進めない。
小春が感心する。
「澪、お前の退路封鎖、地味に怖いな」
「立ってるだけ」
「それが怖いんだよ」
伊織と彩芽は、通行人を装って敵を誘導する。
彩芽が札幌弁で叫ぶ。
「そっち行ったら危ないべ! こっちだべさ!」
伊織が冷静に補正する。
「彩芽ちゃん、陽動は自然に」
「自然にやってるべ!」
「声が大きいです」
それでも陽動は成功。
敵は予定通り、麗奈と美里の待つ地点へ追い込まれた。
そこで現れたのは、長身で華やかなイベントコンパニオンコンビ。
大宮麗奈は、長い手足を活かして一気に距離を詰める。
しなやかな蹴りで敵の進路を断ち、身を翻して腕を取る。
美里も流れるように連携し、逃げようとした別の男を鮮やかに抑える。
麗奈が髪を払う。
「終わりよ」
美里が穏やかに微笑む。
「逃げ道はありません」
理世の作戦通り。
知佳の分析通り。
任務は見事なまでにスムーズに完了した。
任務後、一行は吉川市内の川魚料理屋に入った。
テーブルには、この界隈の名物であるナマズ料理が並ぶ。
ナマズの天ぷら。
ナマズの蒲焼き。
ナマズの唐揚げ。
彩芽が目を輝かせる。
「ナマズって食べられるんだべか!」
小春が笑う。
「食べる前から失礼だぞ」
麗奈は箸を置き、少し得意げに姿勢を正した。
「今回、私と美里が輝けたのは、知佳のデータ解析と理世の作戦のお陰だわ」
知佳と理世が同時に固まる。
麗奈は続ける。
「本当にありがとう」
美里も柔らかく頷いた。
「お二人のおかげで、私たちは一番いい場面に入れました。とても動きやすかったです」
知佳は少し照れた。
「そんな、大げさだよ」
理世も視線を逸らす。
「当然の作戦ですわ」
だが、嬉しそうだった。
小春がニヤニヤする。
「理世、褒められて照れてる」
「照れていません」
「知佳パイセンも照れてる」
「私はちょっと照れてる」
「素直!」
一方、澪は完全に別世界だった。
ナマズ料理をじっと見ている。
「知ってる?」
彩芽が口いっぱいに食べながら聞く。
「何がだべ?」
澪は淡々と語る。
「ナマズは昔から地震と関係あるって言われてる。でも科学的にはまだ限定的」
彩芽は頷く。
「へぇ」
「あと、泥臭いと思われがちだけど、ちゃんと処理すると美味しい」
「へぇ」
「淡白」
「へぇ」
小春が横から突っ込む。
「彩芽、絶対分かってねぇだろ」
彩芽は笑う。
「うまいってことは分かったべ!」
澪は真顔で頷く。
「それが一番大事」
一同は笑った。
食後、理世が知佳に小さく言った。
「一条さん」
「はい?」
「また、必要な時は解析をお願いします」
知佳は嬉しそうに笑った。
「もちろん」
小春がすぐに茶化す。
「おお、共同戦線!」
理世は即座に否定する。
「任務上の合理的判断ですわ」
知佳はにこにこしている。
「うん。それでいいよ」
その日、中川沿いの任務は完全成功に終わった。
孤高のシロガネーゼは、ついに自分からクイズ女王にデータ解析を依頼した。
それは小さな一歩だったが、二人の距離を確かに縮める一歩でもあった。




