沼津港データトラップ――統計を信じすぎた孤高のシロガネーゼ
静岡県沼津市。
富士山を背に、駿河湾を望む風光明媚な漁港の街である。
海は近く、魚は美味い。水も良い。人も親切。温暖で過ごしやすく、暮らすにも旅するにも実に心地よい。沼津港へ行けば、新鮮な海鮮丼、干物、アジフライ、そして深海魚まで味わえる。観光地としての華やかさと、生活の匂いが同居する、静岡東部の誇る港町だった。
そんな沼津港で、ジェネラス・リンクが漁港物流を悪用した不正取引を企んでいるとの情報が入る。
出動するのは、一条知佳、柏木理世、月島小春、水無瀬澪、金城伊織、高城彩芽、そしてグレースフォースの館山みのりと杉山ひかり。
前回、土浦市旧新治村の任務でドリームトラクター蒼牙2000・改から、
「知佳さんの分析活用率には改善余地がございます」
と、ダメ出しされた理世は、内心かなり根に持っていた。
「機械に言われたくありませんわ……」
そのため今回は、最初から知佳の分析データをしっかり使うことにした。
知佳は沼津港周辺の漁港車両の動線、荷下ろし時間、観光客の流れ、倉庫出入口、不審車両の出現傾向をまとめていた。
「敵は東側倉庫群へ向かう可能性が高いです。時間帯は午後三時四十分前後。観光客が一度引いて、業者車両が増えるタイミングです」
理世は資料を読み、すっと頷いた。
「今回は、このデータを軸に作戦を立てますわ」
小春が目を丸くする。
「おお、理世が素直!」
理世は即座に睨む。
「素直ではありません。合理的判断です」
彩芽が札幌弁で笑う。
「それを素直って言うんだべさ」
理世は聞こえないふりをした。
作戦は明快だった。
小春と澪が東側倉庫群の退路を塞ぐ。
伊織と彩芽が観光客を安全に誘導する。
みのりが全体の補助に入り、静岡市在住のひかりが土地勘と機動力を活かして最後に決める。
知佳は後方でデータ補助。
理世は全体指揮。
任務開始直後、すべては順調に見えた。
敵は知佳の予測通り、東側倉庫群へ向かう。
理世は無線で冷静に指示する。
「小春さん、澪さん、予定通り退路封鎖。ひかりさん、決定打の準備を」
小春が答える。
「了解! コネチカットパイセンの読み、当たりすぎだろ!」
知佳は少し困った声で返す。
「その呼び方、無線でも使うの?」
ひかりは落ち着いて移動する。
「こちらひかり。配置につきます」
だが、そこで異変が起きた。
敵は東側倉庫へ入る直前、急に進路を変えた。
観光客の流れではなく、地元業者しか使わない漁港裏手の細い搬出ルートへ抜けたのである。
理世の表情が固まる。
「……データと違いますわ」
知佳も一瞬息を呑む。
「陽動だった……ごめんなさい。可能性を低く見積もりすぎた」
小春が叫ぶ。
「反省会は後! 逃げるぞ!」
彩芽も慌てる。
「どっち行ったべ!? 港、道がややこしいべさ!」
伊織が即座に一般客を下げる。
「彩芽ちゃん、こっち。人を巻き込まないで」
ひかりも追うが、敵は細い裏道を抜けていく。
あと少しで逃走車両に乗られる。
あわや任務失敗。
その瞬間、無線に澪の声が入った。
「いた」
全員が止まる。
理世が聞き返す。
「澪さん? どこですの?」
「倉庫裏。魚の匂いが薄い方」
小春が叫ぶ。
「何その理由!?」
澪は淡々としている。
「こっちに来る気がした」
そして本当に、敵は澪の目の前に現れた。
澪は無言で退路を塞ぐ。
その隙にひかりが追いつき、みのりが補助、小春が反対側から回り込み、伊織と彩芽が周辺を固める。
任務完了。
失敗寸前のところを、澪の謎スキルで救った形だった。
任務後、一行は沼津港の食堂に入った。
テーブルには、刺身、海鮮丼、アジフライ、干物、深海魚の唐揚げが並ぶ。
沼津港で水揚げされた魚介は新鮮で、どれも抜群に美味い。
小春はアジフライを頬張りながら言う。
「うまっ。任務失敗しかけた後のアジフライ、沁みるな」
彩芽も目を輝かせる。
「海鮮丼、なまらうまいべ!」
伊織は冷静に言う。
「反省会ですから、食べながらでも内容は確認しましょう」
理世は箸を置いたまま、少し沈んでいた。
「今回は、私の判断ミスですわ。データを使うことに集中しすぎました」
知佳がすぐに頭を下げる。
「ごめんなさい。私の分析も甘かった。陽動の確率を低く見すぎたから」
理世は首を振る。
「知佳さんが悪いわけではありません。私が、今度は逆にデータに囚われすぎました」
ひかりが穏やかに言う。
「データは大切です。でも、現場は生きていますから」
みのりも頷く。
「統計を無視しても駄目。過信しても駄目。難しいですね」
伊織も静かに続ける。
「でも、今回それが分かったのは大きいです」
理世は少しだけ表情を緩めた。
「……そうですわね」
知佳は微笑む。
「次は、私ももっと陽動の可能性を重く見る。理世さんも現場判断を入れてくれれば、たぶんもっと良くなる」
理世は小さく頷く。
「次は、もう少し上手く合わせますわ」
それは、二人の距離が少し縮まった瞬間だった。
一方、その横で澪はまったく別の世界にいた。
深海魚の唐揚げをじっと見つめている。
「これ、美味しいよ。深海魚なんだって」
小春が呆れる。
「澪、今日の功労者なのに、関心そこ?」
澪は真顔で頷く。
「深海魚、すごい」
彩芽が箸を伸ばす。
「うまいべ! 澪さん、よくこれ見つけたべさ!」
澪は少しだけ嬉しそうに言う。
「沼津、いい」
理世はその様子を見て、深いため息をついた。
「任務を救った人が、一番反省会に参加していませんわ」
知佳は苦笑する。
「澪ちゃんらしいね」
小春が笑う。
「統計も現場も大事だけど、澪の勘はもっと謎だな」
知佳と理世は顔を見合わせた。
知佳が言う。
「統計では説明できないね」
理世も珍しく同意した。
「ええ。まったく説明できませんわ」
その日、沼津港任務は成功した。
理世は知佳のデータを使うことを覚えたが、同時に、データに縛られすぎる危うさも学んだ。
そして知佳も、自分の分析が万能ではないことを改めて知った。
沼津の海風が食堂の窓を揺らす。
港町の魚は美味く、人は親切で、反省会の空気も少しだけ柔らかくなっていた。
孤高のシロガネーゼとクイズ女王。
二人の距離はまだ近くはない。
だが、同じ海鮮丼を前にして、同じ失敗を振り返るくらいには、少しだけ近づいていた。
その横で澪は、二皿目の深海魚に手を伸ばしていた。
「これも食べる」
小春が突っ込む。
「澪、今日一番楽しんでるだろ」
澪は静かに答えた。
「うん」
お手柄ヒロインは、最後まで掴みどころがなかった。




