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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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992/1054

伊勢佐木町ブルース――統計を捨てた夜

横浜市中区。

観光客が思い浮かべる横浜は、山下公園、赤レンガ、みなとみらいの夜景かもしれない。


だが、伊勢佐木町、福富町、寿町の界隈には、もう一つの横浜がある。古い商店街、ネオンの滲む路地、多国籍の看板、簡易宿泊所、夜更けの酒場、どこからともなく聞こえる昭和歌謡。港町の華やかさの裏側にある、少し湿った、少し危うい、ディープな横浜である。


その夜、ジェネラス・リンクの資金受け渡し情報が入り、ヒロ室から八人が投入された。


一条知佳。

柏木理世。

水無瀬澪。

南部沙羅。

エミリー。

月島小春。

金城伊織。

高城彩芽。


作戦会議は新橋のヒロ室で行われた。


知佳はモニターに地図を映す。


「過去の出没傾向、監視カメラの死角、徒歩移動速度、周辺の路地構造を分析すると、敵は寿町方面へ抜ける可能性が高いです」


彩芽が札幌弁で首をかしげる。


「つまり、どこ行けばいいんだべ?」


知佳は優しく言う。


「簡単に言うと、敵は裏道へ逃げると思う」


「最初からそう言ってほしいべさ」


小春が笑う。


「彩芽、要約が雑すぎる」


しかし理世は資料を閉じた。


「今回は、その分析は参考程度にしますわ」


知佳は目を丸くする。


「え?」


理世は涼しい顔。


「伊勢佐木町から福富町、寿町にかけては、人の流れが複雑です。統計より現場の導線把握を優先すべきですわ」


沙羅が腕を組む。


「まあ、理世さんらしいですわね」


澪は眠そうに呟く。


「また始まった」


エミリーは苦笑い。


「二人とも真面目だね」


理世の作戦はこうだった。

澪と小春が敵の退路を断つ。

伊織と彩芽が通行人を自然に誘導して敵を追い込む。

地元横浜の沙羅とエミリーが土地勘を活かして最後に確保する。


理屈は通っていた。


知佳も反論しなかったが、最後に一言だけ言った。


「でも、敵は福富町の細い路地へ流れると思います」


理世は返す。


「今回は、そうはなりませんわ」


任務開始。


夜の伊勢佐木町には、どこか歌謡曲めいた空気が漂っていた。ネオンが湿ったアスファルトに映り、古い店の看板がぼんやり光る。まるで昔のブルースが、路地裏にまだ残っているようだった。


小春が無線で呟く。


「雰囲気あるなぁ。昭和の刑事ドラマみてぇ」


彩芽が続く。


「なんかラーメン食べたくなるべさ」


伊織が注意する。


「任務中です」


「分かってるってば。ちょっと言っただけだべ」


やがて、敵影が確認される。


理世が冷静に指示を出す。


「小春さん、澪さん、北側を封鎖。伊織さん、彩芽さん、歩行者誘導。沙羅さん、エミリーは待機位置へ」


作戦は順調に見えた。敵は理世の想定通り動く。


理世が小さく息を吐く。


「やはり、こちらで正解でしたわ」


だが、その直後だった。


敵が急に進路を変えた。


寿町方面ではない。

福富町の細い裏路地へ飛び込んだ。


知佳の予測ルートだった。


理世の表情が一瞬固まる。


「……進路変更?」


小春が叫ぶ。


「マジか! そっち細かすぎる!」


彩芽も慌てる。


「待て待て、どっち行ったべ!? こっちか!? いや暗いべさ!」


伊織が彩芽を支える。


「落ち着いて。人を巻き込まないで」


沙羅が舌打ちする。


「まったく、厄介ですわね」


エミリーも走る。


「ルートが狭い!」


理世はすぐに立て直そうとするが、路地は複雑だった。ネオン、看板、酔客、裏口、階段。地図上では一本の道でも、現場では迷路である。


取り逃がす。


その空気が一瞬走った。


その時、無線に静かな声が入る。


「見つけた」


澪だった。


理世が振り向く。


「澪さん?」


「福富町側。知佳さんの予測地点にいた」


小春が叫ぶ。


「澪、なんでそこにいんだよ!」


澪は淡々と答える。


「知佳さんの資料、見たから」


沈黙。


そして澪は続ける。


「念のため」


その“念のため”が奇跡を起こした。


澪が退路を塞ぎ、小春が反対側から追い込み、伊織と彩芽が通行人を安全に下げる。彩芽は札幌弁で叫ぶ。


「そっち行ったら危ないべ! 下がってけれ!」


沙羅とエミリーが最後に挟み込む。


沙羅が優雅に言う。


「横浜で好き勝手はさせませんわ」


エミリーが敵を制圧する。


「チェックメイト!」


任務完了。


被害なし。敵工作員確保。


だが、帰還後の空気は少し重かった。


理世は珍しく黙っていた。


知佳が近づく。


「理世さん、作戦自体は良かったと思います。最後の配置も綺麗でした」


理世は視線をそらす。


「慰めは不要ですわ」


「慰めじゃないよ。本当にそう思ったから」


理世は答えない。


そこへ、缶コーヒーを持った澪が通りかかる。


理世が少しだけ顔を上げる。


「澪さん」


澪は立ち止まる。


「何?」


理世は少し迷う。


「……助かりました」


澪は無表情で頷く。


「うん」


そして、ボソッと言った。


「知佳さんのデータは信用した方がいいよ」


会議室が固まった。


小春が口を押さえる。


「澪が刺した……」


彩芽が目を丸くする。


「澪さん、今けっこう強いこと言ったべさ」


伊織も驚く。


「珍しいですね」


沙羅が面白そうに笑う。


「これは効きましたわね」


エミリーも小声で。


「かなりレアな一言デス」


理世は顔を赤くした。


「……分かっていますわ」


小春がすかさず言う。


「素直じゃねーなー」


理世が睨む。


「黙りなさい」


知佳はにこにこしている。


「次は一緒に分析しよう」


理世は少し間を置いた。


「全面的に採用するとは言っていませんわ」


「うん。参考でいいよ」


「……少しは、参考にします」


小春が拍手する。


「おお、進歩!」


理世はさらに睨む。


「うるさいですわ」


その夜の伊勢佐木町には、まだネオンが滲んでいた。

ブルースのように湿った街で、孤高のシロガネーゼは少しだけ学んだ。


統計は万能ではない。

だが、知佳のデータは無視していいものではない。


そして知佳は、そんな理世を責めるでもなく、ただ嬉しそうに笑っていた。


「こういう任務、嫌いじゃないな」


小春が横から言う。


「コネチカットパイセン、取り逃がしかけたのに?」


知佳は笑う。


「全員で立て直せたから」


澪が小さく頷く。


「それが大事」


理世は何も言わなかった。

ただ、次の作戦会議で知佳の資料を机の一番上に置いた。


もちろん本人は、最後までこう言い張った。


「参考ですわ。ただの参考ですわ」

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