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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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統計学では説明できません――理世を悩ませる女

新橋のヒロ室ミーティングスペースで、柏木理世は深刻な顔をしていた。


目の前には作戦資料。

机の上には紅茶。

そして視界の端には、理世の理解を超えた現象があった。


一条知佳の周りに、また人が集まっているのである。


「コネチカット先輩、これ教えてください!」


高城彩芽がノートを抱えて飛び込んできた。


「はいはい。今日は何?」


知佳は穏やかに笑う。黒髪ショートボブに知的な顔立ち。東都の名門国立大学で経済学と統計学を学ぶ才女。学生クイズ女王。歩く百科事典。しかも愛嬌抜群。


理世は小さく眉を寄せた。


彩芽はノートを開く。


「期待値って、期待していい値っすか?」


普通なら頭を抱える質問だ。


しかし知佳は笑わない。


「名前はそう聞こえるよね。簡単に言うと、何回もやった時に、平均でどれくらい得するかってことだよ」


「おお……分かった気がするっす!」


「分かった気がする、は第一歩だよ」


彩芽は満足げに頷いた。


そこへ月島小春が現れる。


「コネチカットパイセン、これ何て読むん?」


「それは“攪乱”だよ」


「かくらん?」


「敵を混乱させること」


「それ、あたし得意じゃん」


「うん。小春ちゃんは自然に攪乱してるね」


「褒めてんのか、それ」


知佳はにこにこしている。


理世は紅茶を一口飲んだ。


理解できない。


なぜこの女の周りには人が集まるのか。


理世も知性派だ。

白金育ちのシロガネーゼ。語学堪能。国際教養に明るく、作戦立案能力も高い。自分の能力に不足があるとは思っていない。


だが、彩芽は理世には質問しない。

小春も理世には資料を読ませない。

陽菜は理世の前だと妙に姿勢が固くなる。


なのに知佳には、みんな気軽に寄っていく。


しかも呼び名がひどい。


「コネチカット」。


発端は、知佳が『太平洋横断ジャンボクイズ』の準決勝で押し負けた伝説の一問だった。答えは「コネチカット妥協」。それを面白がった美月が「コネチカット」と連呼し、彩香、綾乃、小春にまで感染した。


今では小春が年下なのに、


「コネチカットパイセン!」


と堂々と呼ぶ。


理世は心底分からなかった。


なぜ受け入れるのか。


なぜ怒らないのか。


なぜ本人まで少し面白がっているのか。


ある日、理世はついに聞いた。


「一条さん」


「はい?」


「その呼び方、嫌ではありませんの?」


知佳は少し考えた。


「最初は変だなと思ったけど、今は面白いからいいかなって」


理世は停止した。


「面白いから?」


「うん」


「名誉や品位というものは?」


「本名を忘れられなければ大丈夫かな」


理世は紅茶のカップを置いた。


「理解不能ですわ」


小春が横から口を挟む。


「理世は真面目すぎるんだよ。パイセンくらい緩い方が人気出るって」


理世は鋭く小春を見る。


「あなたは仲裁役ですの? それとも知佳さん側ですの?」


小春は即答した。


「七三でパイセン寄り」


「中立ではありませんわ!」


「三は理世に残してるじゃん」


「いりません!」


ミーティングスペースに笑いが起こる。


知佳だけが不思議そうに首をかしげていた。


理世にとって、それもまた腹立たしい。

知佳は敵意がない。こちらが壁を作っても、普通に話しかけてくる。皮肉を言っても、ほとんど刺さらない。


作戦会議でもそうだった。


都内湾岸エリアの警備任務で、知佳が資料を出す。


「過去データと天候、交通量、SNS投稿の傾向から、来場者のピークは十四時四十分前後です。警備導線は東側を厚くした方がいいと思います」


理世は資料をめくる。


「そのサンプル数では偏りがありますわ」


「そこは補正してあります」


「補正値に恣意性が入ります」


「それは否定できません。でも、未補正よりは現実に近いです」


「敵がこちらの予測を読んでいたら?」


「その場合は現場判断ですね」


「つまり、統計だけでは不十分ということですわ」


「はい。だから理世さんの作戦立案が必要です」


理世は言葉に詰まった。


反論するつもりだった。

だが、知佳は理世を否定していない。むしろ必要だと言っている。


小春が横でニヤニヤする。


「理世、褒められてんじゃん」


「黙りなさい」


「照れてる?」


「違いますわ!」


彩芽が菓子を食べながら言う。


「理世さん、顔赤いっす」


「お菓子を食べながら分析しないでください!」


「分析じゃなくて感想っす」


会議は一瞬で低レベルに落ちた。


普段のヒロ室なら、この程度が普通である。

レモンティーとミルクティーで美月と彩香が揉め、陽菜のおやつを小春が隠し、美紀が健康面から注意する。


しかしこの日は、知佳と理世の議論だけは妙に高度だった。


「相関係数が」


「リスク分散が」


「母集団が」


「現場変数が」


彩芽は完全に脱落した。


「呪文っす」


小春も頷く。


「今日の喧嘩、頭良すぎて眠い」


伊織だけが少し分かっている顔をしていた。


「二人とも正しいんだと思います。見ている角度が違うだけで」


理世は伊織を見る。


「その通りですわ」


知佳も頷く。


「うん。だから組み合わせれば強い」


理世はまた困った。


知佳は、なぜそんな簡単に“組み合わせる”と言えるのか。

自分の理論を押し通すのではなく、相手の良さを取り込もうとする。

それは理世にとって、非常にやりづらい相手だった。


数日後。


小春は偶然、ミーティングスペースで理世を見つけた。


理世は一人で資料を読んでいた。

表紙には、はっきりと書いてある。


一条知佳 分析資料


小春の目が輝く。


「おっ」


理世は即座に資料を閉じた。


「何ですの」


「理世、コネチカットパイセンの資料読んでんじゃん」


「参考資料ですわ」


「めっちゃ読み込んでる顔してた」


「確認です」


「使ってるやん」


「使っていませんわ!」


そこへ、タイミング悪く知佳が入ってきた。


「あ、理世さん。その資料、読んでくれてるんだ」


理世は固まる。


「違いますわ。参考にしただけです」


「ありがとう」


「感謝される筋合いはありませんわ」


知佳は柔らかく笑った。


「でも、嬉しいよ」


理世は視線をそらした。


こういうところだ。


敵意を向けても怒らない。

皮肉を言っても傷つかない。

褒めると素直に喜ぶ。

こちらが距離を取っても、知佳は壁を作らない。


理世は小さく呟いた。


「……統計学では説明できませんわ」


知佳が首をかしげる。


「何が?」


小春がにやりと笑う。


「パイセンの人たらし力」


「人たらし?」


「そう。理世が今まさに沼に沈みかけてる」


理世は立ち上がった。


「沈んでいません!」


「じゃあ資料返せば?」


「これは必要ですわ」


「ほら沈んでる」


「違いますわ!」


その後の作戦会議で、理世は涼しい顔で言った。


「一条さんの人流分析を一部採用します」


小春がすぐ反応する。


「一部?」


「一部ですわ」


知佳は嬉しそうに頷いた。


「ありがとう。理世さんの作戦に入れてもらえるなら心強いよ」


理世はまた言葉に詰まる。


「……任務のためです」


「うん。それでいいと思う」


その一言で、理世はさらに調子を崩した。


任務は成功した。

知佳の分析は的中し、理世の作戦立案も見事だった。人員配置は無駄がなく、現場の揺らぎにも対応した。


終了後、小春が二人を見て言う。


「やっぱ名コンビじゃん」


知佳と理世は同時に答えた。


「違います」


「違いますわ」


声が完全に揃った。


彩芽が拍手する。


「仲良しっすね」


理世は即座に否定する。


「仲良くありません!」


知佳は少し笑う。


「でも、息は合ったね」


理世は黙った。


それは否定しきれなかった。


新橋のヒロ室では、今日も知佳の周りに人が集まる。

小春は「コネチカットパイセン」と呼び、彩芽はノートを持って相談に来る。陽菜はおずおずと質問し、美紀は健康イベントの来場者予測を頼む。


理世は相変わらず少し離れた場所から見ている。


だが、以前より少しだけ近い場所に立っていた。


知佳は何も気づかず、いつものように笑っている。


「理世さんも、お茶飲む?」


理世は少し間を置いて答えた。


「……いただきますわ」


小春が目を輝かせる。


「おお、理世がパイセンのお茶会に参加した!」


「お茶会ではありません」


知佳は笑った。


「じゃあ作戦会議後の休憩かな」


理世はカップを受け取りながら、小さく言った。


「……それなら構いませんわ」


小春は確信した。


孤高のシロガネーゼは、まだ認めていない。

だが、確実にコネチカット沼に片足を突っ込んでいる。


そして理世本人だけが、それを最後まで認めないのだった。

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