コネチカットは今日も前へ出る――歩く百科事典は今日もヒロ室でいじられる
一条知佳は、ヒロ室に現れた新しい種類の戦隊ヒロインだった。
東都の名門国立大学で経済学と統計学を専攻する才女。学生クイズ女王。膨大な知識量から「歩く百科事典」と呼ばれ、ヒロ室ではアナライザーとして来場者予測、SNS反応分析、敵組織の出現傾向、イベント効果測定までこなす。
真帆はいつも無表情で資料をめくりながら言う。
「知佳さんの数字は、かなり信用できます」
遥室長も頷く。
「分析だけなら即戦力どころか、もう主力だら」
しかし知佳は、机に座って数字だけ眺めるタイプではなかった。
デモ隊の警備。
要人警護。
駅前イベントの整理。
商店街の防犯キャンペーン。
どこにでも出る。
彩香が呆れて聞く。
「アンタ、アナライザーやろ。なんで現場におるん?」
知佳はヘルメットの紐を直しながら、にこっと笑った。
「現場を見ないと、数字の意味が分からないから」
美月が横から感心したように言う。
「コネチカット、真面目やなぁ」
「その呼び方、まだ続くの?」
知佳は苦笑いする。
もともとは、ただの美月のいじりだった。
知佳が『太平洋横断ジャンボクイズ』準決勝で森脇航平にコンマ数秒差で押し負けた伝説の一問。その答えが、コネチカット妥協だった。
その放送を見ていた美月は、ヒロ室で初対面した日から、
「うわ、本物のコネチカットや!」
と大騒ぎした。
最初は知佳も、
「一条知佳です」
と訂正していた。
だが美月はしつこかった。
「コネチカット、昼飯行こ」
「コネチカット、これ何て読むん?」
「コネチカット、クイズ出して」
あまりに連呼するので、周囲にも伝染した。
彩香まで、
「コネチカットぉ〜、ほなカフェ行こうや」
と呼び始め、綾乃は優雅に、
「コネチカットはん」
小春に至っては年下なのに、
「コネチカットパイセン!」
と満面の笑みで呼ぶようになった。
「私、東京都文京区出身なんだけど」
知佳が言うと、小春は真顔で返す。
「でも魂の出身地はコネチカット州ですよね?」
「違うよ」
決定打になったのは、ある雑誌インタビューだった。
記者が何気なく聞いた。
「アメリカの州で、行ってみたいところはありますか?」
知佳は少し考えて、にこりと笑った。
「コネチカット州です」
ふざけたのか、本気なのか。
本人にも分からない絶妙な答えだった。
その記事が出た翌日から、ニックネームは完全に確定した。
美月は雑誌を掲げて勝ち誇った。
「ほら! 本人公認やん!」
知佳は笑いながら両手を上げた。
「もう好きにしてください」
こうして、ヒロ室ではクイズ女王・一条知佳よりも、コネチカットの方が通りがよくなった。
だが、いじられキャラで終わらないのが知佳だった。
知佳はフォア・ザ・チームの精神が強い。
自分が目立つことも好きだが、それ以上に「全員で同じ方向を向く」ことが好きだった。
大型イベントの警備計画では、知佳の分析が大きく役立った。
「この会場、午後二時から三時に人流が詰まります。親子連れが増える時間帯なので、トイレ前と物販横に人員を追加した方がいいです」
真帆が資料を確認する。
「根拠は?」
「過去イベントの来場者属性、天候、交通機関の到着時間、SNS投稿のピークです」
琴音が感心して呟く。
「怖いくらい当たるずら」
任務当日、知佳の予測通り午後二時十五分に人流が詰まり始めた。
美月は警備誘導しながら叫ぶ。
「コネチカット予報、当たりすぎやろ!」
知佳は無線で返す。
「気象予報みたいに言わないで」
さらに知佳は、後輩の面倒見も良かった。
高城彩芽が聞く。
「知佳先輩、標準偏差って何ですか? 強い必殺技ですか?」
知佳は笑顔でホワイトボードを出す。
「違うけど、そう思うと覚えやすいね。みんなのタイムがどれくらいバラついているかを見る数字だよ」
山本あかりも手を挙げる。
「期待値って、期待していい値ですか?」
「名前はそう聞こえるよね。何回もやった時、平均でどれくらい得するかって考えると分かりやすいよ」
絶対に馬鹿にしない。
分かるまで説明する。
だから年下組からは「優しいお姉さん」として慕われる。
一方で、同じ知性派の柏木理世は面白くなかった。
理世は港区育ちの孤高のシロガネーゼ。上智系の国際派でトリリンガル。自他ともに認めるインテリだったが、周囲と距離があり、少し冷たい印象も持たれていた。
そこへ知佳が来た。
頭がいい。
分析できる。
現場に出る。
後輩に優しい。
いじられても笑う。
人気がある。
理世にとっては、面白いはずがない。
会議で知佳が分析結果を出すと、理世は必ず一言挟む。
「そのサンプル数で結論を出すのは早計では?」
知佳は穏やかに返す。
「そこは補正してありますよ」
「補正にも恣意性が入ります」
「それはそうですね。じゃあ一緒に検証します?」
理世は黙る。
美月が小声で彩香に言う。
「理世、コネチカット意識しすぎやな」
彩香は冷静に頷く。
「同族嫌悪や」
綾乃が扇子を閉じて微笑む。
「知佳さんは自然体で人の懐に入らはる。理世さんには、それが一番面白うないんどす」
知佳だけが、まったく気づいていない。
「理世さん、優秀だよね」
そう言って本気で感心している。
その鈍感さに、美月は腹を抱えた。
「コネチカット、そこがまた怖いねん!」
知佳は今日も首をかしげる。
「何が?」
歩く百科事典。
統計アナライザー。
前線にも出る万能型。
後輩に優しいお姉さん。
そしてヒロ室公認のいじられキャラ。
一条知佳は、今日も笑顔で現場へ出る。
美月が後ろから叫ぶ。
「コネチカットパイセン、行くで!」
小春が乗っかる。
「パイセン、分析お願いします!」
彩香が笑う。
「コネチカットぉ、終わったらカフェや」
知佳は少しだけため息をつき、でも楽しそうに答えた。
「はいはい。行きますよ」
本人も、もう少しだけ面白がっていた。




