クイズ女王は戦場で何を解く?――一条知佳、ヒロ室入りの理由
一条知佳は、東京都文京区が生んだ“歩く百科事典”だった。
文京区。
大学、出版社、古書店、庭園、坂道、落ち着いた住宅街。
派手さはないが、東京の中でも知性と文化がぎゅっと詰まった街である。
知佳の実家も、いかにも文京区らしかった。
父は大手出版社で学術書を担当する編集者。家の本棚には、世界史、経済学、哲学、統計学、民俗学、昭和芸能史、さらに古い百科事典まで、普通の家庭ならまず置かない本が詰まっていた。
幼い知佳は、それを漫画のように読み漁った。
「お父さん、この本、難しいけど面白いね」
父は嬉しそうに笑った。
「知佳、それは大学生でも途中で寝る本だぞ」
そうして育った知佳は、気づけば歴史も地理も文学も経済も芸能も雑学も強い、異常な知識量の女子大生になっていた。
東都を代表する国立名門大学で経済学と統計学を専攻する才女。
黒髪ショートボブ。整った顔立ち。上品で清楚。穏やかな性格で愛嬌もある。
キャンパスでは当然モテた。
ただし、同世代の男性には妙に厳しかった。
恋愛参加番組**『ねるとん赤鯨団』**に出演した時など、五人から告白されたにもかかわらず、知佳は笑顔で全員に言った。
「ごめんなさい」
司会者が慌てる。
「えっ、五人とも!?」
知佳はにこにこ。
「はい。皆さん素敵でした。でも将来的な交際成功率が低いと判断しました」
スタジオが凍った。
商社マンには、
「海外赴任リスクが高いです」
医学生には、
「生活時間帯が合わなそうです」
スポーツマンには、
「私より足が遅かったので」
クイズマニアには、
「アメリカ州都問題を間違えたので」
最後の男性は膝から崩れた。
司会者は頭を抱えた。
「この子、笑顔で全員切ったよ!」
しかし、知佳は子供やお年寄りにはとても優しい。
イベントで子供に質問されれば、必ずしゃがんで目線を合わせる。
「統計ってなに?」
と聞かれれば、
「たくさんの出来事を集めて、どうなりやすいか見る方法だよ」
と柔らかく答える。
お年寄りに道を聞かれれば、目的地まで一緒に歩く。
だから冷たいわけではない。むしろ優しい。
ただ、勝負事と恋愛判定になると、急に計算機の精度が上がるだけである。
そんな知佳が一躍有名になったのが、国民的人気番組**『太平洋横断ジャンボクイズ』**だった。
知力、体力、時の運。
数万人の挑戦者から勝ち上がり、知佳は準決勝ワシントンDCまで進んだ。
彼女のクイズ力は本物だった。
ひらめき、知識量、押しの鋭さ、勝負勘。どれも一級品。
ただし、時々とんでもない誤答をした。
フェニックス砂漠のバラマキクイズでのこと。
問題。
「世界最大の淡水湖は何でしょう?」
知佳は封筒を開けた瞬間、勢いよく叫んだ。
「琵琶湖!」
スタッフも挑戦者も止まった。
司会の福原功一アナは、しばらく無言で知佳を見た。
「知佳さん、今、“世界最大”って言いましたよ」
知佳は両手で顔を覆った。
「違うのは分かってたんです!」
福原アナは嬉しそうに毒を吐く。
「知佳は統計学専攻してるけど、統計は大丈夫か?」
砂漠に大爆笑が起こる。
知佳は真っ赤になりながら言い返した。
「統計は大丈夫です! 今のは湖です!」
この言い訳がまた視聴者に受けた。
強いのに抜けている。
賢いのにお茶目。
これが知佳の人気を決定づけた。
一方で、統計学に関しては本当に外さない。
確率、期待値、傾向分析、誤差、母集団、サンプル数。ここでは珍回答が出ない。
後にヒロ室で美月が聞いた。
「コネチカット、期待値って期待したらええ値なん?」
知佳は怒らずに説明した。
「名前はそう聞こえるよね。簡単に言うと、何回もやった時に平均でどれくらい得するかってことだよ」
隣であかりが目を丸くする。
「うち、初めて分かった気がします!」
知佳はにっこり。
「分かった気がする、は大事だよ」
その説明力には、教員志望の金城伊織すら舌を巻いた。
「知佳さん、教えるの上手すぎます」
知佳は首をかしげる。
「そうかな?」
「相手を馬鹿にしないで、分かるところまで降りて説明できる人は少ないです」
その言葉に、知佳は少し照れた。
だが、そんな知佳が戦隊ヒロインプロジェクトを選んだ理由は、進路として計算したからではない。
むしろ逆だった。
知佳は何でもできた。
クイズもできる。勉強もできる。人前にも出られる。分析も得意。容姿も愛嬌もある。
だからこそ、将来を決めきれなかった。
教員には興味がない。
普通のOLも違う。
官僚にもなりたくない。
アナウンサーもピンと来ない。
海外留学も、実は海外そのものにそこまで興味がない。
「大学院かな。経済学と統計学をもっとやるのも悪くないし」
その程度だった。
明確な目標を持つ伊織や、女子アナ志望のさつき、ひかりが少し羨ましかった。
そんな知佳の転機が、ジャンボクイズのワシントン準決勝だった。
高槻誠司。
森脇航平。
早乙女涼太。
そして知佳。
四人全員が本気だった。
全員が同じ方向を向いていた。
ニューヨーク決勝という一点へ向かって、知力も体力も運も全部ぶつけていた。
知佳は敗れた。
だが、人生で一番楽しかった。
帰国後、街を歩けば声をかけられる。
電車に乗れば振り返られる。
本屋でサインを求められる。
注目されることが好きな知佳にとって、それは悪くなかった。
でも、満たされない。
あのヒリヒリ感がない。
同じ方向を向いて本気になる仲間がいない。
そんな時、知佳は戦隊ヒロインプロジェクト新規募集の告知を見つける。
地域振興。
健全な青少年育成。
治安維持。
全国の仲間たち。
知佳は画面を見つめた。
「これだ」
新橋のヒロ室での面接。
芹沢遥室長、安岡真帆、小宮山琴音を前に、知佳は落ち着いて話した。
「私はもう一度、本気で同じ方向を向く仲間が欲しいんです」
「ジャンボクイズの準決勝みたいに、全員が本気で、同じ目標へ向かっている場所に行きたい」
「戦隊ヒロインプロジェクトなら、それができると思いました」
遥室長は静かに頷いた。
真帆は資料を閉じた。
琴音は小声で言った。
「10点満点中100点ずら」
その場で合格だった。
その後、富士川分室での研修でも、知佳は高い身体能力と根性を見せた。戦闘任務も問題なし。さらに統計学専攻を活かして、アナライザーとしても起用されることになった。
来場者予測。
SNS反応分析。
敵組織の出現傾向。
作戦成功率。
イベント効果測定。
知佳の分析はほぼ外れない。
美月は呆れる。
「歩く百科事典どころか、歩く電卓やん」
彩香は冷静に言う。
「腹立つけど、数字は信用できる」
知佳は笑う。
「腹立つは余計です」
完璧なようで、時々早とちり。
上品なようで、勝負になるとえげつない。
優しいのに、恋愛番組では全員落とす。
珍回答もするが、統計は完璧。
一条知佳は、ヒロ室にいなかったタイプのヒロインだった。
そして彼女は、ようやく見つけた。
自分が本気になれる場所を。
全員で同じ方向を向ける仲間を。
知力も、体力も、愛嬌も、ちょっとしたおっちょこちょいも、全部使える戦場を。




