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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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川崎西口デッキ迷宮――澪だけが知る幸区の抜け道

川崎駅西口直結の大型ショッピングセンターは、朝から異様な熱気に包まれていた。


駅から雨に濡れずに入れる抜群の利便性、広いイベント広場、飲食店、映画館、ファッション、家電、親子連れ向けの施設まで揃う、川崎市を代表する巨大商業空間。休日ともなれば、買い物客、家族連れ、学生、会社員、観光客が入り乱れ、川崎駅西口一帯そのものが一つの都市のように動き出す。


この場所は、戦隊ヒロインイベントの開催地としても定番だった。

人が集まる。駅から近い。ステージが組みやすい。川崎市民の熱量もある。


だがこの日は、いつも以上に会場がカオスだった。


ステージ前の一角を埋め尽くしていたのは、川崎市章入りのサックスブルーTシャツを着た集団。


水無瀬澪後援会である。


本人の水無瀬澪は、相変わらずぼーっとしていた。


「……人、多い」


それだけで後援会は沸いた。


「澪ちゃーん!」


「今日も幸区の誇りー!」


「川崎の静かな星ー!」


MCの月島小春は、マイクを持ったまま呆れた。


「澪、今ほぼ何も言ってねぇぞ」


澪は首を傾げた。


「……そう?」


「そうだよ」


さらに別の場所では、阿部柚葉を応援する首都圏在住の阿部一族が集結していた。親戚一同、やたら統率が取れている。柚葉の従妹で、現在は柚葉の居候先で同居している小野寺彩音もいる。将来の戦隊ヒロイン加入が内定している少女で、今日は見学のはずだった。


「柚葉姉、私も手伝うから!」


柚葉は苦笑した。


「まだ早いよ、彩音。でも、気持ちは嬉しい」


「もう半分くらい戦隊ヒロインだよね?」


「まだ内定だから」


その横では、蛯沢紗耶を静かに応援する一団がいた。紗耶はかつて堀之内で働いていた元ソープ嬢で、現在はその世界を離れ、戦隊ヒロインとして再出発している。元常連たちは妙に礼儀正しく、遠巻きに拍手していた。


「紗耶ちゃん、無理すんなよ」


「応援してるからな」


紗耶は困ったように笑う。


「だから、もう現役じゃないってば……でも、ありがとう」


そして金城伊織には、沖縄県人会が熱烈応援。


「いおりー!」


「うちなーんちゅの星ー!」


「沖縄代表、ちばりよー!」


南部沙羅は腕を組み、会場を見渡した。


「川崎、すごい混沌ですね。横浜とは違う圧があります」


小春がすかさず突っ込む。


「沙羅っち、それ褒めてんのか?」


「一応、褒めています」


「一応かよ」


そんな異様な空気の中、ステージに塩原結花が登場した。


艶やかな長い黒髪。

上品な微笑み。

高原のそよ風のような清涼感。


“さわやか結花さん”が立った瞬間、会場の空気が変わった。


「皆さま、本日はボウリングのワンポイントレッスンをさせていただきますわ」


結花がボールを手にし、静かにフォームを取る。


「大切なのは、力ではございません。軸、目線、そして最後までボールを信じる心ですの」


騒がしかった澪後援会まで、なぜか静かになった。


結花が流れるように助走し、リリースの形を見せる。

指先、肩の角度、膝の使い方。

教科書のようなフォームだった。


すると、澪後援会の中年男性が真剣な顔で真似をした。


結花は微笑む。


「まあ……そのフォーム、理想的ですわ」


男性は感涙した。


「結花さんに褒められた!」


後援会が大歓声。


澪はぼーっと拍手した。


「……よかったね」


小春は笑った。


「何のイベントか分かんなくなってきたな」


イベントは大盛況のうちに終わるはずだった。


だが、澪が珍しく立ち止まった。


「……変」


みのりがすぐに反応する。


「澪ちゃん、どうしたの?」


澪は西口デッキの方をぼんやり見た。


「見たことない人がいる。歩き方が、ここらへんの人じゃない」


小春の目つきが変わる。


「詳しく」


澪は続ける。


「駅から来たふりしてるけど、搬入口の方を見てる。あそこ、普通の人は見ない」


幸区の地元民である澪は、駅西口のデッキ、商業施設の裏動線、高層マンション側への抜け道、多摩川方面へ抜ける道を体で覚えていた。


調べると、ジェネラス・リンク工作員が、近隣の研究施設から盗み出した機密データを持ち、多摩川方面へ逃げようとしていることが判明した。


小春はマイクを置いた。


「任務だな」


ヒロインたちは即座に動いた。


しかし、問題があった。


なぜか澪後援会がついてくる。


「澪ちゃんの地元を守るぞ!」


さらに阿部一族もついてくる。


「柚葉を応援する!」


沖縄県人会もついてくる。


「伊織ちゃん、ちばりよー!」


紗耶の元常連客も静かについてくる。


「何か手伝えることあるか?」


小春が叫んだ。


「一般人は来るな!」


だが、誰も止まらない。


小野寺彩音まで柚葉の後ろを走っていた。


「柚葉姉、私も行く!」


「彩音、危ないから後ろ!」


「後ろから見てる! でも私も戦隊ヒロインの一員だから!」


柚葉は困った顔をしながらも、少し嬉しそうだった。


「まだ早いって言ってるでしょ……でも、右側見てて」


「うん!」


彩音はぱっと表情を輝かせた。


多摩川河川敷。


工作員たちは、そこで一度合流しようとしていた。

しかし、先回りしていたのは澪後援会だった。


「そっち行ったぞ!」


「堤防側だ!」


「澪ちゃんの地元で好き勝手するな!」


工作員たちは、まさか一般人に足止めされるとは思っておらず、完全に動きが鈍った。


そこへヒロインたちが到着する。


みのりとひかりのグレースフォースが左右から展開する。

伊織は冷静に中央を押さえ、柚葉は素早く横へ回り込む。

小春は威勢よく敵の注意を引きつけた。


「逃げ場はねぇぞ!」


彩音も後方から叫ぶ。


「柚葉姉、右の人、動いた!」


「助かった、彩音!」


彩音は得意げに胸を張る。


「ほら、私も戦隊ヒロイン!」


柚葉は苦笑する。


「まだ見習いね」


澪と紗耶は、澪後援会と一緒に退路を塞いでいた。


澪がぼーっと言う。


「……そっち通れないよ」


紗耶も静かに続ける。


「通さないよ」


沙羅は少し離れたところで声援を送っていた。


「皆さん、頑張ってください!」


小春が怒鳴る。


「沙羅っち、もっと前に出て!」


「私は全体を見ています」


「応援してるだけだろ!」


最後、工作員が二手に分かれた。


結花が前へ出る。


「難しいスプリットですわね」


澪がぽつりと言う。


「風、左から」


結花は微笑む。


「ありがとうございます、澪さん」


そして、先ほどイベントステージで披露した通りのフォームを取った。


低い踏み込み。

美しい腕の振り。

完璧なリリース。


制圧球は多摩川の風を受けながら、滑るような弧を描いた。

一人目の足元を崩し、河川敷の傾斜で角度を変え、二人目の逃げ道を断つ。


「スペアメイク、完了ですわ」


任務完了。


澪後援会は大歓声だった。


「澪ちゃんが風を読んだ!」


「幸区の守護神だ!」


「多摩川の女神だ!」


澪は首を傾げた。


「……そう?」


後日。


水無瀬澪後援会会報、**『MIO REPORT』**では、この日の顛末が大特集された。


見出しは大げさだった。


「水無瀬澪、多摩川決戦で敵退路を完全封鎖!」


実際の澪は「そっち通れないよ」と「風、左から」と言っただけだったが、記事では“幸区の地理を知り尽くした静かな参謀”として針小棒大に書かれていた。


さらに紙面には、なぜかこういうコーナーが載った。


澪ちゃん直伝・ボウリングスコア上達ワンポイントレッスン


内容は、ほぼ結花の受け売りである。


おまけに、川崎市内ボウリング場の貸し靴割引券付き。


その結果、川崎市内各所のボウリング場は大盛況となった。

しかもなぜかハイスコアが連発した。


支配人たちは首をかしげた。


「急にフォームのいい客が増えたな……」


「澪ちゃん効果か?」


当の澪本人は、後援会からもらった肉まんを食べながら言った。


「……ボウリング、流行ってよかった」


結花は上品に微笑む。


「澪さんのおかげですわ」


澪はまた首を傾げた。


「……そう?」


最後まで自覚はなかったが、幸区の平和は確かに守られた。

そして川崎のボウリング場には、しばらく謎の好スコアブームが続いた。

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