房総の風は曲げて倒す――鴨川港、ストライク令嬢と千葉愛暴走グレースフォース
千葉県鴨川市。
太平洋を望む南房総の観光都市であり、海、山、温暖な気候、新鮮な魚介、そして全国的に有名な大型水族館を抱える、千葉県屈指の観光地である。海岸線は明るく、港には潮の匂いがあり、観光客の足取りまでどこか軽い。
この日、鴨川港では海産物イベントが開かれていた。
参加する戦隊ヒロインは、塩原結花、館山みのり・杉山ひかりのグレースフォース、月島小春、森川美里、水無瀬澪、金城伊織、高城彩芽。
特にみのりは、地元千葉でのイベントだけに朝から鼻息が荒かった。
「皆さん、ここが鴨川です。南房総の海、観光、水族館、海産物。千葉県の魅力が凝縮されています」
ひかりが笑う。
「みのり、もう演説始まってるよ」
「まだ序章です」
千葉県流山市出身の美里も、いつも以上に華やかだった。イベントコンパニオンとして完璧な笑顔で来場者を迎える。
「本日は鴨川の海の幸を楽しんでいってくださいね。千葉は本当に良いところですから」
小春が呆れる。
「千葉勢、圧が強ぇな」
結花も上品に微笑む。
「海の景色は素晴らしいですわね。ただ、那須高原の爽やかな風も負けておりませんの」
ひかりも静かに参戦する。
「静岡も海と山がありますよ。富士山もありますし」
みのりの目が光る。
「富士山は認めます。でも房総の海風も唯一無二です」
澪はぼーっとしていた。
「……何の勝負?」
彩芽も首をかしげる。
「県の強さ比べだべか?」
伊織がため息をつく。
「任務前から脱線しないでください」
イベントは大盛況だった。
みのりは地元代表のような勢いで鴨川を紹介し、ひかりは柔らかく進行を支え、美里は抜群の笑顔で客を引き寄せる。結花は海産物を上品に食レポした。
「脂の乗りが大変上品ですわ。潮の香りがふわりと広がりますの」
澪は試食コーナーでアジを食べていた。
「……おいしい」
小春が突っ込む。
「それしか言ってねぇけど、妙に説得力あるな」
イベント後、一行は休憩所で南房総名物のびわゼリーを食べることになった。
みのりはここでも止まらない。
「南房総はびわの産地としても有名です。温暖な気候、海からの風、山の斜面。これが上品な甘みを生むんです」
澪は一口食べる。
「……おいしい。ぷるぷる」
彩芽も感動する。
「これ、果物の温泉みたいだべさ!」
伊織が首を傾げる。
「意味は分かりませんが、美味しいのは分かります」
結花は上品に頷く。
「爽やかな甘みですわね。那須の乳製品とも合いそうですの」
みのりが即座に反応する。
「千葉のびわです。まず千葉単体で褒めてください」
ひかりが笑う。
「みのり、細かい」
その時だった。
伊織の表情が変わった。
港の冷蔵コンテナの陰。
荷役作業員のように見える男たちが、同じ場所を不自然に行き来している。荷物を見る目ではない。通路と通信設備を確認している。
伊織は静かに言った。
「……怪しいですね」
小春がすぐ反応する。
「どれだ?」
「右奥の三人です。観光客でも作業員でもありません」
みのりの顔が一気に引き締まった。
「千葉で妙な真似はさせません」
ひかりも隣で頷く。
「みのり、行こう」
美里は笑顔を消さずに観客を誘導する。
「皆さん、こちらで試食の続きがありますよ」
自然に人の流れを安全側へ逃がした。イベントコンパニオンとしての経験が生きる。
ジェネラス・リンクの工作員たちは気づかれたと悟り、港から海岸沿いへ逃走を始めた。
みのりが即座に指揮を執る。
「小春さんは右から。伊織さんは中央。彩芽さんは前に出すぎないで。澪ちゃんは……見ていてください」
澪は頷く。
「……見てる」
小春が笑う。
「扱い雑だけど、まあ澪はそれで役に立つからな」
彩芽は走り出そうとする。
「捕まえるべさ!」
伊織が制止する。
「待ちなさい。みのりさんの指示を聞いてください」
「また止められたべ!」
「毎度のことです」
海岸沿いへ追い込まれた工作員たちは、潮風の強い道へ逃げ込む。濡れた舗装、砂、低い防波堤。普通なら足場が悪く、追跡には向かない。
しかし、結花にとっては違った。
結花は一歩前へ出る。
「少々、風の強いレーンですわね」
潮風が、艶やかな長い黒髪を揺らす。
「けんど、読めねぇほどじゃございません」
みのりが振り返る。
「結花さん、お願いします」
ひかりも微笑む。
「結花さんなら、曲げられます」
結花は制圧球を構えた。
海風。
砂の流れ。
路面の湿り。
敵の足幅。
逃げる角度。
すべてを読む。
低い助走。
美しい踏み込み。
そして、しなやかなリリース。
放たれた球は、風を受けながらわずかに曲がった。まるで房総の海風そのものを味方につけたように、滑るように敵の足元へ向かう。
一人目が転倒。
二人目が避けようとして防波堤側へ逃げる。
だが、球は防波堤の縁で角度を変え、その足元を崩した。
最後の一人は小春が追い込み、伊織が退路を塞ぐ。
結花は二投目を手にする。
「残りピン、一本。きちんと拾いますわ」
球が低く走り、最後の工作員の逃げ道を断った。
完全制圧。
海岸に静けさが戻る。
聞こえるのは潮騒だけだった。
みのりは大きく息を吐いた。
「南房総の平和は守られました」
そして、結花へ深く頭を下げる。
「ありがとうございます。愛する千葉を守ってくれて」
結花は潮風に艶々の長い黒髪をなびかせ、上品に微笑んだ。
「当然のことしたまでですわ」
美里が拍手する。
「今の、すごく絵になってました」
澪はびわゼリーの容器を持ったまま言う。
「……映画みたい」
彩芽も目を輝かせる。
「結花さん、球が海風で曲がったべさ!」
小春は笑う。
「房総ライン、ほんとに曲がりすぎだな」
ひかりはみのりの隣で微笑む。
「よかったね、みのり」
みのりは少し照れながらも、胸を張った。
「はい。千葉は今日も美しいです」
その日の鴨川港は、海産物イベントとしても、戦隊ヒロインの任務としても大成功だった。
そして観光客の間では、しばらくこう語られることになる。
「鴨川で見たんだよ。潮風に髪をなびかせたボウリング令嬢が、海風で球を曲げて敵を倒したんだ」
房総の海は穏やかだった。
だが、その日の潮風は確かに、結花の味方をした。




